いきなり訪れたピンチに、スーちゃんを抱きかかえながら必死になって周囲を見る。やっぱり他に部屋はない。不幸にもここは単なる通路でしかないみたいだった
──捕まる。捕まって戻されて。警備が強化されて、スーちゃんにまで何か被害が及ぶかも知れない
それを考えたら益々捕まる訳にはいかない
何か手立てはないのか。足音を聞きながら探していけば、燭台と燭台の間。明かりが届きにくい場所に何かがあった
四角くて、感触からすれば木箱に思えた。上の部分を上げてみれば開いた。中はよく見えないけれど、入れそう
一瞬頭に姫にあるまじきはしたなさだとかドレスがとか浮かんだけど振り払った。大きく押し上げてスーちゃんと一緒に中へと入った
蓋を閉めて息を潜める。中は埃っぽい上に何か荷物が入っているみたいだった
木の板が打ち付けられて出来ている木箱は隙間があってそこから少しだけ灯りが入った。隙間から見えるだけでも外の様子を見る
足音が近づくにつれて私の心音は跳ね上がっていく。落ち着かせようと深呼吸をしてじっと目を凝らす
やり過ごせるかどうか。見ていたら大きな影が二つ見えた。それに息が数秒止まった。私が心臓そのものになったみたいに、バクバクと全身で脈打っている感覚に陥る
一秒でも早く過ぎ去ってほしい。そう願いながら固唾を呑んで見守った
影が重なり、止まることなく過ぎていく
なんとかいなくなってくれそう。まだ油断は出来ないため目を凝らして隙間から見続けた。二つの影は進路を変えず、突き進んでいく。見えなくなったけど足音が遠ざかっていったのがわかった
──……それにしても……喉がムズムズする
考えないようにしていたけど喉がムズムズする。ホコリっぽいせいだわ。咳をして悪い空気を出してしまいたい。影が見えなくなったから余計にそう思ってしまう
いなくなってしまったらどこかで思いっきり咳をしよう
「ごほっ!」
そう思っていたら──思いとは裏腹に体は先に耐え切れなくなって咳を出してしまった
スーちゃんを膝の上に降ろして両手で口を覆う。まだ喉は咳を出して払いたそうにしているけど必死に抑え込んだ
──影が二つ、戻って来たから
「……っ」
二つの影が探している。怪しい音を聞きつけて。どうか見付かりませんように。私はそう願うしかなかった
数秒。数十秒、数分。長く感じられてどれだけ経ったのかもわからない。影がぐるぐると動き回って、私の頭はぐらぐらとしそうだった。喉の奥から咳と悲鳴が出てしまいそう
早鐘を打ち続ける自分の心音を聞きながら待ち続けると二つの影は再び遠ざかっていった。足音が小さくなって、やがて聞こえなくなるとほう、と息を吐いた
蓋を押し上げて開けて箱の中から出る。スーちゃんが跳んで地面へと降りた。今度は我慢してくれた自分の体に従って咳をたくさんした。それでも周りが気になって口を両手で覆いながら
満足するまで咳き込むと呼吸を整えて辺りを見回す。耳も立ててよく聞いてみる。足音は聞こえない
今はこの場所を早く去りたい。どちらからでも来られて挟み込まれてしまうというのは心臓に悪い。出来ればもう経験したくないので足音に気を付けながらスーちゃんに案内されて先に進んでいった
廊下を通り過ぎて、光が漏れる部屋を見付けた。扉はない
そうっと中を覗いてみると鋭く光る刃がたくさん並んでいた。臆してしまいそうな色。色んな形の武器。でも誰もいなさそうでそれに安心する
念の為そろそろと足音を立てないようにゆっくりと歩いて前を通り過ぎて、階段を下りていく
──さっきのところで何か武器を持ってきた方が良かったかしら
長い階段を降りているとそんなことが浮かぶ。扱い方がわからないし、持ち運ぶのも大変そうだから持っていくのは難しそうなのだけれど
「あ……」
最後の段を降りると緑色が視界に入ってきた。周りの色がグレーとオレンジだったからその緑色が余計に目を引いた。そちらに近づいていけば一気に緑色が増える
そこは城の中庭で、降りてきた高さ分吹き抜けがあった。見上げれば天井があるから外の様子は見えない。私のいた部屋は外側だろうから外はやっぱりあの闇かもしれない
中庭には扉がいくつもある。どこに向かえばいいのか案内しているスーちゃんに尋ねる事にした
「スーちゃん、外に出るにはここからどう行くの?」
「あの部屋!」
スーちゃんが向いたのは中庭を抜けた先にある扉だった。そのまま真っ直ぐ進んでいけば着くようだけど────それまでの間のいくつかの箇所が動いている。緑でわかりづらいけど目を凝らせば多種のモンスターがいた。自由気ままに過ごしているみたいだった
私としてはとても困る。
その場にしゃがみこんで中の様子を見る。アリーシャ姫として学んだ
…………どうやって切り抜ければいいのかしら……
数は多くないけれどほとんど隠れられる場所はないし。あるとしたらインテリアっぽい柱と像と噴水だけど数はないし、噴水に至っては水を求めて集まっている
「スーちゃん、他には出口はないの?」
「ない!」
知らないだけでもしかするとあるかもしれないけれど探索する余裕はない。部屋を出てから時間も経っているだろうし、次の食事提供の時間のことを考えるとあんまりうろうろしたくはない
でも、ここを通れるかも不安だった
「……それでも通らないといけないのよね……。迷っている時間はないわ。スーちゃん、行きましょ」
「アリーと行くー!」
スーちゃんに促してしゃがんだまま進む。ドレスの裾を持って踏まないようにして
左右を見て、いない方を進む。様子を見ながら柱に隠れて息を吐いた。廊下での事もそうだけど緊張してばかりだわ
今のところは奇跡的に見つかっていない。奇跡が続く内に何とか普通の街まで逃げ延びたいところだわ
柱の陰から顔だけ出して様子を窺う
扉近くにいる少し大きいモンスターが気になる。あそこが一番の関門かしら
慎重に這うようにして近付いていく。何度か見つかりそうになりながらもなんとか大分近付けた
でも、あの扉近くのモンスターはほとんど動いていない
「なんとか噴水まで行ってくれないかしら……」
「…………。ぷ! ボク、やる!」
「……え? どうにかしてくれるの?」
「任せて!」
スーちゃんはポンポン跳んで堂々とモンスターに向かっていった。私はハラハラとしてそれを見送った