北のダンジョンから各地を回りながら移動すること2か月。
街道を進みながら感じる風にはすでにやや秋色が混ざり始めている。
そんな中私はようやく東のダンジョン手前にある宿場町へと辿り着いた。
さっそくギルドを覗くと、ダンジョン手前のいくつかの村から魔物退治の依頼が出ている。
(やはりか…)
と少しため息を吐きつつも、
(賢者のお努めってのもつらいもんだね…)
と冗談を言って苦笑いを浮かべた。
さっそく手近にあった村からの依頼を2つほど剥がして受付に持っていく。
どちらも報酬が安い。
(これでは受け手がないだろうな)
と思っていたが案の定そうだったらしく受付のおばちゃんはたいそう喜んでくれた。
「なに。ダンジョンに行く通り道だからな。ついでだよ」
と言って、ギルドを出る。
そして、適当に買い物を済ませて宿に戻ると、私はさっそく銭湯に向かった。
風呂を済ませ、宿に戻ると、
「にゃぁ」(遅かったのう)
と、チェルシーが片目を開けて、若干の文句を言ってくるのに、
「すまん。ひさしぶりだったからな。つい長湯をしてしまった」
と言い訳をして、さっそく町に繰り出す。
「にゃ」(今日はがっつりいきたいのう)
というチェルシーの要望に応えて、その日は適当な中華屋でチャーハンと餃子、それに肉卵炒めを頼んだ。
「んみゃぁ…」(あのチャーハンはよかったのう。しかし、餃子はいまひとつじゃった…)
と言いつつも満足げなチェルシーの言葉を聞いて、
(たしかに餃子は具がいまいちだった。しかし、あのチャーハンも何か一味…)
と考えて、ふと、
(かまぼこか!)
と思いつく。
伝統的な街中華のチャーハンというよりも焼き飯にはやはりかまぼこだろう。
そう思い出してみれば、いつぞや食べた皿うどんにも練り物系が入っていなかった。
(…盲点だった)
と、やや忸怩たる思いを抱えつつ、宿に戻りペンを執る。
そして、ケイン宛ての手紙を書いた。
書き終えて、
(これで縁日で綿菓子が出るし、練り物もできる。…ちゃんぽんも皿うどんも味がかわるぞ…)
と密かな期待で少しにやけつつ幸せな気持ちで床に就く。
そして、今日という一日もつつがなく終わっていった。
翌朝。
さっそく依頼を受けた村に向かって出発する。
依頼を受けた村は2か所。
しかし、隣り合った村でどちらにも魔物の被害が増えているというのだから、おそらく原因はひとつだろう。
私はそんなことを考えて、まずひとつめの村に到着すると、村長宅に向かい、そのことを説明した。
「おお。そうでしたか…」
と驚きつつ、どうしたものかと考え込んでいる村長に、
「なに。まずは適当に魔物を狩ってくるから、その量の半分を見て依頼達成かどうか判断してくれればいい」
と答えて、さっそくその場を後にする。
そして、隣の村でも同じような説明をすると、私はさっそく森の中へと入っていった。
順調に目撃のあった地点を進み、熊の魔物、鹿の魔物をそれぞれ3匹ずつ狩る。
依頼としてはこれで十分だろう。
しかし、私はそのまま奥へと進んで行った。
お決まりのゴブリンを2回ほど焼き、さらに奥を目指す。
すると、これまたお決まりのようにオークの痕跡を発見した。
(こいつらだったか…)
とこの異常の原因らしきものを見つけて、安堵したようなうんざりしたような気持ちでさっそくその痕跡を追っていく。
そして、いつものように、刀を抜き迷わず突っ込んで行くと、5匹ほどいたオークが全て魔石に変わった。
続けてその場の鎮静化に取り掛かる。
地面に木刀にしか見えない杖を軽く突き立て、ゆっくりと魔力流すと、例の魔素の流れのような物が見えたので、私はそれを丁寧に整えていった。
やがて、作業が終わると、
「はぁ…はぁ…」
と肩で息をする。
座り込みたいほどでは無かったが、とりあえずお茶の一杯も飲んで落ち着きたいくらいには息が上がった。
適当な倒木に腰掛け、一服する。
すると、サクラがまるで「お疲れ様」というような感じで頬ずりをしてきたので、それを撫でてやり、
