竜と戦った後も、気の抜けない帰路を辿りようやく東のダンジョンから出る。
村に戻った私とチェルシーは久しぶりに温かい風呂と食事を堪能させてもらった。
翌朝。
さっそくダンジョン前の村を出る。
そして、最寄りのギルドに着くと、さっそく竜の報告をした。
当然ギルドは大騒ぎになって私もあれこれ聞かれる羽目になる。
そして、
「さすがに、うちみたいな小さなギルドじゃ竜の魔石は買い取れませんよ…。すみませんが、中央か南のギルドに持ち込んでもらえませんか?ああ、もちろん事情を説明した手紙を添えさせていただきますので…」
と言われてしまった。
その言葉を聞いて私は苦笑いしつつも、
(まぁそうだよな…。じゃぁ、次は南にでも行ってみるか)
と思い、次の目的地を何となく決める。
そして、2日ほどかけて、ようやくギルドから解放されると、私は一路南を目指してまた旅の空に戻っていった。
「にゃぁ!」(南ということはまた魚か!?)
と嬉しそうに言うチェルシーに、
「ああ。でも今回は前回とはちょっと違う所に行くぞ」
と少し含んだような笑顔でそう答える。
その私の顔をみて、チェルシーは、
「にゃ?」(なんでじゃ?)
と首を傾げながら、やや怪訝そうな顔をした。
そんなチェルシーを見て私はほくそ笑みながら、
「この間行ったニアの町は魚が有名な場所だが、そこから結構西に行った場所に半島があるんだ。そこは魚も美味いが、なにせ香辛料が豊富にある。…美味いカレーがたらふく食えるぞ?」
と今回の目的地で何が食えるのかを教えてやる。
すると、チェルシーの目がカッと見開かれ、
「にゃ!」(カレー!)
という魂の叫び声が上がった。
私は興奮気味のチェルシーを撫でてやりながら、
「ああ。飛び切り辛いのから、辛さよりも香辛料の香りが豊かなものまでいろいろ食える。具も豊富だ。野菜や肉もいいし豆や魚もいい…。まぁ、カレーってのは懐の深い食い物だからな、なんでも受け入れてしまうし、なんでも飲み込んでしまう…。まったくたいした食い物だよ」
とカレーの偉大さについて語る。
「にゃぁ…」(まったくじゃ…。それについては魔王たる我も負けを認めざるを得んな)
とチェルシーもそれに苦笑いで応じ、私たちはウキウキとした気分でカレーを目指して歩を進めた。
また、時折小さなダンジョンに寄ったり、小さな村で異常はないか訪ねながら進む。
もちろんその場の鎮静化も必要に応じてやりながら進んだ。
サクラの背にのんびりと揺られつつ、
(あの鎮静化ってのもずいぶん慣れてきたな…。やはり場数か…)
と思い苦笑いを浮かべる。
そんな私の苦労を察してくれたのか、
「にゃぁ」(賢者というのも大変じゃのう)
とまるで他人事のようながらも、一応労いの言葉を掛けてくれた。
「ああ。つらいもんだね」
と、また苦笑いを返す。
すると、今度はサクラが、
「ぶるる」
と、まるで励ましてくれるかのような感じで鳴いた。
そんな2人を順番に撫でつつ、進んで行く。
私たちの行く先には澄み切った初冬の空が広がっていた。
そんな旅を続けること20日ほど。
私たちは冬とは思えない、程よい涼しさの中、ようやく今回目的地にミレイア共和国の中心都市、エクセリア領ラシッドの町に入る。
このエクセリア領の特徴は何と言ってもその温暖な気候だろう。
それを利用した香辛料の栽培と交易が盛んで私たちの入ったラシッドの町の市場も活気に溢れていた。
また、他にも都市は海沿いに集中しているが、内陸の方では牧畜もやっているというのもこの領の特徴だろう。
つまり、ここエクセリア領は山の幸と海の幸がどちらも味わえる美食の町ということになる。
私もチェルシーのそのことに大きな期待を抱きつつ、長く逗留することも考えて少しいい宿を探し、そこに入った。
まずはギルドに向かう。
そこで、東のダンジョン近くのギルドでもらった手紙を見せると、すぐにギルドマスターの執務室に案内された。
「お初にお目にかかります。賢者様。当ギルドでマスターを務めているマイケルと申します」
と挨拶をしてくれる老紳士に、こちらも、
「ああ。初めまして。ジークフリードだ。ジークでいい」
と言いつつ右手を差し出す。
