ワイバーンロードの肉を堪能し、たっぷりと寝た翌朝。
ワイバーンの肉サンドという豪華な食事をいただくとさっそく鎮静化に取り掛かる。
私は杖を取り出すとひとり火口の真ん中に向かい、そこに杖を突き立てた。
集中してゆっくりと魔力を流していく。
すると、徐々に私の魔力が杖を通して地中に沁み込み、私の視界に黒い筋のような、幾重にも重なる川の流れのような物が見え始めた。
(もしかして、これが魔素の流れというやつなんだろうか…)
と初めて見る景色に驚きつつもその流れが急に速くなったり滞って溢れそうになっている場所に魔力を集中させる。
すると徐々にではあるが、その流れが正常に戻っていくのが確認できた。
目につく範囲でそれを繰り返し行う。
やがて、それがなんとなく終わったのを確認すると、私はいったん集中を解いた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
と肩で息をする。
(いったいどのくらいやっていたんだろうか…)
と整えようと思ってもなかなか整わない息を吐きながらそう思っていると、私の側にチェルシーがやって来て、
「にゃぁ」(昼だぞ)
と、ひと言そう言った。
(そんなに時間が経っていたのか…)
と驚きつつも、いつものように「あいよ」とは答えられず、
「…ああ、…しばらく、待って、くれるか?」
と息を切らしながら答える。
「にゃぁ…」(仕方ないのう)
と一応の理解を示してくれたチェルシーに、
「…すまんな…」
と言って軽く謝ると、私はその場で大の字になって寝転がってしまった。
太陽がまぶしい。
確かにもう昼のようだ。
そんなことを考えつつ、
(つぎは南に行ってみるか…)
と、どうでもいいことを考え、そっと目を閉じた。
「てしてし」
という感覚で目が覚める。
どうやら寝てしまっていたようだ。
「にゃぁ!」(ほれ、いい加減に起きんか!腹が減ったぞ)
というチェルシーの声に、私は、
「ああ、すまん…」
と何とか答えると、重たい体を起こし、さっそく荷物のもとに向かっていった。
手の込んだ料理を作る気力は無かったが、なんとなく汁物が食べたいと思ってワイバーンロードの肉と乾燥野菜を入れたみそ汁を作った。
付け合わせはパン。
本当は米が良かったが、そこまでの体力が無かった。
「にゃぁ…」(米じゃろ…)
と言うチェルシーを、
「それはまた明日にしよう」
と言って宥める。
私は硬いパンをちびちびとかじり、案の定濃厚な出汁が出た汁をゆっくりとすすった。
その日はたっぷりと休み翌日。
約束通り米を炊き、昨日と同じ要領でみそ汁を作ると、
「にゃぁ」(そうそう。これじゃ、これ。まぁ、2日続けて同じものというのは減点じゃが、そこは致し方あるまい。うむ。毎回このくらい頑張れよ)
と一応、褒めてくれているらしいチェルシーを、
「ああ、善処しよう」
と言って撫でてやる。
そして、すっかり体力を回復させた私は、さっそく元来た道を戻る支度に取り掛かった。
驚いたことにサクラはあの急斜面を難なく登っていく。
しかも私を乗せたままでだ。
当然、私は、頂上まで着くと目一杯サクラを褒めてやった。
嬉しそうに目を細めるサクラと一緒に山を下りて行く。
そして、安心できない帰路が始まった。
帰り道も相当な数の魔物に出くわす。
やはりこの規模のダンジョンをどうこうできるほどの力はあの鎮静化には無かったらしい。
しかし、それでもワイバーンロードのような危機が一応さってダンジョンが落ち着いてくれるならあとは冒険者たちがなんとかしてくれるはずだ。
私はそんな未来の姿を信じて、なんとかダンジョン前の村にたどり着いた。
まずは風呂にゆっくりと浸かる。
20日にもわたる冒険の疲れがすっかりとではないが、ずいぶんと癒されていくのを感じた。
風呂から上がるとさっそく、宿の酒場でビールを飲む。
そのことがこの上なく幸せなことだと思えた。
(沁みるねぇ…)
とおっさん臭い感想をもち、
(いや、おっさんだからこれでいいんだよな…)
と開き直って苦笑する。
そんなくだらないことを考えられるのもまた幸せなことだと思いなおして私はまたビールを五臓六腑に染みわたらせた。
そこへ、
「はーい。から揚げ定食お待ちでーす」
という若干軽い声がして、お待ちかねの飯が運ばれてくる。
「んにゃ!」(その一番大きいのは我のだぞ!)
