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9-2





 合流した勇者様と女の子達とブラッド様と共に一路お城へと向かう。

 道中見たことのない生き物──魔物の一種と思われる──が飛び出したけれど、勇者様達がすぐに対応した。勇者様とミーティアちゃんとブラッド様が前に躍り出て。スタイルの良い女の子の周囲に見慣れない文字が現れ、弓を構えた女の子が矢を放って。突如として冷気が吹き上がり氷塊が地面から突き出した。

 肌に冷たさを感じたと思った時にはもう魔物は倒れているような状態だった。武器を収めてミーティアちゃんが私に「お怪我はございませんか」と問う。一連はあっという間の出来事で茫然と見ているしか出来なかったわ。

 ──この子達は戦い慣れているのね。長い旅路だったでしょうし。


 そんな事が幾度もありながら進んだ。

 一日ではとてもたどり着けず、野宿をすることになった。手早く天幕を張って、みんなで拾った木々に

火を起こす。火の爆ぜる音が耳に馴染む頃には一様に腰を下ろして体を休めていた。

 まだお城は見えていないけれど、落ち着くわ。人がいるからか、漸く合流出来たからか、彼らが頼もしいからか。何にしても一人で歩き回っていた時と違って安心する。



「あの……勇者、様?」



 訊きたいことがあって火の様子を見ている勇者様に声をかける。反応して顔を上げた。暗くなり始めた空に対して光源となっている炎で顔が照らされている。みかん色に浮かび上がったお顔はきょとんとしていた。



「何でしょう?」

「そういえばお名前をお伺いしていなかったので」



 初めて会った女の子達もだけれど、この人の名前を知らないままだわ。漸く落ち着いたのだし訊いておきたかった。いつまでも“勇者様”や特徴で分けているのはね。

 尋ねると勇者様は頷いて、女の子達を一人ずつ順に見てからこちらを見て頷いた。



「勇者です」

「……はい?」



 さも当然のように言われて呆けて聞き返してしまう。勇者って名前ではないはず。私が聞き間違えてしまったんだわ。

 きっと勇司とかそんな名前なのね。でも違っていてはいけないから念のためにもう一度尋ねてみる事にした。



「ごめんなさい、もう一度御聞きしてもいいでしょうか?」

「勇者なんです……」



 ──おかしいわ。また勇者と聞こえたような。



「実は、名前がわからないんです」

「……え?」



 顔に出てしまっていたみたいで私の疑問に対しての答えを言ってくれた。勇者という名前なのではなく、かといって私が聞き間違えでもなく。彼曰く自分の名前がわからないのだという。

 所謂記憶喪失というものかしら。だとしたら記憶がない中助けに来てくれたのね。有り難い事だわ。



「だからアタシたちは勇者って呼んでいるのよ」

「魔王を倒し、姫を救わんとする様は勇者と呼んでも差し支えないかと」



 弓を携えた女の子以外の女の子二人が補足する。同意して頷いた。彼のような人はまさしく勇者と呼ぶに相応しいわ。

 とは言っても勇者様呼びでいるのも何だかアレね。



「例えば五郎さんとか……」

「はい?」



 もっと人らしい呼び方を仮につけさせてもらうのはどうかと思い、始めに浮かんだ名前が口から滑り出る。勇者様が目を点にしていた。



「あ。いえね、勇者以外の呼び名があった方が良いんじゃないかと思って」

「それは……そうですね。あった方が助かりますが……ゴローはちょっと馴染みがないような」

「じゃあ勇蔵さんはどうかしら」

「ユゾー……」

「ダメでしょうか?」



 発音が異なりながらも私の提案した名前を繰り返している。女の子達やブラッド様からも同じ名前が聞こえてきた。山びこのように。

 ミーティアちゃんが傍らまで来て片膝をついた。焚き火の火で照らされたミーティアちゃんはこちらを見ながら両手の拳を握った。



「素晴らしい御名かと存じます。今後は私もユゾ殿と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」

「勇者様さえ良ければ……」



 ミーティアちゃんが言うと勇蔵から離れている気がするけれど。問題は当の本人が気に入ってくださるかどうか。

 ミーティアちゃんと一緒になって勇者様を見ると、勇者様は腕を組んで考え込んでいた。お気に召されなかったのかと様子を窺っていると頬を緩めながら大きく首肯した。



「せっかく姫がつけてくださった名前ですし、使わせてもらいます」

「そうですか。では勇蔵様と呼ばせていただきますね」

「こんなことならもっと早く仮称をつけても良かったかも知れないわねぇ」

「……呼び名など何でもいい。認識するためのものでしかないのだからな」



 グラマーな女の子が笑って言う近くで弓使いの女の子が興味がなさそうに言っていた。




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