ダチョウの肉に十分癒され、英気を養った翌朝。
再び中央を目指して進む。
この日もゴブリンを焼き、オークを倒したが、それ以外は何事も無く順調に進んだ。
(なにかおかしいような気がするが…)
と私はそのあまりの順調さに逆に違和感を覚える。
しかし、だからと言って、進まないわけにもいかず、
(これは気合を入れておかなければならないな…)
と思って、その日は緊張の中で体を休めた。
翌朝。
無事、その場を発つ。
目的の山まではもう一息と言ったところ。
サクラのおかげで予定よりも少し早く着くことができた。
おそらく明日にはその麓辺りに到着できるだろう。
(このまま何も無く着けばいいが…)
と思った矢先、また、チェルシーが
「にゃ」(おるぞ)
と声を上げる。
(…だよな…)
と苦笑いしつつ、私はサクラから降り、油断なく身構えた。
少し離れたところで、
「ワオォーン!」
と遠吠えがする。
(狼…いや、グレートウルフか!?)
とその敵の正体を覚り、さらに緊張感が増した。
ヤツらはたまに群れで襲ってくることがある。
せめてもの救いと言えば普通の狼よりその群れの規模が若干小さいくらいだろうか。
それでも多ければ10ほどいる場合もある。
(やはり流鏑馬の練習は必須だな)
とバカなことを思いつつ、気合を入れて魔力を練った。
徐々に私にもわかるくらいはっきりとした気配が私たちの周りをうろつき始める。
どうやらライオンと同じで囲まれてしまっているらしい。
(ちっ。やっかいな…)
と思いつつも、慎重に相手の出方を窺っていると、やがて何匹かのグレートウルフが姿を現してきた。
(8…か…)
とその数を確認しつつ備える。
「サクラ、じっとしていてくれよ」
とまたサクラに声を掛けると、
「ぶるる…」
という緊張感のある返事が返って来た。
(よし、こちらは問題無いな)
と思いじりじりと間合いを詰めてくるグレートウルフと対峙する。
ひりつくような時間が過ぎ、そろそろお互いが間合いに入ろうかという頃。
2匹のグレートウルフが飛び出してきた。
すかさず牽制の魔法を放って、うち1匹の足を両断する。
(とりあえず1匹…)
と思いながらもまた構え、今度は後ろから飛び掛かってくる気配に向けて同じように牽制の魔法を放った。
「ギャンッ!」
という声がして、また1匹が戦線から離脱する。
そこで一気に攻めてくるかと思ったが、そこでまた、
「ワオォーン!」
と言う声がして、群れが落ち着きを取り戻してしまった。
(ちっ。冷静なリーダーみたいだな)
と的確に指示をしてくるリーダーを恨めしく思いつつ、今度はこちらか打って出る。
とは言え、軽く牽制の魔法を放って、相手を挑発する程度だ。
(何匹かでいい。上手く乗ってくれよ)
と思って放ったが、結局その誘いに乗って来たのは1匹だけだった。
(ちっ…)
と思いながらも、その1匹を確実に仕留めてまた群れと対峙する。
残りは5匹。
いっぺんに相手をするには少し多い。
(やれるか?)
と、自分に聞いてみるが、私はすぐさまそれを否定し、
(やるしかないんだよ!)
心の中で自分を叱咤した。
やがて、グレートウルフたちがまたじりじりと動き始めた。
(来る!)
