山を登ること数時間。
森林限界を抜け、周りは草地になってきた。
所々に火山岩のような石も点在している。
おそらくそろそろヤツらの領域だろう。
そう思ってしばらくそうして歩いていると、いよいよ遠くにそれらしき影が見え始めた。
(やっぱりいやがったか…)
と思いつつ、まだ遠くにいるワイバーンの姿を忌々しく見つめる。
(さて。問題は数だな…)
と思いつつ登山を再開し、歩くことしばし。
どうやらあちらもこちらの存在に気が付いたらしい。
一気にその数が増え私の方へと近寄って来るのが見えた。
(多いな…)
と10匹はいそうなその群れを見て、げんなりとする。
山頂まではあと少し。
おそらく山頂に巣でもあるのだろう。
私はなんとなくそんなことを予想しながら、刀を抜いた。
油断なく構えつつ、襲い掛かって来るのを待つ。
すると、1匹のワイバーンが勢いよくこちらに突っ込んできた。
(しめた)
と思って風の矢を放つ。
するとそれは突っ込んできたヤツの翼に当たり、見事に落ちて行った。
斜面を転がってどこかに落ちたヤツを放っておいて、次を迎え撃つ体勢を取る。
しかし、意外なことに、ワイバーンたちは2手に別れ、大半がどこかへ飛んで行ってしまった。
どうしたんだろうか?と思いつつも残った3匹ほどのワイバーンに向かって牽制の魔法を放つ。
すると、こちらはそれに見事に引っかかってくれて、私の方に突っ込んできてくれた。
私はまたしても風の矢を連続で放ち撃墜する。
そして、その落ちた物の回収にはいかず、そのまま頂上を目指して歩き始めた。
登る事1時間ほど。
ようやく頂上に着く。
その頂上で私は、恐ろしい物をみた。
頂上は火口になっていてすり鉢状にえぐれている。
そのすり鉢状の火口の中にワイバーンが20匹ほど群れていた。
大きい個体もいる。
おそらくロードだろう。
(おいおい…)
と内心冷や汗をかきつつも、覚悟を決めて火口に降りていく。
すると、当然のようにワイバーンたちが襲い掛かって来た。
足場が悪い中、なんとか踏ん張って旋風の魔法を放ち、ワイバーンを遠ざけつつ降りる。
後半はまるで転がり落ちるような勢いで火口の中心へ続く急な坂を駆け下った。
次々に襲いかかってくるワイバーンを牽制し、時には落としながら走り抜ける。
(この世界にスノーボードとかスキーを持ち込んだら売れるだろうか?)
と、アホみたいなことを考えつつ、斜面を下り、私はついにその底に辿り着いた。
(よし、これで戦える)
私は刀をいったんおさめ、杖を取り出す。
そして、怒り狂って集団で襲い掛かってくるワイバーンに向けて竜巻の魔法を一気に解き放った。
轟音とともに、ワイバーンたちが巻き上げられていく。
何匹巻き込まれたのだろうか。
よくわからないがどうやらほとんどのワイバーンが巻き込まれたようだ。
やっと風が収まり、結果をみる。
割と全力で放った魔法だったからいくら硬いワイバーンでもひとたまりもなかったようだ。
残りは3匹ほどとロード。
ロードの方はほぼ無傷だから上手く逃げおおせられたに違いない。
(ちっ…)
と思いつつも、杖をしまい、また刀を抜く。
そして、一気に走ると火口の中央に陣取ってあちらかが襲ってくるのを待ち構えた。
「受けて立つ!」
とワイバーン、特にロードに向かって叫び鋭い視線を送る。
ヤツらに言葉が通じているとは思えないが、私の気合が伝わったのか、あちらもややいきり立つような雰囲気になったのを感じた。
「ピギャァッ!」
というロードの声がして3匹のワイバーンが突っ込んでくる。
それに向かって私は迷いなく風の矢を放った。
しかし、1匹はそれをすり抜けて私の直上に迫って来る。
私はまな板を取り出すとその鋭い爪の攻撃をいったんいなし、刀を振るってその足を斬り裂いた。
「ギャッ!」
と痛そうに鳴いて地面に落ちたその個体に続けて魔法を撃ちこむ。
そして、その個体が沈黙したところで、今度はロードに向き直った。
「ピギャァッ!」
とロードが怒りの声を上げる。
その怒りの声を聴いて私は形成が逆転しこちらが有利だと判断した。
(上手く乗ってくれよ)
と思いつつ牽制に風の矢の魔法を放つ。
すると案の定、ロードはその牽制に乗って来た。
ものすごい勢いで突っ込んでくるロードに向かって連続で風の矢を放つ。
いくつかは当たったようだが、どうも全てかすり傷のようだった。
