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2-2










 ──あの子、怒っていたわ……また来てくれるかしら……



 割れたお皿を片付けて、二度目の食事と一眠りの後。その間浮かぶのはあの子──スライムの事。スライムが怒るのも当然。スライムだろうと人間だろうと仲間を理不尽に傷付け死に追いやったのだから。同じ、人間だからという理由でもう来なくなってもおかしくはない


 曾孫──はあまり遊んだ記憶がないから、孫の小さい頃のようであり、唯一の和む子だったから、胸が締め付けられそうな想いだわ


 コンコンコン、と突然ノックが響いた


 今までノックをしたモンスターはいなかった。不思議に思いながらも条件反射で返事をしてドアに近付く。ドアノブに手をかけるけれどガチャガチャと音をさせるだけで当然開かない。すると向こう側からクスクスと愉しげな笑い声がした。聞き覚えのある高い声に向こうにいるのは誰か思い至った。扉から離れると昨日ぶりの悪戯っ子が顔を見せる。腕にはバスケットが下げられていた


 バスケットを前に出して中身を見せてくる。昨日見た物と、昨日の物に似た物が入っていた。籠から目を離すとアルラウネはまたくすくすと笑った



「もう口に入れたりしないわ」

「せっかく摘んだのに?」

「今度はとても酸っぱいのかしら、イタズラっ子さん?」



 むー、と言いそうなくらいにアルラウネは片側の頬をこれでもかというくらいに膨らませた

 次には蔓が絡まった幼く小さな手がバシバシと私の体を叩いた。モンスターではあるけれどまだ子供だからかそこまで痛くはない



「摘んだの、摘んだのよ! 摘んだんだから!」



 私の体を子供の手で叩きながらアピールしてくる。さすがに良心が痛み出した

 子供らしい言動と悪戯だし、毒ではないなら付き合うべきかしら



「わかったわ、一個だけね?」

「……! わかればいいのよ!」



 そう言うとアルラウネの子はパッと笑顔に変わる。蔓についている蕾が花開いた。連動しているのかしら?


 その笑顔のままでカゴを突き出された

 さっきと何も変わらないラインナップ。毒々しい色はなく見た目は鮮やかだった。昨日のように未熟のようには思えない

 私はその中でラズベリーのような形の物を選んだ。昨日はクランベリー似だったからそれを避けた結果ね

 恐る恐る口に入れて噛む。中から汁が出て舌に広がった



「……あら?」



 口の中を支配するのは苦味でも酸味でもなかった。甘くて、でも甘過ぎない

 前世で言うならフルーツのガムとか飴とかかしら。アルラウネは感想を期待した顔で私を見ていた



「甘くて美味しいわ」

「当たりよ! はずれじゃなくて良かったね?」

「そういう遊びなのね……」

「全部あげる!」

「えっ」



 満足げな顔をしたアルラウネはバスケットを押し付けてきた。アルラウネは引き止める間もなく軽やかに走っていってしまった

 当たりということはハズレも入っているってことよね、これ


 戦々恐々としてカゴを見下ろす。可愛い部類の悪戯というのもあるためもう少し付き合う事にした。テーブルにバスケットを置いて先刻と同じ形の果実を食べてみる。同じ味がした。この果実は安全そう

 同じ物をパクパク口に入れていると突然扉が音を立てた

 大きな音ではなかったけれど唐突で、意識はそちらに向かう。アルラウネが戻ってきたとも思えずそっと扉に近付いた。扉は何か変わった様子はなく、何かがぶつかったかもしれない

 様子見で少し待ってみると開く音がして身を引いて離れる。すると見慣れた青色が張り付いているのが見えて安堵と喜びが一気に出てきた



「ぷ!」

「また来てくれたのね!」



 もう来てくれないんじゃないかと思っていただけに喜びも一入で、自分でも驚くくらいに声が出た

 でも来たということは食事の時間なのかしら、と思いスライムを見るけれどどこにも見当たらない。お皿もない。首を捻るとスライムは飛び跳ねてソファーに落ち着いた。もう定位置みたいに


 せっかくだからスライムにもあげよう。隣に腰を落として同じものを手の中に入れてスライムに差し出した。体を伸ばして掴むようにして持っていき中へと取り込んだ。すぐに消えてなくなった果実にバスケットを膝に置く。前回にもあった物と甘い果実をいくつかとってスライムにあげた

 あげたものを食べているスライムを見ながらも私も一粒食べる。甘さが優しく体にしみていく



「今日はもしかして遊びに来てくれたの?」

「そう、遊びに来た!」



 即答で返ってきた言葉に自然と目が細まる



「そうなのね。ねえ、あなたに名前はあるの?」

「ない!」



 これもすぐに勢い良く返ってきた

 私が知らないだけではなくモンスターには名前はないのかしら。種族名で統一なのかもしれない。思い返せばリザードマンも自分のことを様はついていたけれどリザードマンと呼んでいた

 でもいつまでもスライムと呼ぶのは忍びない。普段は食事のあとのひと時しか一緒にいなかったけれど、今日は遊びにまで来てくれたのだし。少し考えて安直な名前が浮かんだ



「……じゃあ今日からスーちゃんって呼ぶわね」

「すー?」

「スライムだからスーちゃん」

「……分かった! すー! スー、ボクはスー!」

「ええ」



 心なしか嬉しそうに見えた。ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねているのも相俟ってかもしれない

 私はスーちゃんの方を向いて片手を胸に置いた



「じゃあ改めまして……私はアリーシャ。アリーシャ・アレキサンドリアよ。よろしくね、スーちゃん」

「アリい、しあ……アリーシ……あり、アリー!」

「長かったかしら。アリーでいいわ」

「アリー!」



 無邪気に私を愛称で呼ぶスーちゃんに小さく笑う。微笑ましくて笑っていた私はあることに気付いて笑みが消えた。スーちゃんに両手を差し出すと着地点を私の手の中に変えて乗った

 顔の前まで手を引き寄せてスーちゃんと顔を合わせる



「スーちゃん────賢くなっていない?」




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