そう思って私も構え、一気に魔力を練り上げる。
そして、お互いが十分に間合いに入った時、狼が先に仕掛けてきた。
四方から飛び掛かって来る。
私はまず後方から襲い掛かって来る2匹をサクラに近づけないよう牽制し、続けて私の正面から飛び掛かって来た2匹を防御魔法を纏わせたまな板で弾き飛ばした。
「「ギャンッ!」」
と言って、跳ね飛ばされた2匹に向かってすかさず魔法を放つ。
どうやら上手く当たってくれたようだ。
すると、それに業を煮やしたのか、先ほどから動かなかった、ほかよりも明らかに大きな個体がこちらめがけて突進してきた。
とりあえず、風の矢を何本か放って足止めを試みるが、綺麗にかわされてしまう。
(…だからこいつらはやりにくいんだよ)
と思いつつ、さらに風の矢を四方八方に放ちまずは相手の足を止めることを優先させた。
私はサクラの周りを動きながら、次々と魔法を放っていく。
(まったく、おっさんに持久戦はなんてさせるなよ…)
と愚痴りつつも、隙を見てその足止めの魔法の中に本気の1撃を混ぜ、まずは1匹を黙らせた。
それに怒ったのか、ようやく大きな個体が残った1匹と同時に突っ込んでくる。
私はまず大きな個体をまな板で食い止めた。
そして、もう1匹を斬る。
確実に斬った手応えを感じると、そのまま弾き飛ばされた大きな個体の方へ自ら突っ込んでいった。
あちらも突っ込んでくる。
そして、飛び掛かって来た相手をギリギリでかわすと、まずは胴を撫で斬った。
斬られたグレートウルフがドサリと地面に倒れ込む。
私はそれにすかさずトドメを刺して、決着がついた。
その後、魔法を使って残党とも言えない残党を確実に沈黙させていく。
そして、あらかた魔石を取り終え、「やれやれ」と言った感じでチェルシーとサクラの元に戻ると、チェルシーが、
「にゃぁ」(昼だぞ)
と、いつものセリフを言ってきた。
「ははは。了解だ」
と言いつつまずは魔石をしまって材料を取り出す。
昨日に引き続きダチョウの肉をたっぷりと焼いた。
「にゃ」(いただきます)
と言ってさっそく食べ始めるチェルシーのいつもと変わらない姿に癒されつつ、私も肉を頬張る。
そして、しっかりとした昼食をとると、軽く食後のお茶を飲み、私たちはまた中心の山に向かって進んでいった。
その日の夕方、中央の山の麓に辿り着く。
山の高さはそれほどでもなく、登山としてはそこまででもないが、ハイキングにはかなり厳しいと言った程度。
その日は無理せずその場で野営にして、また乾燥野菜とダチョウの肉でスープを作って飲んだ。
意外と上手く出来たスープで人心地つき明日からの予定をチェルシーに話す。
私が、
「明日はまず2人が避難していられるような安全な場所を探す」
と言うとチェルシーは、
「にゃ」(うむ)
とうなずいて、話の先を促がしてきた。
私のそれにうなずき返し、
「その後はわたしひとりで山登りだ」
と言い、2人をその場に置いていく告げる。
すると、チェルシーは少し不思議そうな顔で、
「にゃぁ」(サクラは使わんのか?)
と聞いてきた。
私はその問いにも軽くうなずき、
「ああ、おそらく山の上にいるのは飛ぶ魔物…。おそらくワイバーン辺りだろう。平地ならともかく、そう言う足場の悪い所で、サクラを守り通すのは難しいからな」
と理由を説明する。
すると、チェルシーは、
「にゃ」(なるほどのう…。うむ。任せておけ。ああ、肉はたんまり置いて行くんじゃぞ?)
と、言って納得してくれた。
「ああ。了解だ。なに、2、3日でもどってくるから、のんびり昼寝でもして待っていてくれ」
と言って、何となくの予定日数を伝える。
そんな私にチェルシーは、
「にゃぁ」(それでもなるべく早く帰ってこい。あまり子供を心配させてもいかんからのう)
と、どこか母親のような顔でそう言った。
翌朝。
さっそく山に登っていく。
麓からしばらくは所々に木が生えていて、チェルシーとサクラに待機してもらうには良さそうな場所もいくつかありそうだった。
私はその中でも大きな岩陰になっている場所を見つけ、そこで、サクラに待機を命じる。
当然サクラは、嫌がったが、
「ここからは本当に危険なんだ。帰ってきたらいっぱい遊ぼうな」
と言ってなんとか宥めることに成功した。
「ぶるる…」
と寂しそうに鳴くサクラを撫で、チェルシーに、
「頼んだぞ」
と告げ真剣な目を向ける。
その視線にチェルシーのしっかりとうなずき、
「にゃぁ」(任せておけ)
と力強い言葉を返してくれた。
その言葉を受けて、ひとり山を登っていく。
おそらくここが最難関だろう。
私は十分に気を引き締めつつ、何かが待つ山頂へ向かって力強い一歩を踏み出した。