南のダンジョンからラシッドの町に戻り数日。
ラシッドの町は南国らしくそろそろ暖かくなり始めている。
私は例の竜の魔石の売却が完了するまでの間、宿で思いついたレシピや家電の小型化に関するアイデアをまとめて、のんびりと過ごしていた。
そんな私のもとにようやくギルドから連絡がくる。
どうやら魔石が売れたらしい。
連絡にきたギルド職員曰くかなりの高額だから、念のため書類を確認して欲しいとのこと。
私は、
(特にそんな必要もないと言いたいところだが…)
と思いつつも、
「わかった。夕方前には行くから先に戻ってギルドマスターに伝えておいてくれ」
と言って、私はその職員を先に返し、ゆっくり準備を整えてからのんびりとギルドに向かった。
ギルドに着き、受付で聞くと、ギルドマスターのマイケルは執務室で待っているというので、さっそくギルドマスターの執務室に行く。
執務室に入ると私は、
「すまん、手間をかけたな」
と右手を差し出しながら、声を掛け、
「いえ。こちらこそ、いい取引をさせていただきました」
というマイケルと握手を交わす。
そして、
「ちなみに金額はこちらです」
と言って示された明細のような紙には、金貨3,000枚と書かれていた。
「その金額から1割の手数料を引いて口座にお入れいたします」
と言ってくれるマイケルに、
「ああ。よろしく頼む」
と言って再び握手を交わす。
そして、私は出されたお茶をゆっくりと飲みながら、マイケルと少し世間話をし始めた。
話の内容は当然、ダンジョンや冒険についてのことが中心になる。
私の、
「南のダンジョンに行ってきたが、ずいぶん駆け足で回って来てな。詳しい様子は見てこなかったが、最近どんな感じなんだ?」
というざっくりした質問に、マイケルは、
「ええ。鳥の群れが少し大きくなっているでしょうか。狼もモアも大きいのが多いらしく、苦労しているという情報が入ってきております。ですので、そろそろ対策をと思っていた所だったのですが、賢者様から見ていかがでしたか?」
と、軽く状況の説明をしてくれたあと、私の意見を求めてきた。
私は、
(一応鎮静化したからこの先問題になることはあまりないだろうが…)
と思いつつも、
「ああ。何らかの対策は必要だろう。これは私の勘だが、おそらく一時的な増加だ。一度大規模な討伐を行えばあとは自然と落ち着いてくると思うぞ」
と、それなりの見解を示す。
すると私のその言葉に、マイケルはうなずいて、
「ありがとうございます。今後も慎重に様子を見るとしてさっそく討伐隊を組む手筈を整えましょう。大変参考になりました」
と言い、深く頭を下げてきた。
「いや、なに。これも賢者の努めってやつさ」
と軽く冗談を言ってその場を和ませる。
私の言葉にマイケルも笑って、その後は竜の討伐をどうやったのかとか、東のダンジョンはどうだったかといったような話になった。
私が、竜のことなんかを正直に話し、
「ははは。さすがは賢者様ですな」
という感心したような、呆れたような感じの苦笑いをマイケルが浮かべたところで世間話が終わる。
私はもう一度マイケルと握手を交わし、
「世話になったな」
と軽く声を掛け、ギルドを後にした。
「にゃぁ」(腹が減ったぞ)
と、胸元からいつもの声がかかる。
そんなチェルシーに、
「明日には発とうと思っている。今日がカレーの食い納めだ」
と言うと、チェルシーは迷わず、
「にゃぁ」(ではあの魚のカレーにせい)
と今日の晩飯を指定してきた。
さっそくあの店に向かう。
そして、やはりあの魚のカレーを頼むとそれを心行くまで堪能して、カレー三昧の日々にいったん終止符を打った。
翌朝。
ラシッドの町を出る。
「にゃぁ」(次はどこじゃ?)
