──リーヴリス
ブラッド様と共に森を抜けて暫く歩くと街が見えてきた。建物が壊されていたり無人という事もなかった
赤い花があちらこちらに咲いているのが印象的で、街自体にも色とりどりの花が飾られていた。風に乗って匂いが運ばれてくるけれど、優しい甘い匂いがする
建物はレンガで、道に沿って並んでいるけれど空いている空間が結構ある。建物は多くはなさそうだわ
ブラッド様が腰につけているポーチを一叩きした。それを横目で見た私はそちらを向く
「俺は調合屋に用があるんでな。ここまでだ」
「お世話おかけ致しました」
左足を重心にして一礼してから両手を首元にもっていった。首から下げられていた華美なネックレスを外して彼へと差し出した
色鮮やかな石がいくつも入った宝飾品。輝きは思わず息が漏れる程。イヤリングの時もそうだったけれど、実際の価値はわからない。それでも多少なりともお金になるはず
そう思って護衛代にと渡そうと思ったのだけれど、ブラッド様は片手を出して横に振った。もしや二束三文にもならないのかしら。そうなったらお金を持ち合わせていない私にはどうすることも出来ない。城まで戻る事が叶えば支払うことも出来るのだけれど
今はお金を持ち合わせていない事を素直に伝えて、再会する約束を取り付けてどこかで返済とか。
お支払いの方法について考えながらも手は差し出した体勢のままで固まった状態のまま。引っ込めずにいる
「それでは、どのように支払えば」
「ああ……言っただろう、ついでと礼だ。また機会があればその時には戴こう」
「……よろしいのですか?」
首肯してくださって、漸く腕を手前へと引き寄せた
どうしたものかと思ったものだけれど――ブラッド様に礼を返せないのは申し訳なく思いはするけれど──ご厚意に甘えておきましょう
今は傭兵のブラッド様、とだけ覚えておいて
「ではな」
「ええ。色々とありがとうございました。御武運をお祈り申し上げます」
礼をしてブラッド様が見えなくなるのを見送った。歩いていく後ろ姿が見えなくなると大きく息を吐いた
今回は上手く助かったけれど、次はどうなるかわからない。
お城の中だとか、お城の外観だとかは割合わかるのだけれど……
ゲームとしての情報は無理でもせめてこの世界の事は知らなくちゃいけないわね
──そうなると……どうすればいいのかしら。ひたすら聞き込み? それとも物知りな方にご教授願う? うーん……
『──母さん、こういう時はこうするんだよ。ダメだなー母さんは』
──だなんて。ありし日の息子の声が聞こえてきそうだわ……。
いいえ、いいえ。頑張ってみせるわ
ひとまず街を見て回りながら話し掛けてみようかしら。何かわかるかもしれないものね
まだ手にしたままのネックレスを着け直して、歩き出す
いくつかある建物には看板が出ているものがあって、あの例の廃村と思しき場所でも同じように看板があって物を売っていた様子だったら、何かしらのお店でありそう。試しに中を覗いてみると案に違わず品物が並んでいた
葉っぱだったり瓶だったりといったものから、ロープや無地の巾着といった物、本もあった。数自体はそんなにないみたい。でも一通り揃っている印象だった
商品を眺めていると見覚えのある木の実があった
「これ……」
アルラウネの子供が持ってきた木の実の一つによく似ているわ。木の実の前には板が置かれていて何か文字と数字が書かれている。日本語ではなさそうなのだけれど、アリーシャとして過ごした日々があるお陰で読むことが出来る
これは叡智の実で、購入するには金三枚が必要みたい
貨幣は一部を除いて統一されていて、金銀銅の順に高価。それくらいはわかるのだけれど、安定している時の物価だとかがわからない。だから今身につけている貴金属の金銭的価値もわからない。日本だったら高額で売っていそうなのだけれど、ここではどうなのかわからないから困りものだわ。
「なんだよこの値段は! 値上げしすぎじゃねえのか!?」
突然の怒声に肩が跳ねる。声のした方は店の奥みたいだわ
声が聞こえる方へと近付いてみると、カウンター越しに店主らしい男の人とお客様らしい男の人がいた。お客様は怒っているようで乱暴にカウンターを叩いている。ハラハラしながら見守る
「そう言われてもな……仕方ないんだよ。ムリン村もルトナークもあのザマだからな。こっちも入れるのに一苦労だ」
「だからって……」
お客様はそう言って商品を一瞥した。正確には値札だと思うけれど、そこには液体の入った瓶が並んでいた。ここからじゃ値段は見えないけれど、今までからかなり値上がりしているみたい
じゃあこの木の実も大分と値上がりしているのかしら。
元の値段がわからないからなんとも言えないわ……
「そんなに安いところで買いたきゃ違う領に行ってくれ」
「……そんな遠くまでわざわざいけねぇよ。……この辺りはどこに行っても同じか……」
男の人は溜め息混じりに言って、諦めたように僅かな数の瓶を購入した
踵を返してこちらに向かってくる男の人に道を譲って、私はカウンターへと近付いていく。店主の男の人は険しい顔をして私を見た
「……いらっしゃい」
そうして、初めて私に気付いた様子で声をかけた。眉間に皺を寄せたままで
「値段はこれ以上下げられねえぞ、嬢ちゃん。文句は時勢に頼むぜ。字が読めないってんなら軽く説明してやるが」
「あらあらあら。嬢ちゃんだなんてお上手ね」
そんな呼び方をされたのは数十年以来だわ。顔が緩んじゃう。昔は当たり前に呼ばれていたからあまり何とも思わなかったけれど。今呼ばれるとわかっていても嬉しいものね。お金さえあれば何かしら買ってしまいそうだわ
舞い上がる私を店主の方は訝しげに見ていた。まるで、そう。おかしなものでも見るように見つめられている
「上手も何も……どう見ても嬢ちゃんだろ。姉ちゃんっていうには足りねえし」
「え?」
言い方が引っかかって首を捻る。その言い方だとまだ成熟しているとは言い難いみたい。成熟どころかもう枯れていると思うのだけれど────と考えたところで自分の手が目に入った。ハリも潤いもあって、皺もない手だった
「そうだったわ……」
こう言うふとした時に前と同じ感覚で言ってしまったわ。それじゃあ営業トークでもお世辞でもなく、呼称なのね。恥ずかしい。
「……よくわからんが、それで用件は?」
「あっ。ええっと」
私が一人恥ずかしい思いをしている間もずっと訝しげだった店主の方に用件を尋ねられて我に返った
頬が熱い。
すぐに冷めそうにない羞恥の熱に、両手でパタパタと扇ぎながらお話をすることにした。先刻の会話からして情勢を知っていそうだったから