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5-1







 スーちゃんと別れて幾ばく経ったかわからないけれど、もうお城も黒い靄も見えない場所まで来られた。それでも町はまだ見えない


 息を吐いて草の上に座り込む

 漸くお城から抜け出したものの、脱出出来て、お城が見えなくなった事で安心して一気に体から発するサインに気が付いてしまった。鉛のように足は重たく完全にむくんでいる。お腹も空いていて、疲れからか眠気もあった

 体の事だけじゃない。服はところどころ汚れていたり破けているし、髪も乱れている。靴はヒールがあるものだったから、変にヒールが削れてすり減っているし左右で違って歩きにくい


 ──何というか……今の姿じゃ姫と言われても信じられないんじゃないかしら



 手で髪を整えてみるけれど焼け石に水といったところな気がする

 それでも早くお城に帰らないと。アリーシャの両親は心配しているしパニックになっているだろう国民達を落ち着かせなくてはならない



 ……でももう足が限界。

 ずっと部屋の中で運動していなかったというのもあるし、すぐには歩けそうになかった

 ひとまず少しでも痛みを和らげようとふくらはぎをさすったり押したりとして、マッサージをしながらこれから向かおうとしていた方向を見る



 魔王の城に近いからか町がまったくと言っていいほど見当たらない。町の人々は魔王が怖い。魔王は人々からの攻撃を考えて────とか

 そんな風に考えられるけれど、実際のところはわからない

 どちらにせよ今のところは見当たりそうになかった



「陸は続いているみたいだし……歩いていれば着くかしら」



 空を見上げる。今はもう空が見える。残念ながら晴れ晴れしい空模様ではないけれど、それでも長らく見ていなかったからついつい見てしまう。不安になる色と程遠いとまではいかないけれど、部屋の窓から見ていた空とは違っていた。部屋にいる時はわからなくなってしまっていた昼夜。でもこれからは陽が暮れて夜が訪れる

 ────その夜が来るまでに何とか町に着きたい


 何度かマッサージをして多少は回復出来た。膝を伸ばしてから立ち上がり息を吐く。早く町を見つけて夜遅くなる前に町に入れればいいけれど。疲れてしまっているのに変わりはないもの

 ひとまずといった形でこのままひたすら歩く事にした。避けられそうなら森とかも避けて


 足は痛み疲労感はあるけれど記憶に新しい体と比べれば格段に動ける。私も若い頃はこのくらいは当たり前に動いていたと思うけれど、あまり覚えていない。実のところ、記憶があって頭では理解してはいても自分の体だという実感は強くはない。そのうち馴染むとは思いはするものの、今は自分に言い聞かせているに近いわね

 だって他人事じゃない。夢じゃない。天国でもない。それはあの魔王のお城にいる間に理解させられたから。だから早く慣れて新たな生をしっかりと始めないと。



「でも最初の頃よりは慣れてき……あら?」



 休憩を挟んでから歩き続けていたら、建物らしきものが見えてきた。町かもしれない。そう思ったら自然と歩く速度が速まっていく


 やっとだわ……!


 ──着いたのは村のようだった

 でも家屋は屋根や壁に穴が空いていたりドアにヒビが入っていたりとしている。誰も歩いていないわ。道具が置きっぱなしになっていて、さっきまで誰かがいて忽然と消えてしまったみたいだった



「ごめんくださーい」



 誰もいそうな気がしないけれど、声をかけて村を探索する



「誰かいませんか──?」



 歩いて覗いたりもして探していくものの返事は返ってこないし物音もしない。ただ私の声が通っていくだけ。物寂しくも不安になってくる

 見つからない。誰か一人でも見つかってもいいものだけど器具が散らばっているだけで静かで私一人の足音がするだけ


 広場と思われる開けた場所まで出てきた。やはりここも同様に誰もいない

 広場の地面には円形に抉られていた。クレーターのように



 ──この村に何があったのかしら……



「う……」



 考えたい事はあるけれど体が空腹を訴えてくる。広場を後にしてお店を探す事にした

 食べ物のありそうなお店を探して見て回る。本来あった場所ではなさそうなところに木の板で出来たお店の看板らしきものが落ちていた

 拾い上げて指で表面を拭うと居酒屋――かしら。そう思える絵が出てきた。居酒屋なら食べ物がありそう。建て付けが悪くなってしまっているドアを引っ張ったり押したりしてこじ開けるような形で中へと入った。ドアは開けっ放しにして


 他の場所と同じく途中の状態で残されていた。奥の壁は人が二人くらい行き来出来そうな穴が空いている

 そして────



「お肉……パンや魚、果物もあるわ」



 居酒屋の中にある商店ではお肉もパンも魚も果物だってあった。でも流石に生のものは腐敗しているみたいで嫌な臭いがした。パンは固くなってしまっていて、カビてしまっているかも

 大体何があるかはわかるけれど細部まではわからない。干し肉とか塩漬けとかなら食べられるとは思うのだけれど

 持てるだけ持って外の灯りで照らして見てみる。食べられそうなものだけより分けた。値段がわからない。自分の持ち物や身に付けている物を探してみる

 姫として装飾品はいくつか着けている。ええと、確か貴金属はこの、世界? でも価値のあるものなのよね。アリーシャが身につけていたものなら悪くはないはず。耳につけていたイヤリングを外して台に置いた


 居酒屋から出て、お腹が空いていた私は食べられるだけでも食べた。状況が状況なため多少の事は気にしない



「ふう……」



 食事を終えた。でもすっかり辺りは暗くなってしまっていた

 雲が月を覆い隠しているものの雲越しに届く月明かりで辺りをぼんやりと見えるくらい。転びそうで怖いから壁に手をつきながら移動して建物の中に入る。ここは元何の建物なのかわからないけれど、ひとまず今日はここで休ませてもらうことにした

 ──何とか空腹はしのげた。けれど明日も手に入るかはわからない。最悪どこかで水分だけ確保すれば数日間は保つはず


 なんだかんだとあのお城ではベッドで寝かせてもらえていた。今は廃村の木造の家の隅の方。背中やお尻に当たる固い感触に何度か身動ぎしながら目を閉じた。早く国に帰れる事を願って





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