と言うチェルシーに、
「とりあえず西だな。最終的には西にダンジョンに向かおうと思っているが、途中はまだ決めてない」
と、いつもの無計画ぶりを披露すると、これまたいつものように、
「にゃぁ…」(風来坊よのう…)
という言葉が苦笑いとともに返って来た。
そんな私たちの会話を理解したのかどうか、サクラも、
「ぶるる」
と、なんだか苦笑いしているような感じで鳴く。
そんな2人に向かって私は、
「はっはっは。まぁいいじゃないか。風の吹くまま気の向くまま。それが旅の醍醐味だ」
と適当なことを言った。
そんな言葉にチェルシーは、
「にゃぁ…」(まぁ、よいがのう…)
とため息を吐く。
しかし、サクラは私の言葉に同調するような感じで、
「ひひん!」
と、いかにも楽しそうに鳴いた。
「ははは。そうか、そうか。サクラはわかってくれるのか」
と笑いながら、サクラを撫でる。
そんな私とサクラにチェルシーが、
「にゃぁ…」(まったく…)
とため息交じりの言葉をつぶやき、また私たちの旅が始まった。
そんな旅を続けること5日。
たまたま通りかかった宿場町で少し足を休める。
時刻は昼過ぎ。
風呂と飯にはまだ少し早いということで、宿に入りのんびりと手紙を書き始めた。
宛先はケイン。
内容は各ダンジョンや村の様子ことを出来るだけ簡潔に書く。
あまり心配はかけたくないという私なりの配慮のつもりであえてそうしてみた。
そんなことを書き終わり次に食べ物の話を書く。
これはやたらと詳しく書いた。
この世界ではまたエビチリに出会っていない。
エビチリがないからエビマヨも生まれないのではなかろうか。
そもそもマヨネーズもケチャップもあるのになぜかオーロラソースという概念が欠如している?というようなことをいくつか書き連ねる。
そして、現時点で思いついた限りのレシピと家電のアイデアを添え、手紙を完成させた。
書き終えて、
「ふぅ…」
と息を吐きながら伸びをする。
ふと見ると窓から差し込んでくる光がオレンジ色に染まっていた。
「にゃぁ」(飯の時間じゃぞ)
と、いつもの声がかかる。
私はその声に、
「おお。すまん。さっさと風呂を済ませてくるからもう少し待っててくれ」
と、やや慌ててそう返すと、さっさと道具を用意して近くにあるという銭湯に向かった。
本当にさっさと風呂を済ませて宿に戻る。
しかし、お腹を空かせたチェルシーからは、
「にゃ」(遅いぞ)
とお叱りの言葉をいただいてしまった。
「すまん、すまん。夢中になるとつい、な」
と言い訳をし、いつものように町に繰り出す。
「にゃぁ」(今日はしっかりした肉を所望じゃ)
というチェルシーの要望に応えて、ステーキが名物らしい店へと入っていった。
「猫がいるが構わんか?」
といういつものセリフを言って席に着く。
すると、恰幅のいいコック帽をかぶった店の主らしき男性が応対に出て来て、
「今日はサーロインのいいのが入ってますよ。おススメはガーリックバターソースです」
と言いつつ水を出してくれた。
「じゃぁ、それを頼む。あとビールをくれ」
と注文する。
そして、さっそくやってきたビールを飲みながら「サーロインのいいの」が来るのを待った。
店の主人が「いいの」というだけあって、肉はなかなかのものだったが、何かが足りない。
(さて、完璧に美味しいが、なんだろうか…)
と考えながら、付け合わせのパンに手を伸ばす。
そこでふと、
(米だ!)
と気が付いた。
この店の付け合わせはパン。
もちろんパンもいいが、今日のソースはガーリックバター。
強烈な香りと濃厚なコクがたまらない逸品だ。
そうなると、どうしても米が欲しくなってしまう。
(これも前世の記憶の仕業か…)
と妙なことを考えつつ、私は、このステーキが乗ったガーリックバターステーキ丼を想像して、なんとも歯がゆい気持ちで食事を終えた。
店を出て宿に向かう。
その道すがら、チェルシーも、
「にゃぁ…」(米じゃったのう…)
と言って、なんとも悔しそうな顔をした。
私も、
「ああ、あのガーリックバターソースを塗りたくったパンというのも悪くはないが、あの味はやはり米だと思ってしまったな」
と正直に自分の意見を伝える。
「にゃぁ…」
「はぁ…」
と私たちのため息が重なった。
翌日。
再び旅路へ戻る。
私とチェルシーが、
「さて、次はどの町に行くか」
「にゃぁ」(どこでもいいが米が食いたいぞ)
「そうだな。とりあえず手近な町で定食屋にでも入ろう」
「にゃ」(うむ。そうせい)
「ははは。味の濃い肉と米が食える店だといいな」
「にゃぁ」(まったくじゃ)
という会話を交わしていると、サクラが、
「ぶるる…」
と、まるでため息を吐くように鳴いた。
チェルシーが、
「にゃ」(飯は重要だぞ?)
と言って、サクラを窘めるようなことを言う。
その様子がなんともおかしくて、私は、
「ははは。私たちの食いしん坊は治らん。すまんが、付き合ってくれ」
と言って、サクラを撫でてやった。
また、
「ぶるる…」
とサクラがため息を吐くように鳴く。
私とチェルシーはそのため息に苦笑いで答え、私たちの新しい旅は再び動き出した。