「んぶっ!」
少し濡れたような何かが顔に当たって目を覚ます。手でとる前に顔から剥がれてなくなる。体を起こせばスーちゃんが膝で跳ねていた。
「アリー、朝! 起きる!」
「スーちゃんは朝から元気ね」
「スー元気ー!」
元気なスーちゃんに対して私は体が痛んでいた。腕とかお腹とか足とか。強いものではなくて鈍くてじわじわとしたもの。覚えがあるわ。筋肉痛ね。
街にいる間はゆっくりと入浴したい。温泉が恋しいわ。湧き出ていたりいないかしら、この辺り。
──あの水の街ならあってもおかしくはなさそうだけれど
「とりあえずお部屋を出ましょうか」
「ボク、大人しく?」
「そうよ。この街だけではなくて、他の場所でも、私がいいって言うまでは静かにしてもらってもいい?」
「わかったー!」
本当は、のびのびとさせてあげたい。窮屈な思いをさせたくないのだけれど。モンスターに分類されている以上、今は難しいわね。
「……ごめんなさいね」
いつか普通に一緒に過ごせるように出来ればいいけれど。政に直接関与は出来なくとも王女なのだし、提言くらいは出来るはずだわ。出来る事があるならば、しないとね。私のためでもあるのだし。
とにもかくにも部屋を出なくては。足を軽くさすってから身繕いをした。テッド様からいただいたマントを着けて、肩にスーちゃんを誘う。飛び乗ったスーちゃんをマントの中に隠してから鍵を消して――って言い方でいいのかしら――部屋を出た。
昨日はほとんど何も見ずに部屋を真っ直ぐに目指したけれど、歩いていればお風呂場を見つけた。温泉に入りたい欲は脇に置いておいて、済ませておく。のんびり沐浴という訳にはいかなかったけれど、清潔にした後が様子が違っていた。温風が勢い良く降り注いで体を乾かしてくれたの。上には装置も何もなくて、模様のようになっているものがあるだけ。魔法って、不思議ね。
二階には食堂があった。食事は無難そうな物が多いみたいだけれどやはり見慣れない食材や表現もあったわ。知っていそうなものを選んで、こっそりスーちゃんにもあげて食事も済ませた。
一階は受付の他にも中庭や馬小屋があったわ。
この街の宿屋はこんな感じなのね。
「──ここからが本題だわ……」
――勇者様達はいずこ?
まだこの街にいるのかしら。いるとしたら一体どこに。
宿屋は軽く一階から三階まで見てみたけれどそれらしい人達は見付からなかった。そもそも見付けられるのかしら。勇者様を見たのは結構前で、少し見たというだけだから思い出せない。何となく服装は覚えているような気がするけれど、はっきりしない。顔は明瞭どころか何も浮かばないわ。前途多難。聞き込みをするしかないわね。
道行く人々に片端から声をかける。首を横に振る人ばかり。移動しながら人を見付けては声をかけてゆく。
「勇者様を見掛けませんでしたか?」
「勇者? さあ……悪いね、知らないよ」
目撃情報は各地であったし、違うのかしら。勇者をここで見たと確かに言っていたのだけれど。
聞き込みが難航していると、ふとテッド様の言葉を思い出した。
風の街には魔法使いだか魔女だかがいる、って。
仔細はわからないけれど、そういう人なら勇者の方達の事何か知っているかも知れないわ。勇者様ではなく、その方の事を聞いた方が早そうね。
早速この街の魔法使いか魔女かわからないけれど噂の方を尋ねようと、街の人を見て。近寄った。滑車を風ではなく巻かれた縄を手で引いて回している女性だわ。釣瓶桶よりも横に広いーー湯桶くらいの大きさの物を何度も往復させていた。中には何か色々と乗せて、繋がった先に送っているみたい。何度も息を吐いて、引いては戻していく手も止まってしまう。まだ足元にはたくさん物があるみたい。
「こんにちは。それ、送ったらいいのですか?」
「え? ああ、すまないねぇ」
縄を掴んで同じ作業を代わりに行う。わかるわ、日常作業であってもある程度年を重ねると疲れてしまうのよね。幸い私は今は若い体だから。
全て無くなるまで送るとお礼を言われた。首を振って、けれどお礼はきちんと受け取っておく。
「本当に助かったよ。魔法の効果が切れたみたいでねぇ。あの子がいたら書き換えてくれるんだけど……私じゃあね……」
「……あの子?」
「この街一番の魔法使いだよ。賢くて優しい子でねぇ……」
──もしかして……その人が噂の……?
「今はおられないんですか?」
「ああ。今はたまに街には来るけどここにはいないよ」
「……そう……」
勇者一行が見付からない上に風の街の魔法使いの――魔女ではないのね――方もいないだなんて。古い情報だったのかしら。
「ありがとうございます。私はこれで」
「ありがとうね」