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6-1





 大きく息を吐いて、ぼんやりと赤い花を見つめる。ちょっとした広場の隅に座り込んで。動く気が湧かなかった

 ──何でも屋さんのようなお店の、店主の方から聞いた話が衝撃で胸が痛い


 ムリン村もルトナーク城も被害に遭った。ルトナーク城は魔王城に変わり、ムリン村は滅びてしまったと。

 ルトナーク城に一番近いのは確かムリン村だったから、私が来た道にあった村はムリンだったんだわ。でも滅びたと言っても建物は全壊という訳ではなく、人だけが消えてしまったかのようだった。あれが魔王の力という事かしら。


 ルトナーク国──ルトナークとアレキサンドリアとはもう長らく争いもなく和平が続いている。定期的に両国で話し合いも行っていた。アリーシャ(私)はついていくくらいだったけれど。それでも大半が和やかな対談であった記憶がある


 そんな親交のあるルトナークがあんな事になって。王様は。それに次はどの町が──いえアレキサンドリアになるかもしれない



「……やはり早くアレキサンドリアに帰らないと」



 自然とそう口にしていた。一刻も早く帰らなくてはならないという気持ちが増したわ

 立ち上がって、服を手で叩いて砂を払う。アレキサンドリアに帰るための道を尋ねるために再び歩き出した



「お話し中ごめんなさい、今お時間いいかしら」



 町を歩いていると立ち話をしている女性二人を見付けて声をかける。二人ともこちらに体ごと向いてくれた



「アレキサンドリア城に行きたいのだけれど……ここからならどう行けばいいのかしら?」

「ここから? 随分と遠くに行くのね」

「一番早いのは船じゃない?」

「船!」



 ――確かに陸路より海路の方が格段に早いわ。ここがルトナーク領なら港町があるはず

 頭の中で地図を思い浮かべるけれどぼんやりとしていて大雑把。流石にそこまでのことは覚えていないみたい



「ここをまっすぐ行ったら着くから。そこまで遠くはないはずよ」



 片方の女性が方向転換して、腕を伸ばして方角を指し示してくれた。最近は行っていないけれどたまに行くらしく、覚えているのだと付け足して



「馬車で半日もあれば着くわ。大体辻馬車がいたりするから乗れるはずよ」

「ご親切にどうもありがとうございます」

「いいえ。道中お気をつけて」



 礼をしてから二人に離れる。二人の女性は再び話し始めて後ろから声が聞こえた



「この時勢に旅だなんて大変ねぇ」

「ムリン村の生き残りだったのかも……」



 背後からの会話を聞きながら教えていただいた方角へと向かった

 二人の声が聞こえなくなって、人の気配もなくなってくる。町を抜けていくと道が出てきた。何度も人が通ったような道が出来ている。この道で合っていそう。

 ホッと安堵に息を吐いて歩いていくと教えていただいた通り辻馬車があった。馬車の前には男の人が立っていて欠伸を零しながら馬の毛を撫でていた。近くまで寄って「こんにちは」と声をかけると顔をこちらへと向けられる



「港町まで馬車を利用したいのだけれど」

「ああ、どうもどうも。ここからグストプールまでなら銅六枚だな」

「ではこれで」



 何でも屋さんで換金して得た金を一枚渡した。漸くお金のやりとりが出来る事にちょっとだけ感動する。物物交換にも限界があるし――価値も不明であるけれど――きちんとお渡し出来るものがあるのはやっぱり助かるわ

 感じ入っていると、男の人は金を受け取ってまじまじと見ていた。眠たいのか何度も目を擦っている。いい加減穴が空いてしまいそうな程に見て馬車の中を慌てて探り出した。鞄を探ったり服のポケットを探ったりとしている。何をされているのかと覗き込むと銀貨や銅貨をたくさん出していた


 ──あ、おつりね。悪いことしちゃったかしら……



「待たせたな」

「ご、ごめんなさい。細かいのなくて」



 かき集めてくださった男の人に銀と銅が混ざったおつりを渡される。数え切れない数を巾着に入れるとパンパンに張るほどになった。なかなか締まらず紐をきつく縛って、無理矢理口を閉めた。男の人の顔は引きつっていて苦笑いを返す事しかできなかった

 馬車の中へと入る。中は古くはあるけれど割合小綺麗だった。男の人は馭者もされているようで、馭者台に乗って言葉もなく馬を走らせた。港町に向かって走り出すとガタガタと揺れる。結構揺れるものなのね


 徒歩と速度で言えばそれほど変わらないけれど足は痛まなくて済む。今までずっと歩いて来たから漸く腰を落ち着けるとあって徐々に眠気がやってくる。でも馬車をゆりかごにはとても出来そうになかった。走っていないだけまだ良いけれど時折大きく跳ねる事もあって、熟睡とはいかない

 それでもどうにか眠りたい。到着までは時間があるだろうし少しでも眠りたくて目を閉じる。体から力が抜けて、睡魔に身を任せようとした途端にがたりと大きく車体が揺れて目を開ける



「グストプールまでの道は開けているからそこまで賊の心配はない。なんなら寝ててもいいぜ?」

「そうしたいのは山々なのですが……」

「なんだあ? 繊細だな、お客さん」



 他の方はこんな中で眠っておられるのかしら。こうなったら無理矢理にでも寝ましょう。少しばかり悪い道を走っているだけ。車でもそういう事あるわ。車だったら山道を走っているようなものだけれど

 眠る事を決めて、小さな声で「おやすみなさい」と呟いた




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