目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
5-3













 音のした方へ近付いていけば一人の男の人を見つけた。精悍な顔立ちで、全身から猛々しさを感じるような人。きっと幾度と戦って来たのね。話に聞いていた勇者って彼のような人なんじゃないかしら

 両手で剣を扱っていて、うさぎの牙や手から逃れている。二足歩行になったうさぎが前脚をパンチするように出している様はうさぎではなくてカンガルーが思い浮かぶ。籠手は指の部分が尖っていて爪のような形になっていて、切り裂かれてしまいそうだわ


 男の人は受け流したりとして防いでいる。何か出来ればいいのだけれど、多分今出て行っても邪魔になるだけ。彼のような武器もないもの。でも、じゃあどうすればいいのかと考え倦ねてしまう


 見た目は私の知るうさぎとは違うけれど、近くで大きな音を立てるとか。あれだけ大きいのだし効果はありそうに思えた


 問題はどうやってそれをするかね


 木を揺らしたところで大した音にはならないだろうし、もちろん大きな音を立てられるようなものはない

。男の人を見たら様子を見ているのか防戦一方で踏み込む感じではなかった。やはり何か手助けが出来そうならばした方がよさそうな雰囲気が感じ取れていてもたってもいられない


 耳元まで近づく事が出来れば――――大声を出す事が出来る?

 あの大きなうさぎの意識が彼に向いている間に後ろから飛びつけばできるかもしれない、なんて希望が湧いた


 深呼吸を一つ、二つ。

 心臓が速くなり始めたのを強く感じる。懸命に戦っている彼とウサギを見ながら足音を立てないようゆっくりと移動していく。幸いにもウサギはこちらに来る気配がないみたいだった。位置を決めて息を潜めて機会を窺う


 構えられた彼の剣がウサギの一撃により下がった



「ヌ────しまっ……!」



 隙が出来た彼を狙ったウサギが前のめりになる。少しばかり身の丈が近付いた

 駆け出して地面を力強く蹴る。大きな耳に向かって飛びついた。音を聞いたウサギは耳を動かして振り向こうとする。落とされまいと耳の根元をしっかりと握った。彼の瞠目している姿がチラリと見えた気がした

 深く息を吸う。お腹に力を入れる。

 立派な耳に向けて声を張り上げた。理想である耳の間近での発声ではなかったけれど、力いっぱい叫んだ



「キーーーーーーッ!」



 ぴたりと動きを止めてこちらが驚く程の、遠くまで届きそうな高い鳴き声を発した。つい両手を耳に宛てる。耳を離してしまったわ。当然地面に滑り落ちて、尻餅をついてしまう

 痛みにさすりながらウサギの様子を見るとウサギは四足歩行で逃げていっていた。あの巨体が遠ざかっていって、姿が見えなくなると肩から力が抜けた。後になってよく実行したものだと信じられない思いがあった



「立てるか?」

「あ……」



 男の人に声をかけられて、まだじんわりと痛みはあったものの慌てて立ち上がる。ドレスの裾をはたき髪に指を通して整えてから振り返って対面した

 助けてくれた勇者と思われる人は近くで見ると背の高い人だったようで見上げなくてはならなかった。まだ若そうで三〇代に入るか入らないかぐらいの人のように見えるわね。うちの一番下の息子の若い時と比べて、になってしまうけれど恐らくそのくらいじゃないかしら。


 そんな事を考えながら、体は自然と服のスカート部分の両脇を掴んで礼をする。染み付いた挨拶なのだと後から思った。スーちゃんは子供のようだったし、他に関しても挨拶する必要はなかった。考えればお城を出てからは初めての人だわ



「アリーシャと申します。この度は危ないところを助けていただき感謝致します」

「いや、こちらこそ助かった。ここら一帯の敵は手強くてな。俺はブラッド。しがない傭兵さ」

「傭兵……」



 ──勇者って勇気のある人って意味よね?

 自分から名乗るものではないし、傭兵をやっている勇者という事かしら。人違いだったらいけないし確認しておかないと



「ブラッド様はどうしてこちらへ?」

「この森に自生している薬草をとりにな。切れちまう前に補充しておきたかったんだ。依頼もなかったしな」



 勇者ではなかったみたい。

 もし彼が話に聞いていた勇者だったならば、救助が来たのだから漸く安心出来るというもの。でもまだもう少し、追っ手を気にかけなくてはならなさそうね



「そういうアンタは?」

わたくしは……」



 正直に話してしまいそうになって、一度止まる。迂闊に明かさない方がいいかしら。まだ魔王の城に近いのだし



「わたく、私は……私も探しに来たのですが迷ってしまって。もう出ようかと思っていたところです」



 そんなに違和感がないと思うけれど、どうかしら

 緊張しながらブラッド様を見ていると、ブラッド様は顎に手をあてて凝視していた。それに益々緊張が高まる


 だけれど、すぐにその手を下ろした。その所作に息を吐く



「そうか。帰るならリーヴリスだな。俺も引き上げようと思っていたところだ。送ろう」



 ──リーヴリス

 聞き覚えがあるわ。それは恐らくアリーシャとして。街の名前ではあるのは確かだけれどそれ以外の事に関してはあまり知らない


 でも街であるのは確かだわ。今度こそはきちんと休みたい。食事も然り。リーヴリスに向かった方が良さそうね






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?