「にゃぁ」(終わったら飯じゃぞ)
と、かなりツンデレているチェルシーのことも苦笑いで軽く撫でてやった。
息が整ったところで、その日はその場で野営にする。
茸とチーズで作ったリゾットは割と上手く出来たようで、チェルシーも、
「にゃ」(うむ。これならよい)
と太鼓判を押してくれた。
翌朝。
さっそく最初にいった村に戻り状況を報告して、隣の村に向かう。
こちらでもやはり状況を報告するが、どちらも村でもゴブリンやオークの話はしなかった。
しかし、これからは定期的に冒険者を入れて森の中の安全を確認するようにと助言する。
どちらの村長もその言葉にしっかりとうなずいてくれていたから、この先もしばらくの間は安泰だろう。
そう思って、私はそのままダンジョンへ向け、出発した。
ようやくダンジョン前の村に到着する。
「にゃぁ」(とりあえずまともな飯を食わせい)
と言うチェルシーの要望を聞かずとも、私も久しぶりにまともな飯を食いたい気分だった。
まずは宿の風呂を使ってさっそく食堂に行く。
食堂は冒険者でごった返していたが、なんとか隅っこの2人掛けの席に着くと、私はビールとピザを注文した。
まずはビールで喉の渇きを癒す。
そして、早くもやって来たピザにはたっぷりのチーズが乗っていた。
「にゃ」(いただきます)
と言ってさっそくかじりついたチェルシーが、
「んみゃ」(美味いぞ)
と割と落ち着いた感じで言ったから、それなりに美味かったのだろう。
私もひと口食う。
たしかに、チーズの質は本場の物と比べると落ちるようだが、それでも味は良く、食べ応えも十分にあった。
追加でビールと揚げ芋を頼み、十分に腹を満たしたところで部屋に戻る。
そして、私たちは明日からの冒険に備え、ずいぶんと早めに床に就いた。
翌朝。
早い時間にダンジョンに向かう。
今回のダンジョンは一応森型に分類されているが、かなり広く、中心付近まで到達した例は稀有らしい。
当然、正確な地図もなく、そこにどんな魔物がいるかもよくわかっていなということだった。
たしか、勇者ケインたちと一緒に行動していた時も、中心まではいかなかったはずだ。
私は、何気に初めて訪れる地への冒険というものにドキドキしつつも、やはり冒険者の性として、ワクワクしながら、ダンジョンの中に足を踏み入れた。
序盤は当然順調に進む。
積極的に討伐するようお達しが出ているオーク以外の小者はあえて見逃した。
このダンジョンの浅い所は初心者に毛が生えた程度の若者もやってくる。
そういう人間の仕事を奪ってしまうのは、先輩としていただけない。
そう思って、チェルシーにも小者はいいから先に進もうと言って、さくさくと森の奥を目指した。
進むこと3日。
ようやくそれなりの魔物が出てくるようになる。
最初に出てきたのはコカトリスだった。
「にゃ!」(鶏肉じゃ!)
と言って喜ぶチェルシーに苦笑いしつつ、試しに包丁とまな板で戦ってみる。
すると、刀以上の切れ味でコカトリスの首が飛んだ。
(刃渡りの短さを除いたら最高の武器だな…)
と、改めて職人の遊び心が詰まったその包丁を見ながら、作った本人のドヤ顔を思い出して苦笑いを浮かべる。
そうやってその包丁をまじまじと見つめていると、チェルシーから、
「にゃ」(ほれ、さっさと焼かんか)
と催告の声がかかった。
「あいよ」
といつものように苦笑いで答えて、さっそく肉を切り出し、串に刺していった。
じゅわじゅわと脂を滴らせながら焼けていく肉を2人して今か今かと見つめながらじっくりと焼く。
そして、肉がいい感じに焼けると、まずは、
「にゃ」(そっちじゃ、うむ。そっちのちょっと焦げている方を渡せ)
と興奮気味のチェルシーに肉を取り分けてやった。
「にゃ」(いただきます)
「いただきます」
と声をそろえてさっそく2人とも肉にかじりつく。
「んにゃぁ…」(やはり肉は正義じゃのう…)
と、チェルシーが満足の言葉を発した。
その声を聴いて私はなんとなく、今回も楽しい冒険が始まるな、という予感を胸に抱いた。