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第86話西のダンジョン

西に進路を取り進むこと2か月ほど。

ようやく西のダンジョンがあるミストフィア公国の首都エルカの町に入る。

ダンジョンまではここからさらに20日ほどかかるが、私はそこでいったん休みを取ることにした。


とりあえずギルドに行ってみる。

何か急を要するような事態になっていないだろうかと思って見てみたが、そこでは何もわからなかった。

(やはり各宿場町のギルドを覗いてみらんとわからんか…)

と思いつつ、銭湯に向かう。

そして、手早く風呂を済ませるとさっさと宿に戻った。


「すまん、待たせたな」

と言って、チェルシーを抱っこ紐に入れてやる。

「にゃ?」(この町の名物はなんじゃ?)

と聞くチェルシーに、

「まぁ、名物と言えば一番はワインなんだが…。まぁ、食い物だとこの辺りは果物が美味しいな。だから肉のソースに果物を使ったりしている。かわったところだと鶏の中にドライフルーツを詰めたりした料理なんかがあるぞ。あとは…普通だな」

と、この町の料理事情を教えてやった。

「にゃぁ…」(普通か…)

と、ややしょぼくれた様子でチェルシーがつぶやく。

私はそんなチェルシーに、

「ああ、でも不味いってわけじゃないんだ。ただ、ご当地の名物があまりないってだけでな。ドライフルーツなんかは美味いから今度の冒険はおやつたっぷりになるぞ?」

と、やや慌てたような感じでフォローを入れた。

そして、

「にゃぁ」(まぁ、よい。差し当たってそのフルーツと肉というのを食わせい)

と、やややる気の無いチェルシーに、

「ははは。鴨にオレンジのソースが付いてたり、ミートボールにジャムが添えてあったりするが、なかなか美味しいからそれは期待していてくれ」

と言うと、そんな郷土料理が食えそうな店を探して町へと繰り出していった。


やがて、1軒の小洒落た店を見つけて入ってみる。

いかにも町のレストランといった雰囲気だったからそういう料理もあるだろうと思ったが、案の定そういう店で、ドライフルーツの入ったテリーヌ、と普通のビーフシチュー、そして名物のワインを頼んだ。


ワインを軽く飲みながら待つことしばし。

まずはテリーヌがやってくる。

私はまずチェルシーに取り分けてやると、自分もひと口食べてみた。

ねっとりとした食感に時々ドライフルーツの食感が感じられて口の中が面白い。

それに、甘さも思ったよりは控えめで渋めのワインに良く合っている。

(うん。これはこれでいいものだな…)

と思っていると、チェルシーも、

「にゃぁ」(うむ。美味いではないか)

と満足したというようなことを言ってくれた。

続いてやって来たビーフシチューを食べる。

これはごくありふれた料理だったが、これはこれで丁寧に煮込まれているのがわかってなかなかいい味を出していた。

「にゃぁ」(うぬ。こっちもよいぞ)

