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第84話南のダンジョン

魔石の売却を待つ間、カレー三昧の日々を過ごす。

いや、正確に言えば香辛料三昧と言った方がいいのだろうか。

とにかく、カレーだけではなく、様々な香辛料を使った料理を堪能した。

そんな日々を5日ほども過ごし、

「そろそろ、散歩にでも行くか」

と、ようやく重い腰を上げる。

「にゃぁ…」(うむ。よいがどこへじゃ?)

と、やや眠たそうな声でそういうチェルシーに、

「ああ、この半島の先に大きめのダンジョンがあってな。そこでも一応状況を確認しておきたい」

と言うと、チェルシーは相変わらず眠たそうな声で、

「にゃぁ…」(お主もご苦労なことよのう…)

とあくび交じりにそう言った。


翌日。

さっそく嬉しそうに歩くサクラに揺られて南のダンジョンを目指す。

そんな私にチェルシーが、

「にゃぁ」(また森か?)

と、ややうんざりしたような感じで聞いてきた。

「いや。今度は草原…というよりも牧草地かと思うくらいなだらかな丘陵地帯でサクラの散歩にはもってこいの場所だな」

と答えながら、サクラを撫でてやる。

すると、きっと散歩という言葉を聞き分けたのだろう、サクラが、嬉しそうに、

「ひひん!」

と鳴いた。

「にゃぁ」(ほう。ピクニックか。それもまた一興よのう)

と言って、チェルシーがあくびをする。

しかし、そんなチェルシーに向かって私は、

「いや、そうはいかんぞ。なにせ、南のダンジョンは上級者向けって言われてるからな」

と教えてやった。

「んにゃ?」

とチェルシーが短く疑問を投げかけてくる。

私はその疑問に、

「あのダンジョンは鳥が多くてな…。しかも開けてて身を隠す場所も少ないから常に狙われてるような感覚に陥るんだ。だから、長居は出来んし気も休まらん」

と南のダンジョンがどういう所なのかを説明して答えた。


「んにゃぁ…」(なんだそれは…)

と面倒くさそうに嘆息するチェルシーを苦笑いで軽く撫でてやりつつ、

「まぁ、歩きなら大変だが、サクラがいれば安心だ。規模が小さいから中心まで急げば2日くらいで着くしな。まぁ、ちょっと駆け足になるが、そこは辛抱してくれ」

と言って宥める。

そして、

「にゃぁ…」(なるべくちゃんとした飯を作れよ…)

と言ってツンとするチェルシーに苦笑いを浮かべた。


旅は順調に進み4日後。

ダンジョン前の村に到着する。

私はいつものようにそこで準備を整えると、さっそくダンジョンへと入っていった。

まずは林の中に入っていく。

適度な感覚で木が生え、比較的歩きやすい林の中を1日進むと、急に林が切れ、広々とした丘陵地帯に出た。

ここからがいよいよダンジョンの始まりになる。

私はその場で簡単に野営の準備を済ませると、チェルシーのためになるべくちゃんとした飯を作り始めた。

魚の干物を使ってリゾットを作る。

いつものチーズやベーコンを使ったリゾットとは違って、なんとなく「おじや」のような雰囲気になったが、それはそれで美味しいものが出来上がった。

いつものように出来上がった料理を2人で分け合う。

まずはチェルシーがひと口食べ、

「にゃぁ」(うむ。まぁよかろう)

と、その料理に及第点をつけてくれた。

その言葉に安心して私も食べる。

自分で言うのもなんだが、そのリゾットはかなり美味しく出来ていた。


翌朝。

本格的な冒険を始める。

少し進んで林を抜けきったところで私は、

「サクラ、頼んだぞ」

と言って、サクラに駆け足の合図を出した。

「ひひん!」

とやる気を見せてサクラが駆けだす。

私はそんなサクラの上で爽快感を感じながらも、辺りを油断なく警戒しながら進んだ。

やがて、前方に黒い影が3つほど見えてきた。

私は杖を取り、その影に向かって狙いを定める。

そして、風の矢の魔法を3発連続で放った。

(…1匹しか当たらんかったか…)

と流鏑馬の難しさを実感しつつ、また杖を構える。

そして、こちらに向けて真っすぐ突っ込んでくるその影に、今度は過たず正確に風の矢を撃ち込んだ。

(よし!)

と思わず心の中でガッツポーズをする。

そして私は魔石には目もくれず引き続き、サクラに駆け足の合図を出すと、そのまま一気にダンジョンの中心に向かって進んでいった。

途中。

小さな藪の木陰で昼休憩をとる。

もちろん、ここまで頑張ってくれたサクラのことは存分に褒めてあげた。

簡単な昼を済ませて、また午後も走る。

今度ははっきりと大鷹とわかる魔物が5羽ほどの群れで襲ってきた。

四方八方からこちらを狙う魔物をできるだけ引き寄せる。

そして、十分に引き付けたところで私は、一気に旋風の魔法を放ち、5羽を一気に撃ち落とした。


そんな状況でも迷わず指示通りに進んでくれるサクラに感謝しつつ、また前を向く。

すると今度は斜めから狼の群れがこちらに向かって駆けてくるのが目に入ってきた。

(これはちょっと難易度が高めだな…)

