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3-2




「エルフは誇り高く人間を好まない気難しい性格だと聞きます。難航しそうですね」



 固い表情をしているミーティアが僅かに眉を寄せた

 エルフは尖った耳と見目麗しい容姿をした亜人族だ。長命で、生まれつき魔力と知力が高い

 しかし閉鎖的で、友好的ではない


 かといってこちらが何かしなければ危害を加えてくる様子はない。そのため国も対応に困っていた。亜人という事もありエルフはモンスターとは認識していないが扱いに難しいところだった。結果エルフの里は国内であり国外のような場所となっている


 特殊な位置にあるため国とは時々交流してはいるが人はほとんど出入りすることはない未知の領域だ。噂ばかりを聞いて実態がわからない

 ミーティアの不安は尤もだろう。勇者は小難しい顔をして「そうだな」と言って頷いた



 そんな事を話しながらも進んでいくと先の見えない深い森へとたどり着いた。霧が発生しており、より見通しが悪い

 クレアが数歩前に出て森の中を覗き込む。似たような景色が並び奥は霧が広がっていて白く濁っている



トラップとかはアタシじゃわからないけど……今のところ結界の類はなさそうね」

「私ならば不肖ですが簡易トラップ程度であれば見抜けます。私が先頭を歩きましょう」

「じゃあクレアは中央に。後ろは僕が守ろう」

「そう。頼りにしてるわ、勇者様?」



 魔法使いであるクレアは近接戦闘には向かないため守らねばならない

 ミーティア、クレア、勇者の順で森へと入っていく。草を踏みしめ、手で枝を押し退けて奥を目指す。霧は仲間と距離が離れるとわからなくなってしまいそうなほどに濃かった



「ねぇ、勇者?」

「何だ?」

「前から訊きたかった事があるんだけど……どうして」



 中央のクレアが控えめに声をかけた。勇者に問いを投げようとしたクレアは言葉を途中で止めた

 クレアが正面のミーティアの背中に軽くぶつかり、そのまま止まったのだ。勇者もクレアの背中に体をぶつけることとなる

 よろめいてからバランスを整えて勇者はクレアとミーティアの様子を見ようとするがミーティアの姿は確認出来るものの、霧でよく見えない



「何かあったのか?」

「ミーティアが突然止まったのよ」

「申し訳ありません。何か妙なのです。霧のせいで辺りがよく見えませんが……もしや同じところを回っているのでは?」

「枝や木を避けているから真っ直ぐには進んでいないかもしれないわね」

「……そうです! クレア殿、風の属性の魔法で霧を吹き飛ばせませんか?」



 考え込んでいたミーティアは閃いた顔になりクレアに提案する。ミーティアの提言にクレアは数秒してから手探りで周囲の物を確認する

 草木に地面の土。幅はクレアが大股になってギリギリ二歩で木の幹に当たってしまうくらいだった



「使ってもいいけど……枝が危ないから離れていてね。アタシの後ろとか結構安全よ?」

「勇者殿」

「ああ」



 ミーティアと勇者は頷き合って忠告通りにクレアの後ろで固まって合図に揃って声を出した。クレアは首肯して詠唱を始める


 風属性の色を帯びた文字が発光して空中に現れる。文字が次々に空に描かれていき、やがてそれが魔法円として丸みを帯びる。中央には図形を重ねたものが浮かんだ


 魔法陣の構築は完了した


 クレアは準備を終えたそれを解き放つ。クレアの正面から奥に向かって突風が起きる。濃厚な霧は強力な風に吹き飛ばされ消えていく

 風で折れてしまった枝や散ってしまった葉があるが鮮明になった視界に勇者は拳をつくり、ミーティアは表情を和らげた。対してクレアは些か小難しい顔をしていた



「一時的なものね……濃いからすぐにまた復活しそうよ」

「ひとまず開けている内にあの大きな木まで走ろう」

「そうね。無駄になっちゃう」



 勇者が指を差す。突風で周囲が見えた事により正面を進んだところに大木があった。他の木が小さく見える程に大きな木だ

 クレアの起こした魔法はあくまで道を作ったに過ぎない。風で吹き飛ばされていない箇所には霧が充満している。いつ再び霧で閉ざされてしまうかわからない。勇者達は大木を目指して駆け出した



 何事もなく三人は大木まで到着した。三人が見上げる程の大木で、神秘的な雰囲気が漂っていた

 並んで木の幹にもたれかかると霧は再び辺りを覆い隠してしまった。今のところはエルフの姿どころかモンスターの姿も見当たらない



「これではまともに進めませんね……」

「そうだな」

「都度クレア殿に風を起こしてもらうわけには参りませんし……魔力切れを起こしてしまいます。今はモンスターに遭遇しませんが、そのような時にモンスターに出会えば危険です」

「ああ。魔力回復アイテムの事もあるしな」

「如何致しましょう」



 ふとクレアを見る。ミーティアと勇者が会話をしている間、クレアは会話に入って来ない事が気にかかっての事だ

 クレアは顎に手をあてて何か思案しているようだった

 勇者が声をかけようとすると、人差し指を立てて自身の唇に宛てた



「この霧ね、エルフが魔法をかけているんだと思うの」

「エルフが?」



 辺りを窺いながらクレアが声を潜めて言った。ミーティアも倣って声量を落とす



「結界だとわかる人にはわかっちゃうでしょ? だから霧で惑わせているのよ。気付かない人もいるだろうし……アタシみたいに風で吹き飛ばしても術者がやめるか倒されるかしないと完全には消えないからきっと都合が良いんだと思うわ」

「この濃霧が魔法……」



 立ち込めている霧を勇者は見渡す。場所が場所なだけに普通の霧であってもおかしくはないと思わせる。だからこそ勇者もミーティアも気が付かなかった

 勇者はクレアに向き直って真摯な表情へと変える



「どうすればいいんだ?」

「戦いに来た訳じゃないでしょ? 多分見張りがいてアタシ達を陰から見ているから交渉……かしら」

「よろしくお願いします、勇者殿」

「僕……なのか」

「リーダーなんだから当然よ」

「そうだな……そうだよな。よし」



 このパーティーのリーダーが交渉役となる運びになり、勇者は大きく息を吐き深く息を吸って調子を整えた

 数歩前に出て勇者は霧で遮られながらも森を一渡り眺める。気配を隠しているのか察知出来ないが、クレアの言う通りであれば侵入者である三人を警戒して何処かで見ているはずだ



「僕達は君達に危害を加えに来た訳じゃない。頼みがあるんだ! 話だけでも聞いてもらえないだろうか!」



 彼らに届くように声を張り上げて問いを投げた

 霧は晴れない。森の木々も音を立てない

 三人だけが心臓を激しく打ち鳴らし、エルフからの返答を待っていた




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