「──大丈夫? 勇者」
艶のある声に勇者と呼ばれた青年は顔を上げた
女性らしい曲線を描いている体つきに質の良い黒のローブを身に纏っている鉛丹色の髪の女性――――クレアが宿のベッドに座り込んでいる勇者の顔を覗き込んでいた。勇者は曖昧な笑みを浮かべる
「魔王に魔法くらっていたけど……本当にもう大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
両手で腹を押さえさすってからもう一度、今度はしっかりと笑みを描いた
アレキサンドリア王国の一人娘であるアリーシャ姫が魔王に浚われてしまった。その場に居合わせていた冒険者である勇者は王に頼まれ支援を受けて旅立った。同じようにアリーシャを助けるために請われた者は他にもいるだろう。しかし他の勇者の事は気にせず青年はアリーシャを救うために動いた
モンスターを倒しレベルを上げながら仲間を増やした勇者はつい先日魔王と一戦を交えた
しかし力及ばず腹部に魔王の一撃をくらってしまったのだ。力の差自体はあったものの、それが決定的な敗因となり敗北となって魔王を倒すことは敵わなかった
「なんならもう一度治癒魔法をかけてあげましょうか?」
「本当に大丈夫だ」
「その割には手がまだお腹を触っているけど?」
片手を顔の横で構えたクレアの手の前に小さな魔法陣が発光して浮かんだ。清らかな白い光だ
勇者は自身の腹を見下ろす。手が無意識に腹をさすっていた。慌てて手を離す
腹部に直撃だったが、そこには傷はない。敗北して、近くの街の宿屋まで戻りモンスターの脅威――瀕死の状態でモンスターに遭遇などすれば確実にトドメを刺されてしまう――から逃れてからクレアにより治癒をかけられた。全快とはいかなかったものの、傷は塞がった。攻撃を受けてから鈍痛が続いてはいたがそれも時間をかけて消えていった
クレアは
ほとんど似通ったものだが、違いがある
これらは呼び名を変える事によって見分けられている
クレアはその
そういったこともあり治癒に関しては攻撃魔法と比べて慎重に慎重を重ねるのだ。命にも関わるものであるため致し方のないことだろう
しかし勇者は本当に痛みはなかった。戦いに入る前と同じ程度には回復している
「治癒魔法に慣れていないからか、違和感はあるが問題はない」
「……それならいいんだけどね」
「どうかされましたか、勇者殿。クレア殿」
信じきっていない琥珀色の目が勇者を見つめるがそれ以上は口にしなかった
ドアの開く音がした後に二人の会話に静かな声が通る。生真面目さが声に滲む声で会話に加わったのは動きやすさと防御力をある程度ではあるも両立させた軽装鎧を身につけた少女だった
蜂蜜色の髪はストレートのショートボブ程に切りそろえられている。腰には比較的軽量であるブロードソードを差していた
彼女はミーティア・ベッツ。勇者のパーティーメンバーで女騎士である
「何でもないさ、ミーティア」
「
熱意のこもった目でミーティアは勇者を見据える
勇者は道具袋の中からワールドマップを取り出した。マップを広げ、その中から一点を指差す。クレアとミーティアは覗き込んでクレアは眉を上げ、ミーティアは怪訝そうにして小首を傾げた
「エルフの里……ですか? 立ち入る者が少なく、モンスターの情報が少ない場所ですが……」
「仲間になってもらえないか交渉したいんだ」
「仲間?」
「……なるほどねぇ」
勇者の言葉にミーティアは目を瞬かせ、クレアは得心いった様子で頷いている
「エルフは魔力に長けた種族だものね。確かに今のパーティーなら中距離の子による支援か、もう一人後ろに誰かほしいわね。……聖女とか入ってくれたら最高なんだけど」
「とんでもない。聖女などそういらっしゃいません。それにそれ程の方は何かしらの役職についておられるはずです」
「贅沢よね……」
ミーティアににべもなく否定されてクレアは嘆息して片手を頬に宛て憂いた
聖女とは治癒のエキスパートだ。怪我の治癒や状態異常の回復に特化している
しかし攻撃魔法を使えない──若しくは弱い──という者がほとんどだった。聖女としての意識が高い者程前に出ることを控える。庇護されなければならない。そのためパーティーに入るならば前衛がいるパーティーに入ったりとするが、教会に必要とされ教会に身を置く者がほとんどだった
そして治癒術を極めた治療のエキスパートとなると前述の
クレアの言うとおり贅沢な願いなのだ
「……勇者殿の考えはわかりました。エルフを相手取るとなると厳しいでしょうが、やってみましょう」
「ああ」
「行きましょうか、エルフの里へ」
勇者はマップを折り畳んで頷く
引き連れるようにしてパーティーメンバー二人と共に勇者は宿屋から出て行った