と思いつつも、迷うことなく走ってくれるサクラの期待に応えるべく気合を込めて風の矢の魔法を放つ。

ここでもまた、動きながら動く的を狙うということの難しさを感じつつ、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの理論を使い、魔力でごり押ししてその場を乗り切った。

(やはり場数が必要か…)

と反省しつつ進む。

そして、その日はなんとかまた小さな藪を見つけてそこで休息をとることにした。


その日の夜はサバの干物を使ったサンドイッチを作る。

これもチェルシー的には及第点だったようで、

「にゃぁ」(うむ。良かろう)

と言ってもらえた。


翌日もやや魔物の数が多くなる中を同じように駆け抜ける。

そして、夕暮れが近づいてきた時、ようやくダンジョンの中心付近に辿り着いた。

その日も木陰で休息をとる。

ここまで頑張ってくれたサクラの様子を見てみたが、まだまだ全然という感じだった。

そんなサクラに頼もしさを感じつつ、干物で出汁を取った炊き込みご飯を作って出す。

「にゃぁ」(うむ。やはり魚は良いのう)

とご満悦のチェルシーを撫でて少し癒された私は、緊張しつつもややゆったりとした気持ちで体を休めた。


翌日。

おそらくダンジョンの中心であろうちょっとした窪地に向かう。

すると、そこには大きなダチョウ、モアの魔物が10羽ほど群れていた。

(巣か…)

と思いつつ、サクラに駆け足の合図を出す。

すると、サクラはモアに負けないほどの速さで走り始めた。

(なっ…こんなに早くはしれるのか…)

と驚きつつ、気を引き締めて魔法を放つ。

やはり命中精度は悪かったが、それでも昨日よりは少しマシな確率で当たってくれた。


やがて、モアの魔物が全て倒れる。

それを見てチェルシーが、

「にゃぁ」(昼はステーキを所望するぞ)

と嬉しそうな声を上げた。

「ははは。じゃぁ、倒れんように気をつけんとな…」

と言いつつ、さっそく鎮静化の作業に入る。

杖を地面に突き立て、ゆっくりと魔力を流し、魔素と思しき黒い何かが上手く流れるようにゆっくり丁寧に作業していった。


「はぁ…はぁ…」

と肩で息をしつつ、作業を終える。

時刻はおそらく昼前。

私は何とか立って歩き、モアの魔物から何食か分の肉を切り出すと、またサクラに跨らせてもらった。

昨日野営した場所に戻り、肉を焼く。

全身に強い気だるさを感じながらもなんとかチェルシーの要望に応えてモアのステーキを作った。

「にゃぁ…」(いつもより焼きが甘いが…。まぁ、良しとしてやろう)

という温情あるお言葉に苦笑いしつつ、私も何とかそれを胃に詰め込む。

そして、簡単にお茶を淹れて短く一服するとまたサクラに跨ってさっさとその場を後にした。


帰りも流鏑馬の練習には事欠かない状況を何とか切り抜けてダンジョン前の村に戻る。

そして、私はそこでサクラのことも考えて2泊していくことにした。

久しぶりに温かい風呂に浸かり酒を飲む。

疲れが湯に溶け、酒が体に沁み渡った。


翌々日。

十分に英気を養った私は、再びラシッドの町に向けて出発する。

サクラの足取りも軽い。

私はそんなサクラに向かって、

「また遊びに来ような」

と軽く声を掛けた。

「ひひん!」

とサクラが楽しそうに鳴く。

その声を聞いた私もなんだか妙に嬉しくなって、「少し速足」の合図を出した。

それに合わせてサクラが軽く駆けだす。

チェルシーもそれが気持ちいいのか、

「にゃぁ」

と楽しそうな声を上げた。

海沿いの道を3人で楽しく進んで行く。

私はその光景を心から愛おしい物だと思った。

「ひひん!」

「にゃぁ!」

という楽しげな声がキラキラと輝く波間に響く。

1人だった旅が2人になり、今では3人になっているこの状況を見て私は、それを奇跡だと思った。

当たり前の日常に当たり前などない。

全てが奇跡の積み重ねで出来た貴重なものだ。

私は今その奇跡を噛みしめている。

そんなことを考えていると、ふと風に乗って潮の香りが私の鼻腔をくすぐった。

(今日は刺身かな?)

と何となく思う。

すると、おそらく私と同じ香りを嗅いだであろうチェルシーも、嬉しそうな顔で、

「にゃぁ」(今夜は刺身じゃな)

と私に話しかけてきた。

私は、その言葉に驚きつつ、

「ああ。そうだな。そうしよう」

と微笑みながら答える。

「にゃぁ」(うむ。トロがよいぞ)

というチェルシーを見て、私は、

(ああ、これも奇跡か)

と思った。

同じものを感じ、同じものを想う。

それもまた、貴重な奇跡のひとつだといっていいだろう。

互いの気持ちが重なり生まれる奇跡。

私はその奇跡を目の当たりにして「ふっ」と微笑んだ。

楽しそうに駆けるサクラと、それにはしゃぐチェルシーを優しく見つめる。

(この奇跡はなんとしても守らねばならんな)

と私は心の底からそう思い、自分の中でこれからの道に対する決意を新たにした。


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