出てきたばかりの森を走って戻っていく。先程エルフ達と対面した大木を通り過ぎれば複数の声が聞こえた。それは叫び声で、三人に只事ではないと感じさせるには十分だった
声のする方へと進んでいく。勇者とミーティアは自然と鞘から剣を抜き取っていた。徐々に声が近くなり、顔を見合わせる。首肯してから枝を払い飛び込んだ
「里に戻り薬草を持って来い! 急げ!」
「はい!」
「ツルには気をつけろ!」
あの時いた数よりも多いエルフ達が湖の畔にいた。怪我をしている者、介抱をしている者、呪文を唱えている者、矢を放っている者がいた。矢尻が向いている先には一体の生き物がいた
藻なのか葉なのか緑色の塊に花の蕾のようなものがいくつかついており動いている。丸太ほどの太さがある蔓がそれから伸びていた。森にあった大木か一回り上くらいの横幅で五、六メートル程の高さだ
大型の植物モンスター。あれが暴れて霧を発生させられなくなったのだ。エルフ達は勇者達に気付いていない。目の前の強敵に集中している
「うわあっ!」
地面が盛り上がり、中から蔓が飛び出した。その上にいたエルフが蔓に捕まり、引き寄せられていく
それを見た勇者は駆け出した。モンスターの前まで躍り出た勇者は地面を大きく蹴って跳躍した。蔓の上へと飛び乗り、不安定さから落ちそうになりながらも跨る。エルフに巻きついている蔓の手前にして勇者の手前でもある部分に剣を突き立てた
モンスターから苦悶の声が上がる。巻き付いた蔓の力が弱まり、エルフは下に落とされた。暴れて蔓が強く振られる。その勢いに振り落とされそうになった。勇者は剣のグリップをしっかりと握り、払うような動作で切り落とした
それと同時に勇者は降りる。受け身をとって着地するとモンスターから離れた
モンスターは蔓を一つ切り落とされて立腹だ。切れた蔓も含めた全ての蔓を激しく振っている
花の蕾のような部分がつと、上を向いた。途端にエルフ達が距離をとり始めた
「なんだ……?」
「勇者殿、何か来ます! 気をつけて!」
ミーティアが叫んだ直後の事だった。こちらを向いた蕾が何かを吐き出した。勇者は咄嗟に飛び退いてその場から離れる
蕾が吐きつけたのは緑色の液体だった。広範囲に渡って吐きつけられた液体はそこに生えていた草を枯らせ花をしおらせた。急激な変化に勇者は息を呑む。モンスターが出したものは強力なものであり、人間が浴びればどうなるのか想像するのも恐ろしいものであると理解した
ミーティアが勇者に駆け寄る。横に並んだミーティアは左右を見て現状を見る。前兆を見たエルフ達は離れたため浴びた者もいなければ近付いている者もいない
「勇者殿。時間を稼いでほしい、と」
「……そうか。わかった」
その一文だけで理解するには十分だった
勇者もミーティアもほぼ同時に剣を構える
「ミーティアはエルフ達を守ってくれ」
「了解!」
ミーティアにエルフ達を任せて向かっていく。蔓が振り上げられ、勇者に向かって叩きつけられる。勇者はそれを走りながら避けた。直後に横薙ぎに振られた蔓には跳び上がって躱す
地面へと戻る前に剣を上で構えて勢いをつけて振り下ろした。蔓に向かって振り落とした剣は蔓を傷つけるだけで留まった。勇者は風の鳴る音を聞き足をつけた瞬間に転がるようにしてその場を離れる
視線を遣れば勇者がいた場所に蔓が降ってきていた
勇者は数歩後退したのちにモンスターを見上げる。蕾が再び吐き出しにかかっていた。今度は二つの蕾が同じような動作をしている。勇者は地面を蹴ってモンスターに突撃する。蔓が一斉に勇者に向かい始める
液を浴びせようと準備をしている蕾の一つに向かって下段から一気に振り上げる。腕に力を込めて払い、蕾を切り落とした
しかしもう一つの蕾が勇者の方を向いてしまう。勇者は反射的に剣を横に構えて少しでも直接浴びないように減らそうとする
「くっ」
一瞬にして枯れた草花が脳裏を過る。あの様子では服の上からだろうと関係ないだろう。効果の詳細はわからなくとも苦しみの程はわかる
地面に着くまでが今までで一番長く感じさせた
そんな数秒の後に突然風を切る音がした
何事もなく地面に着地した勇者は距離を空けてから蕾を見る。蕾には矢が突き刺さっており胴体のような部分に縫い付けられていた
「あっつ~い思いをしたくなかったら退きなさい!」
クレアの声が聞こえて勇者はすぐさまその場から離れた
クレアの足元には大きな赤色の魔法陣が描かれていた。大きな魔法陣を中心にして小さな魔法陣が宙にいくつも展開されていた
モンスターの足元に同じ魔法陣が広がる。一拍置いて炎が魔法陣から燃え上がる。火柱が立ち上がり、モンスターを焼き尽くしていく。森全体に響き渡るような声を上げ、炎に包まれて暴れまわっている
エルフ達が弓を構える。矢を番え放っていく。矢は一直線にモンスターに向かい、動き回る蔓や蕾に刺さって押しとどめていく。火で燃えてしまっても構わずに放ち続けた
やがて炎が収束して消えていく。炎が消えて見えた時には緑色は焼け焦げた色をし、蕾は垂れ下がった状態で動かなかった。誰もが見守る中数分の間の後に光と共にモンスターは消滅した
モンスターが消えて終わり────という訳ではなかった
エルフ達が動き出す。負傷で動けない者を起こして治癒をかけたり、モンスターの消滅地点の様子見をしたりとしている。モンスターのいた場所には矢の燃えかすだけが残っており、他には見当たらない
薬草を頼まれたエルフが走って戻って来ると薬草を負傷者に配り処置を始めた。それを見た勇者一行は静かに踵を返した
「──待て」
しかし声に制されてぴたりと足を止める。振り返れば初めて対面した時にいたキャンパスグリーンの髪の女性が立っていた
治療の数も薬も揃っている。モンスターの気配もない。これ以上は長居しては不興を買いかねない。そのため場を去ろうとしたのだが、止められてしまった。
勇者が一歩踏み出して仲間の二人を後ろへとやった。エルフの女性は顎で自身の背後を示した
「長がお呼びだ。ついてこい」
──エルフの長からの呼び出し
その一文を聞いた一行に動揺が走る。勇者の背筋がグッと伸びた
「どうするの、勇者」
「行く。呼ばれている以上行かないとな」
「気を引き締めて行きましょう」
「……何をしている。早く来い」
少し歩いた先にいる女性が小声で話し合って動かない三人に眉を潜める。姿勢を正したままで勇者を先頭に彼女に続いて歩き始めた