先程の爪よりも凶悪な爪が襲ってくる。
私はそれをやや突き飛ばされそうになりながらもなんとかまな板で受け、すれ違いざまに刀で足を斬りつけた。
「ギャッ!」
と声がしたから一応効いたのだろう。
しかし、それでもロードは落ちることなく再び上空へと舞い戻っていった。
後から魔法を放つ。
またロードにかすり傷を作った。
そんなやり取りを再び繰り返す。
すると今度は確実に深い傷をロードに負わせることが出来た。
しかし、それでもロードは落ちない。
どうやら最後の気力を振り絞って飛んでいるようだ。
私の体力も限界に近づいている。
(次が勝負だな…)
私はなんとなくそう感じ、さらに気合を入れた。
「ピギャァッ!」と鳴いてロードが突っ込んでくる。
私もそれに合わせて、それこそ五月雨式に風の矢を撃ちこんだ。
確実に矢傷をつけ、それでも突っ込んできた勢いのままこちらに爪を突き立ててくるロードの必死の一撃を今度こそ軽く弾き飛ばされながら、なんとかまな板でいなす。
そして、受け身を取りながら何とか立ち上がると、同じく落ちたロードに向かってこちらも渾身の風の矢の魔法を放った。
ビクンっと動いてロードの動きが止まる。
私はそこでやっとこの戦闘が終わったことを覚り、その場に腰を下ろした。
「はぁ…」
と長いため息を漏らす。
「まったく…」
とひとこと言ってみたが、息が上がって次の言葉が出てこない。
私はしばらくぼんやりしながら息が整うのを待った。
そして、ふと思う。
(さて、これからいったいどうしたものか)
勢いで火口に飛び込んで戦ってみたはいい物の、おそらく鎮静化をするには体力も魔力も消耗し過ぎている。
かといって、あの急斜面を登っていく元気もしばらくでなさそうだ。
(うーん。とりあえず今日はここで野営だろうか?)
と思っていると、遠くから、
「ひひん!」
サクラが嘶く声が聞こえた。
「え?」
と思って周辺を見渡す。
すると、火口の頂上辺りにサクラがいるのが見えた。
サクラは迷わずあの急斜面を下って来る。
そして、私の側までやって来ると、
「ぶるる…」
と鳴いていつもより強く頬ずりをしてきた。
「おいおい。じっとしてなきゃダメじゃないか…」
と言いつつも笑顔でサクラを撫でる。
そんなサクラの上から、
「にゃ!」(肉じゃ、肉!)
といういつも通り、肉を要求するチェルシーの声が聞こえた。
「ははは。あいよ」
と答えて、なんとか立ち上がる。
そして包丁を取り出すと、先ほど死闘を繰り広げたばかりのロードの方へと近づいていって、その翼の付け根辺りに刃を入れた。
あの硬かった皮が嘘のようにするりと切れる。
そして、まずは一塊の肉を取り出すと、チェルシーとサクラの元に戻っていき、うずうずした様子のチェルシーに、
「牛じゃないが、今日はすき焼きにするか」
と呑気な声を掛けた。
「にゃぁ!」(よいな。あれじゃ、鴨すきじゃ!)
と嬉しそうな声を上げるチェルシーを撫でてやる。
そして、その横でなぜか嬉しそうに、
「ひひん!」
と鳴くサクラのこともたくさん撫でてあげると、私はさっそく調理に取り掛かった。
(さて、ワイバーンロードとはどんな味がするんだろうか?)
と、倒したことはあっても食べたことはないワイバーンロードの肉に私も興味津々でとりあえずやや薄めの焼肉くらいの厚さに切っていく。
そして斬り終えたところで、さっそく温まったスキレットに乗せ、砂糖と醤油をぶち込んだ。
「じゅわっ」
という音と香りが広がり食欲を刺激する。
さっと両面を炙り、肉の色が変わったところで、まずはチェルシーにその肉を取り分けてやった。
「にゃ」(いただきます)
と言って、チェルシーがその肉にかぶりつく。
そして、当然のように、
「んみゃぁ!」(美味いぞ!)
と歓喜の声を上げた。
私もさっそく自分の分を焼き、口に運ぶ。
ワイバーンロードの肉は、なんと表現したらいいのだろうか。
柔らかい鴨肉のような味わいだった。
普通の鴨よりもややふんわりとした食感ながら、その奥には肉らしい肉の味が隠れていて、牛とは違うが、これはこれで上質な肉だというのがよくわかった。
(これはこのくらいの厚さに切って正解だったな)
と偶然の成功を喜びつつ、次々に肉を焼いて行く。
それを焼ける傍から2人で夢中になって食い、最後にうどんで〆ると私たちは夢心地でその食事を終えた。