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6-10










 私が目指していた街にはその日中に辿り着いた。高地と言っても実際に向かってみればそれほど高くはなくて──かといって楽ではないけれど──そこまで時間はかからなかった。陽はもう暮れかけているけれど。

 閉鎖していたのはヴァノーネだけなのか、警備の人も見当たらない。人員を割くのに分割して配属──場合によっては徴兵もあり得るわよね。どちらにしてもすぐにではなさそうだわ。

 スーちゃんと一緒に馬車から降りる。馭者台から二人も降りた。私は巾着から金貨を取り出す。本来なら森を抜けたら降ろされるはずだったのに、結局は目的の街まで乗せていただいた。良くしていただいたので半分を中から取り出して、両手に広げてテッド様へと差し出した。金貨の数を見たテッド様は顔を顰める。少なかったかしら。今ひとつ物価がわからないのよね。あと二、三枚追加すべく片手を傾けて片方に移した。もう一度巾着から出そうとしたところで、金貨を一枚だけ持っていった。なくなった金貨の代わりに銀貨と銅貨を持って戻ってきた。これ以上は無理矢理詰めるしかない巾着には到底入りそうにないわ。



「いいえいいえ、もうお釣りはとっておいてください。ここまで乗せてくださったんですから金貨をお渡ししようと思っていたので。それにもう、金銀銅でいっぱいで……」

「なんだ、他のもあったのか。そんなら銅貨5枚でいい」

「いいえ。どうか金貨を受け取ってください」



 私が思っていたよりも金貨の価値は高いみたいだわ。それならば尚更テッド様には受け取っていただきたかった。首を振ってきっぱりと断るとテッド様はガシガシと自身の頭を掻く。大きな溜め息を一つついて、お釣りを元ある場所に戻した。受け取ってくださったみたいだわ。



「あんた、騙されやすそうだな。念のため言っておくが隣町に行くくらいなら銅貨一枚。あとは距離で変わってくるが……大抵は一、二枚だよ。多くても銀貨出すってことはそうそうない。覚えておきな」

「そうなんですね。教えていただいてありがとうございます」

「騙されねえように気をつけるこった」



 辻馬車の利用の相場を教えていただけるのはとても有難いわ。よく利用をするものだから。

 確か港町では宿は銅一枚、食事も銅だったわ。銅や銀くらいの価値のものが多いのかもしれないわね。あとで巾着の中身を逆にして入れ替えておかないと。これからは銅と銀貨を使うようにしなくてはね。とりあえず陽が暮れてしまう前に宿に泊まらないと。それから勇者様達を探しましょう。

 予定を立てていると視界の端にテッド様とブラッド様が映った。テッド様が護衛の報酬を払っているみたい。ブラッド様は報酬を見てやおらに首を振った。



「受け取れない」

「……何?」



 受け取りを拒否した。姿は見えなかったけれど確かに戦っておられたのに。何人もと一人で戦っていたのは私もテッド様もわかっている。あの時、結局盗賊の仲間は私たちのところには来なかったもの。十分労働の対価を受け取る権利があるというのに、どうしてなのかしら。



「俺は傭兵だ。仕事を請け負った以上、雇い主の要望には応え、身を守るべきだ。結果的には荷も雇い主も無事だが、危険にさらしてしまった以上俺に受け取る権利はない」



 ブラッド様の話を聞いてテッド様は緘黙してしまった。二、三人雇うように奨めていたということは盗賊が出るようなあの道は傭兵一人では難しい場所のはず。そんな道を一人で戦っておられたのだから十分なはずだわ。

 報酬は受け取らず、目の前にある街にも入らず来た道の方へとブラッド様は歩いてゆく。巾着から数枚取り出して、横切るブラッド様の片手をとった。大きな手にお金を握らせる。感触でわかるようでブラッド様は眉をひそめた。



「受け取れぬと」

「これは賃金ではなく、感謝の気持ちです。私が雇った訳ではありませんが、お守りくださってありがとうございます。助かりました。……どうか路銀にでもしてください」



 支え添えていた手を離す。ブラッド様は暫く黙っていたけれど、僅かに顔を綻ばせた。

 そして感謝された側のブラッド様が何故か礼をして、下っていった。見えなくなるまで見送ったけれど、一度も振り返る事はなかった。


 荷馬車を見遣ると、テッド様が荷物の中から何かを取り出していた。取り出したものを持って私の方に向かってくる。



「やるよ。そんならそいつも街に入れるだろ」



 渡されたのはフードのついたマントだった。夕日のせいなのか元々の色なのか赤っぽい橙色のマントだった。スーちゃんを肩に乗せてマントを羽織ればスーちゃんはマントに隠れた。マントの中で左右に体を動かして、飛び跳ねている。飛び跳ねればマントに当たって肩に張り付いた。楽しそうね。でも飛び跳ねたり降りたりお話は後でと言っておかないと。

 マントが落ちないように前で止める。旅で破けてしまったりした箇所を──全てではないけれど──覆って隠す事も出来ていいわね。



「教えていただいただいただけでなく外套まで……よろしいんですか?」

「……ま、命助けてもらったしな」



 目線は私ではなく私の肩に向いていた。スーちゃんが危ない時に飛びついたんだものね。モンスターだからと嫌がっていたテッド様だけれど、モンスターだからではなく助けてくれた相手として見てくれているのが伝わって何だか私も嬉しくなってしまう。

 テッド様はそれだけ言って馬車に戻った。手綱を引いて先に街に入って行った。スーちゃんに一言だけかけて、私も街の中へと足を踏み入れた。




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