というチェルシーにその一番大きなから揚げを取り分けてやると、さっそく、チェルシーは、
「にゃ」(いただきます)
と言ってから揚げにかぶりついた。
私も
「いただきます」
と小声で言ってさっそくから揚げにかじりつく。
なんでもない普通のから揚げがやたらと美味しく感じられた。
「んみゃぁ…」(美味いのう…)
としみじみつぶやくチェルシーに、
「ああ。美味いな…」
と、しみじみ返す。
そして私は、
「にゃぁ」(今回は長かったからひとしおじゃのう…)
と言って遠い目をするチェルシーと一緒にどこか遠い目で何もない酒場の壁を見つめた。
しんみりと普通の飯の美味さをかみしめた翌朝。
さっそくキリシアの町を目指して出発する。
行きと同じく10日ほどの道のりだったが、わりとのんびり進み、結果私たちは12日ほどかけてキリシアの町に入った。
さっそく魔石をギルドに持ち込む。
すると少し待たされて、ギルドマスターの執務室へと案内されてしまった。
「ギルドマスターのエリオットだ」
と言って右手を差しだしてくるエリオットと名乗ったいかにも冒険者上がりのごつい男に、
「賢者ジークフリートだ」
とすんなり身分を明かして握手を交わす。
「忙しいところすまんな。ワイバーンロードの魔石を持ち込んだと聞いたんで少し話を聞きたいと思ってな。で、状況は?」
と聞いてくるエリオットに、
「火山の山頂にいた。手下の数は…20くらいだったんじゃないか?すまん、数えてない。魔石も全部じゃないから魔石の数に5くらい足してくれればそれでだいたいあっているはずだ」
と簡単にいた場所と数を教える。
すると、エリオットは、
「…さすが、賢者様だな」
と苦笑いをしたあと、
「あのダンジョンであんたが感じたことを正直に教えてくれないか?」
と言ってこちらに真剣な目を向けてきた。
(なるほど、なんらか異常があると感じていたらしいな…)
と、そのギルドマスターとしての嗅覚の良さに感心しつつも、
(さてどう説明したものか…)
と手に顎をあてて考える。
私はまず、見たままの状況を伝えた。
そして、
「たしかに数が多いな。しかし、異常なほどでもないといった印象だ。今回ワイバーンロードなんてものが出てきたが、そうそう頻発する事態じゃないだろう。私の勘だが、魔物の数が増えると奥に大物が潜んでいるという場合が多い。今回は私が討伐したので問題ないだろうが、今後もちょっとした変化に敏感でいてくれ」
と、いかにも賢者らしいひと言を添える。
その言葉にエリオットは深くうなずいてくれた。
その真剣な眼差しに頼もしさを感じつつ再び握手を交わしてギルドマスターの執務室を出る。
すると、私の胸元でチェルシーが、
「にゃぁ」(昼はなんじゃ?)
と、いつもの一言を言った。
「さて、なんにするかな?」
と、こちらもいつも通りのんきに答える。
「にゃぁ」(少しあっさりめのこってりの気分じゃな)
というチェルシーの難しい注文を聞いて、
「うーん。となると中華が正解か…。いや、ちゃんぽん屋があればそれがいいかもしれんな」
と答えると、チェルシーが、
「にゃ!」(おお。ちゃんぽんんはよいのう!)
と嬉しそうに賛成の声を上げてくれた。
「じゃぁ、とりあえず受付で聞いてみるか?」
と言って、受付に行く。
残念ながらちゃんぽん屋は無かったが、皿うどんの美味しい中華屋ならあるというので、さっそくその店に向かうことにした。
今日もこうして平和な一日が始まり、平和な明日がやってくる。
その当たり前がいかに尊いものであるかを改めて感じた私は、通りを行きかう人々の生き生きとした姿を微笑ましく眺めながら、ふとそんなことを思った。
「にゃぁ」(楽しみじゃのう)
「ああ。楽しみだ」
という簡単な、当たり前の日常会話がキリシアの町の雑踏に溶けていく。
私は今日の美味しい食事を求め、いかにもウキウキとした様子でキリシアの町の石畳を軽やかに歩いていった。