と言って美味しそうに食べるチェルシーの姿に一安心しつつ、ワインと肉を合わせて楽しむ。

そして、なんだかんだと満足のうちにその日の夕食を終えた。


翌朝。

さっそくエルカの町を発つ。

季節は春本番を少し過ぎたあたり。

爽やかな中にほんのり夏の気配を感じ始めた風を受け、私たちはのんびりと街道を進んでいった。

宿場町を通るたびにギルドを覗き、異常がないかを確認しながら進む。

すると、西のダンジョンに近づくにつれて、魔物の依頼が増えてきた。

大きな依頼は問題なく受けられているようだが、小さな村の依頼は残りがちになっている。

私はいつものようにそういう依頼を引き受け、確実にその場を鎮静化するという仕事を着実にこなしながら進んで行った。


そうやって進むこと1か月半ほど。

ようやく西のダンジョン手前の村に到着する。

季節はすっかり初夏になっていた。

いつものように1泊して準備を整える。

手前の宿場町のギルドで依頼の状況を見てみたが、やはり魔物が増えているように感じた。

そんな状況もあってか、私はいつもより念入りに準備を整えていく。

そして、翌朝。

いつもよりやや気を引き締めてダンジョンへと向かって行った。


西のダンジョンはいわゆる山岳型だ。

普通の山岳型と違うのは広大なこととだろうか。

おそらく2、3,000メートル級の峰々が連なり、その奥には、ヒマラヤ山脈が可愛らしく見えるほどの大きな山脈がそびえている。

ちなみに、その大山脈の先は海が広がっているらしい。

つまり、海岸線から急に巨大な山脈が現れ、その麓に高い山々が連なる山岳地帯が広がっているということになる。

私はそんな基礎知識を思い出しながら、山道を進んでいった。


登山道を登り稜線に沿って進んで行く。

時々やって来る鳥の魔物や山羊、羊、狼を倒しながら進むこと5日。

私たちはこのダンジョンの中心に到着した。

このダンジョンの面白い所は大山脈と普通の山脈群との間に広大な森が広がっているところにある。

(さて、何が出てくるやら…)

と私は心の中で苦笑いを浮かべながら、山を下り、その森の中へと入って行った。


森に入って1日目は、ほんの少し進んだ所で野営にする。

そして翌日。

簡単に昼を済ませ、さらに進んでいると、

「にゃ!」(でかいぞ!)

とチェルシーが珍しく大きな声を上げた。

緊張が走る。

(もしかして、またドラゴンでも出るのか?)

と、内心ドキドキしながら進んでいると、やがて私にも空気が重たくなってきたのが分かった。

痕跡を発見する。

私はその痕跡を見て、思わずためげんなりとしてしまった。

(…ドラゴンより厄介じゃないか)

と思いながら、痕跡を見る。

その痕跡はどこからどう見てもオーガの物だった。

オーガとは世界樹の森で一度戦っているが、あの時も苦労した記憶がある。

なにせ、魔法がほとんど効かない。

本来であれば剣士や戦士が相手をすべき存在だ。

(こんな時、ケインやオフィーリアがいてくれればな…)

