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2-1







「……よく眠れなかったわ……」



 魔法灯ランプをつけて欠伸を溢す。昔の事を夢に見てから眠ったのか眠れなかったのか良くわからない。気怠いけれど起き上がって天蓋カーテンを開いた



 睡眠不足でぼんやりとしているとテーブルに編みカゴが置かれた。もう食事の時間かしら。スライムね。習慣であるなでなでをしようとしてスライムより高い位置で何かに触れた。ぷにぷにしていない。いつもと違う感触に下方を見遣れば白目のない金の瞳と目が合って手を引っ込めた。子供程の背丈で人の形をしている。けれど下半身には花が咲いていてその中心から上半身が咲いている形だった。木の根の足に蔓の巻き付いた手、新緑の色の髪には何輪もの花が綺麗に開いている


 アルラウネ。人を惑わす植物の中級モンスター。でも話に聞いていたよりも幼いような。子供なのかも知れないわね


 アルラウネが持ってきた編みカゴを見てみる。葉と木の実に――小さな果実も混ざっていた。どれも見たことない物ばかり。葉や植物には詳しくないから、薬草か毒草の違いもわからない。今日まで焼いた肉か焼いた魚か果物しか食べていないから気になってしまう。毒草だといけないから手をつける訳にはいかなさそうだけれど


 そう思ってアルラウネの子供だと思われる子に目を移すと目が合った。何かを期待しているように私を凝視している



「食べないの?」

「……食べ、られるの?」

「森で摘んできたのよ、食べて?」



 つぶらな瞳に促される。忘れられない夢の言葉が頭の中でぐるぐると巡る。アルラウネは人を惑わすモンスターだし毒かも知れない。でもこんな小さな子を疑うなんて、と良心が痛む。今か今かと待つアルラウネ。部屋の外では私の事はどう言われているのかわからないけれど、この子は純粋に摘んできた物を誰かに食べてほしかったのかも、なんて思い始めたらもうダメだった


 丸く赤い実を親指と人差し指でつまむ。あまり無闇矢鱈に疑いたくはないけれど、念の為に飲み込まずにまずは舌に触れさせた。舌で溶かしていく



「うっ……!」



 口の中に薬みたいな苦味がパンチをしてきた。だというのに爽快感が弾けて駆けていく。口中に広がっていく爽快感に片手で口と鼻を軽く押さえた。アルラウネは私を見て限界まで口角を上げている



「す、スースーするわ」

「きゃははははははは!」



 たまらなくなった様相で可笑しそうに笑い声を上げてアルラウネは出て行った。洗面台で吐き出して様子を見ると痺れたりはなく安心する。悪戯っ子の悪戯のようなもので、あの爽快感で驚かせるつもりだったのね


 口内の違和感に顔をしかめてしまう。落ち着かず水で何度も口をゆすいだ。苦味は大分和らいだけどミントを濃縮させた程の強い爽快感はほとんど取れなかった



 ──息を吐く度にスースーするわ……

 他の木の実や葉もやめておいた方が良さそうね



 アルラウネの悪戯で口に入れた時の爽快感で目を醒ましたようで眠気が弱まっていた。だからといってもう一つ食べようとは思わないけれど


 洗面場から出るとスライムがドアノブに張り付いていた。そしてリザードマン。スライムが開けて食事を届けるからリザードマンは訪れて私の様子を見るだけ。スライムから今日の食事を受け取る。平時ならリザードマンはそれを見たらスライムを置いて出て行く


 だけど今日はリザードマンはすぐに出ていかなった。リザードマンは目敏くアルラウネからの厄介な贈り物を見付けたみたい。見た目はトカゲだけれど、人間並みに目が良いみたいね



「オイ、それ」

「さっきアルラウネが持って来られたの」

「……」

「……何ですか?」



 何故かジロジロと上から下まで見られる。毒で自害するとでも思っているのかしら。毒ではなかったのだけれど。不躾な視線に身を引くと鼻で嗤われた



「妙な事は考えるなよ」



 そう言い残してリザードマンは退室した。嘲笑からの妙な事、ということはやっぱりそう思われたのかしら

 まだ悪戯の件が体の中で尾を引いているけれど正餐にすることにした。今日はまた味付けなしのステーキだった。熱いから掴んでは噛み切って手を離すを何度も繰り返して食べ進めているとテーブルの上にスライムが乗った。スライムの体が軟らかく揺れる。お肉は置いて、咀嚼しながらスライムを注視するとスライムが編みカゴに覆い被さった。驚愕で肩が跳ね、咄嗟に立ち上がる



「それ苦いしスースーするから! ペッするのよ、ペッ! ああでもスライムに味覚ってあるのかしら!」



 どうすればいいのかわからず慌てるしか出来ない。人間じゃないからどうしたら吐き出すかわからないし。一人泡を食っている間にスライムの体内から消えてなくなってしまった。モンスターには有毒だったらどうしよう


 穴が空きそうな程見ているとスライムはテーブルから飛び降りた。いつもと同じように元気に飛び跳ねて一安心する。味覚はないみたいだし、モンスターにも有害なものでもなかったみたい。両手をスライムの下に差し込んで持ち上げる



「もう、心配させないでちょうだい」

「……心配?」

「わかった?」

「わかった、わかった!」

「いい子ね。ちょっと待っていてね、すぐ食べ終わるから」



 私の心配をよそにあっけらかんとしているスライム。無邪気な子供と変わらないわね


 スライムをソファーに下ろして私はもう一度着席する。さっきまでのやりとりでほんの少しだけ冷えていた。それでもまだ熱いけど持っていられる時間が伸びた。いい加減ステーキと焼魚のローテーションで顎が鍛えられそう。主にステーキで


 一連の流れをして戻るとスライムの頭にお皿を乗せた。そこでふと勇者様の現状が気になった。さすがにもう他のモンスターにも情報が出ているんじゃないかしら



「ねえ。そういえば勇者様のお話を誰かから聞いた事ある?」

「ゆうしゃ……?」

「そうよ」



 問いかけるとスライムはプルプルと震えだした。そして大きく飛び跳ねる。まだ支えていなかったお皿が落ちて割れてしまった



「勇者、きらい!」

「……え?」

「仲間、たくさんころした! きらい! きらい!」



 ──怒っている。基本的に温厚で少し臆病なスライムが



「……そう。あなたの仲間は戦ったのね」



 ──でもスライムは好戦的ではないから攻撃されない限り攻撃しないはず。ということは勇者様からってことよね

 ……。勇者様だからっていい人とは限らないわよね……



「ぷ!」

「あっ……」



 スライムは跳ねて出て行ってしまった




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