そして、軽く握手を交わした後、さっそく執務室の中にあった接客用のソファに座ると、小さなティーテーブルの上に竜の魔石が入った麻袋を無造作にドンと置いた。
「…さすがは賢者様ですな」
と苦笑いするマイケルに向かって、
「買い取れるか?」
と端的に聞く。
するとマイケルは少し困ったような顔で、
「ええ。もちろんでございます。しかし、お時間はいただきたい。こちらはオークションにかけさせていただきたいと思っておりますので」
と答えた。
(なるほど、そういうもののあるんだな…)
と思いつつ、
「そうか。別に構わんが、どのくらいかかる?」
と軽く聞いてみる。
すると、マイケルは少し考えて、
「そうですな…。20日ほどよろしいでしょうか?」
と言い私に伺うような視線を送って来た。
「わかった。よろしく頼む」
と言って、また右手を差し出す。
その手を、
「かしこまりました」
と言ってマイケルが握り返すとそこで約束が成立した。
ギルドを出て、
「待たせたな」
と胸元のチェルシーに声を掛ける。
時刻は昼を少しだけ過ぎた頃。
チェルシーは少しそわそわとした感じで、
「にゃぁ」(魚のカレーがよいぞ)
と言ってきた。
「あいよ」
といつものように気軽に答える。
そして、私はさっそく良さそうな店を探して大通りを進んでいった。
やがて、少し路地に入った所に良さそうな雰囲気の店を見つける。
看板に魚の絵が描いてあるから海鮮も扱っているのだろうとあたりをつけてその店の扉をくぐると、
「いらっしゃいまし」
と落ち着いた感じの女将らしき婦人が出迎えてくれた。
開口一番、
「魚のカレーはあるか?」
と聞くと、
「ええ、もちろんございますよ」
と答えてくれる女将に、
「じゃぁ、それを頼もう。ああ、あと猫がいるがかまわんか?」
と、いつものように聞いて席に着く。
私たちに水を出してくれながら、
「ご一緒にヨーグルトのドリンクはいかがです?辛さを少し和らげてくれますよ」
と言ってくれる女将に、
「じゃぁ、それもくれ」
と頼んで、私たちは幾分かソワソワしながらその魚のカレーが来るのを待った。
やがて、
「お待たせしました」
と言って女将が皿を持って来る。
その皿の中身を見て、私は少なからず驚いてしまった。
(お頭…)
と思い、
(ああ、たしかフィッシュヘッドカレーってやつだ)
と前世の記憶を思い出す。
「意外と身が付いてますから、ほぐしながらお召し上がりくださいね」
という女将の助言にうなずきつつ、まずはチェルシーの分を取り分けてやった。
「にゃ」(いただきます)
と言って、さっそく身にかぶりつくチェルシーを微笑ましく見つつ、私はまずスープをひと口食べる。
すると、意外にもあっさりとした口当たりの奥から魚の濃いうま味香辛料の爽やかな刺激が追いかけて来て、口の中に広がっていった。
(これは…)
美味いと言いかけて、
(お。辛っ)
と思い直す。
しかし、美味い。
(旨辛というのはこのことか)
と感心しつつ、ご飯と一緒に食べるとやや辛味が落ち着いて感じられた。
何か南国の果物が入っているだろうヨーグルトのドリンクを飲み、汗をかきつつカレーを食べる。
(今が夏だったらさらに最高だったろうな…)
と変なことを考えつつ、夢中になって、カレーを口に運び続けた。
「にゃぁ…」(辛かったが美味かったのう…)
と言って満足そうな顔をしているチェルシーの口の周りを軽く拭いてやる。
「にゃ」(お。すまんのう)
と言って大人しく口を拭かれるチェルシーを微笑ましく見つつ、私は額の汗を拭った。
「美味かった。また来よう」
と女将に言って店を出る。
香辛料のせいか、ぽかぽかとする胃をさすりながら、大通りを歩いていると、チェルシーが、
「にゃぁ」(次は鶏肉のカレーかのう…。ほれ、モモ肉が1本丸々入ったのがあったろう。あれがよいぞ)
と言った。
おそらく他の客が頼んでいたのを目ざとく見ていたのだろう。
私も苦笑いで、
「ああ、あれも美味そうだったな。あと、羊のカレーというのもあったぞ」
と品書きに書いてあったものを教えてやる。
「にゃぁ」(うむ。ではしばらく、昼はあの店じゃな)
と言うチェルシーに、私が、
「ああ。そうだな」
と答え、そこに私たちのカレー三昧の日々が幕を開けた。