と無いものねだりをしながらも、私は諦めてその痕跡を追っていった。


やがて痕跡の主を発見する。

私は少し離れたその場所から状況を確認すると、私はその場にサクラとチェルシーを残し、慎重にオーガの群れへと近づいていった。

数は5。

ドラゴンよりも確実に厄介だ。

そう思いつつ、魔力を練り集中力を高める。

そして、刀を抜くと一気にその群れの中めがけて突っ込んでいった。


まずは隙を突いて手近にいた1匹に斬りつける。

すると、他のヤツらが私に気が付き、

「グォォッ!」

と怒りの声を上げながら斧を叩きつけてきた。

叩きつけられた斧をかわしながら1歩踏み込み手首を斬りつける。

そして素早く飛び退さると今度は横から叩きつけられる斧をまた飛び退さってかわした。

素早く突っ込んでたった今斧を叩きつけてきたヤツの懐に入る。

そして、下段から刀を跳ね上げて足を斬った。

私の後で、

「グォォッ!」

と声が上がる。

私はその声を無視して、次の相手に向かって行った。

攻撃をかわし斬りつけてはかすり傷を負わせるということを何度繰り返しただろうか。

徐々に緩慢になってくる攻撃をかわし、今度は思いっきり斬りつける。

すると、ようやく1匹が魔石に変わってくれた。

しかし、喜ぶ間もなく次の攻撃が襲い掛かって来る。

私はそれをすんでのところで転がりながらなんとかかわすと受け身を取って素早く立ち上がった。

また攻撃がやってくる。

今度はギリギリながらも落ち着いてかわすことができた。

また踏み込んで1匹を魔石に変える。

そんなことをさらに繰り返し、そろそろ私の体力も限界かと思った時、なんとか最後の1匹を魔石に変え、ようやくその戦闘は終わった。


「はぁ…はぁ…」

と肩で息をしながら、手を膝につく。

どのくらいたったのだろうか、しばらくして息が整うと、そこにチェルシーの乗せたサクラがやってきた。

心配そうに私に頬ずりしてくるサクラを撫でてやりながら戦利品の魔石と鉄を拾う。

そして、今日はその場で野営をすることにした。

ちょうどいい大きさの岩陰に簡単な設営をし、調理に取り掛かる。

私はなんだか胃に優しいものが食べたくて、その日はポトフを作った。

やがてポトフが出来上がりチェルシーに、

「にゃぁ」(うむ。なかなかじゃ)

という高評価をもらったことに一安心しながら私も食べる。

おそらくソーセージがいい仕事をしてくれたのだろう。

そのポトフは、即席で作った割には滋味深い味で、私の疲れた胃をじんわりと温めてくれた。


翌朝。

さっそく鎮静化の作業に取り掛かる。

いつものように杖を地面に突き立て、ゆっくりと魔力を流していくと、また黒い魔素らしきものの流れが目の前に広がった。

それの流れをしっかりと整えていく。

やがて、魔素らしきものの流れが整い、私はなんとか気絶することなくその作業を終えた。


疲れた体で昼を作る。

さすがに簡単なものにさせてもらった。

やがて、食事が済むとお茶を淹れ、一服させてもらう。

そして、体がなんとか落ち着くと、

「さて。帰ろうか」

と2人に声を掛けた。

サクラが、

「ひひん!」

と楽しそうに鳴き、チェルシーがいつものように、

「にゃぁ」(ああ。とっとと帰って美味い飯を食わせい)

と憎まれ口のようなものを叩く。

私はそんな2人を微笑ましく思いつつ軽く撫でてやると、さっそくサクラに跨り、来た道を戻り始めた。


やがて無事ダンジョンを抜ける。

帰りはやや急いだこともあって8日ほどでダンジョン前の村に到着することが出来た。

まずは風呂を済ませ、酒場に向かう。

ビールを飲み、ジャムが添えられたミートボールを口にするとようやくそこで帰って来たということを実感した。


翌朝。

再び旅立つ。

まずは近くの宿場町で戦利品のオーガ鉄と魔石を3匹分ほど換金した。

残りはケインに送ることにする。

私はその場で、

『日頃苦労を掛けている詫びの印だとでも思ってくれ』

と簡単な手紙を書いて、荷物をギルドに託した。


再び旅路に戻り、

「にゃぁ」(また風の吹くままか?)

と聞いてくるチェルシーに、

「まぁ、そうだな」

と苦笑いで答える。

「にゃぁ」(ふっ。相変わらずの風来坊よのう)

と、お決まりのセリフが返って来ると、

「ははは。そういう性分だからな」

と軽く笑って返した。

(さて、どうしたものか…)

と思いつつとりあえず東に向かう。

明日はいずこの町か。

そんな旅がまた始まった。


青々として風にそよぐ草原の中をのんびりと進む。

きっとまた面倒事にも巻き込まれるだろうし、ダンジョンでは苦労することもあるのだろう。

しかし、それは私にしかできない仕事だ。

そんな仕事に邁進する自分のことを思い、私はひとり、

(賢者ってのもつらい商売だねぇ…)

と他人事のようなセリフを心の中でつぶやいて苦笑いをした。


「ひひん!」

とサクラが楽しげに鳴き、少し足を速める。

そんなサクラに揺られた、チェルシーが、

「…ふみゃぁ…」

と、あくびをした。

そんな光景を見て、「ふっ」と微笑みを漏らす。

私たちの旅はこれからも続くことだろう。

しかし、きっとその旅はこんなのんびりしたものであり続けるに違いない。

私はなぜかそう確信し、どこかの町に続く道の先を見つめた。


第一部・完


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