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 茫然としている間に城と思われる場所に連れて来られた。こんな耄碌とした老人をどこへ連れて行くのかと思えばホテルの一室のような赤色の豪奢な部屋に通される。旅行で泊まったホテルの中でもこんな高価な部屋には宿泊出来た事がない


 ──ああ、ここが天国なのかしら。思いの外現実的なのね

 でもとても素敵な部屋だわ


 とても大きな寝台はふかふかとしていてよく沈む。洋箪笥は装飾の金細工が細かい。テーブルには深緑に縁取られた赤を基調としたテーブルクロスがかかっていて、中央には果物が盛られたお皿がある。見ているだけで楽しい

 見渡していたら翡翠石のような瞳と目が合った。金の髪は緩く巻かれていて、花をあしらった淡い色のドレスが素敵な女の子──まさしくお姫様みたいな子がいた



「あ……あらあらごめんなさいね。他にも人がいらっしゃるなんて知らなくって」



 全く気付かなかった非礼を詫びて深々と頭を下げる。まだ怒りが収まらないのか姫様は無言。恐る恐る顔を上げてみれば姫様も頭を下げていたみたいで上げていたところだった。それに思わず笑みが洩れる。お姫様も同じように笑ってくれた。怒っていないみたいで胸を撫で下ろす



「お名前お訊きしていいかしら? 私は」

「うるさいぞ、静かにしろ!」

「きゃあっ! ご、ごめんなさい!」



 唐突に扉が力強く開いて身が竦む。押し出されたように咄嗟に謝罪が出た。恐る恐る振り返れば全身緑色のトカゲが二足歩行をしていて目が白黒する。さっき言葉が出たのが嘘みたいに口を開けど形作ろうと出てこない。身の丈は私と然程変わらない。少し低いくらい。だけれど鉄板が革で肩から下げられていて、腰には剥き身の長剣が下げられている。その上──やっぱり、



「トカゲ……」

「誰がトカゲだ! リザードマン様と呼べ!」

(りざ……? トカゲ……よね? トカゲが歩いて話してるわ……)



 リザードマン様はフン、と言葉と共に鼻息を出してからそっぽを向いた。扉に向かっていくトカゲのリザードマン様に、お姫様が気になって振り向けば線を引いたような眉が下がっていて不安そうだった



「……ったく。一人でうるせぇ姫様だ」



 ────ひとり? 私の目の前に……



 お姫様と目を合わせる。もしかして、が浮かんだけどまさかそんな、も同時に浮かんだ。やおらに手を伸ばして触れる。つるつるとした表面からは体温なんて感じない



「かが、み……」

「大人しくしてろよ、アリーシャ姫。まったく、うるさいったらありゃしねぇ」



 文句を独り言ちりながら部屋を出て行くトカゲさん。扉が勢い良く閉められたけれど私は雷にでも打たれたような衝撃で一歩も動けなかった



 ──アリーシャ姫



 その名前が出された瞬間に私は、わたくしを思い出す。それはまるで違う色の絵の具が漸く混ざり合ったかのようだった

 わたくしの名はアリーシャ。正しき治世を続けていこうと日々身を投じる父と母の一人娘。そんなお二人に助力出来ればと教養を身につけたり公務に出来るだけ同行して学んでいた。今日までは

 魔王が復活した、という噂が耳に入ってはいた。でもまさか王でも王妃でもなくわたくしが浚われるなどと露にも思わない



 ──そして、私は今先程思い出したというべきか。私がアリーシャになる前の生が駆け巡った

 夢物語のよう。文化も環境も人々も何もかもが違う。第三者が聞けば信じられない。前世、というらしい。だけれど私は理屈抜きで無条件に信じられた。とても不思議な感覚。まったく異なるはずなのに、溶け合って今は一つになった

 それと共に知識も浮かんでくる。先程のトカゲは──リザードマンという魔族。モンスターと呼ばれる内の一つ



「それにしても……」



 改めて、大きな鏡で今の自分をまじまじと見つめる。前の自分とは大きく異なる。こんな美人さんにしてくれて笑みが自然と浮かんだ。本物の姫である事は自分でも重々理解しているが、お話の中のお姫様みたい。そういえば孫がやっていたゲームに登場する救出するというお姫様もこんな感じだった。お姫様のイメージらしい風貌よね



 ──お姫様。救出。ゲーム。



 私には縁遠いゲームという単語に妙に引っ掛かりを覚えた。懸命に想起する。息子が「こういう王道物を時々無性にやりたくなる」とかどうとかで買ったらしくて、やりたがる孫にもさせていたような。それを私が遊びに行った時にチラッと見掛けたような気がした



「……気のせいかしら?」



 私はあまり機械の類いに触らないからよくわからない

 ──でもゲームとは関係、ないわよね?





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