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第70話賢者の告白

ヒトの国、クルシュタット王国の王都、オルセーの町に入る。

途中寄り道をせずに来たのでフチ村から10日ほどで着いた。

さっそく勇者ケインことケイン・クルセイド子爵邸へと向かう。

玄関でおとないを告げると、執事のセバスチャンが応対に出て来てくれた。

「突然すまんな」

一応、社交辞令として謝る。

すると、セバスチャンも、

「いえ。主人から伺っておりましたので、準備は整ってございます」

と言って快く迎え入れてくれた。

「ケイン様は王宮へ、エミリア様はお子達を連れてお茶会に出掛けておられます。間もなく戻って来られるでしょうから、お部屋でおくつろぎください」

と言って客室へ案内してくれるセバスチャンについて、広い客室に入る。

「すぐにお茶をお持ちいたします」

と言ってくれるセバスチャンに軽く礼を言って、ソファに腰掛けさせてもらった。


しばらくして運ばれてきたお茶を飲みながら、ぼんやりと過ごす。

すると、外の景色が赤く染まり始めた頃、部屋の扉が叩かれた。

「意外と早く会えたわね。ジーク」

と言って差し出されたエミリアの右手を握り、

「突然すまんな」

と一応軽い謝罪の言葉を述べる。

「ううん。いいのよ。ケインももうすぐ帰って来るわ。リビングで一緒にお茶を飲みながら待ちましょう」

と言ってくれるエミリアについて、リビングへ移動し、子供達からも挨拶を受けた。

みんなずいぶんと大きくなっていることに驚く。

「やはりヒトの子は成長が早いな」

と、なんともエルフ的な感覚でそう感想を述べると、エミリアは、

「親としては嬉しいような寂しいような感覚ね」

と言って少し苦笑いを浮かべた。


やがて、お茶を飲みながら、

「お仕事の話で来たの?」

と何気なく聞いてくるエミリアに、

「ああ。なんというか。まぁそんなところだ。しかし、安心してくれ。迷惑は極力かけないようにするつもりだからな」

と、苦笑いで答える。

するとエミリアは、

「うふふ。いいのよ。あの人最近、楽しいことが無いって少しぼやいていたから、多少面倒でもジークからの頼み事だったら喜んで引き受けると思うわ」

と微笑みながら答えてくれた。


そんな答えに私も苦笑いを浮かべながら、

「まぁ、考えようによっては楽しくなるかもしれんな」

と何となくこれからのことを想像しながら答える。

まだ不確定要素は多いが、きっと新メニュー開発はケインにとっていい刺激になるだろう。

そんなことを思いながら私はエミリアと一緒にゆっくりとお茶を飲み、ケインの帰りを待った。


やがて、やや勢いよく扉が開かれ、

「ジーク、来てたのか!」

と言って、ケインがリビングにやって来る。

「ああ。急にすまんな」

と、また軽く謝ると、

「いや、かまわんさ」

と言って、ケインが右手を差し出してきた。

硬い握手を交わす。

そして、

「何か話があるそうだな」

「ああ。ちょっとした仕事の話だ」

「そうか。じゃぁ、それは後からゆっくりと聞くとしてまずは飯だな」

と会話を交わし、

「晩餐の用意は出来てございます。ジーク様からのフチ村のチーズをいただきましたので、今日はそちらを使わせていただきました」

というセバスチャンの言葉をきっかけにみんなで食堂へ移った。


チェルシー待望のささ身チーズカツを初めとした料理を美味しくいただく。

(うん。やはりカツはご飯とみそ汁に限る)

と、用意してもらったカツの盛り合わせ定食をいただきながら食事を進めていると、ケインが、

「いい酒が手に入ったんだ。20年物のブランデーでな。チョコもドライフルーツもいい奴があったはずだから、楽しみにしていてくれ」

と言って、この後飲みながら話そうと言うことを暗に伝えてきてくれた。

「ほう。そいつは楽しみだ。なに、こっちもつまみになる話はたんまり用意してきている。…ふっ。長い夜になりそうだな」

と返すと、エミリアが、

「まぁ、羨ましいですわ」

と言って、ちょっと拗ねたような顔を作る。

その顔を見た私とケインは、あの頃、二日酔いを窘められた時みたいな少しバツの悪い感じになり、2人とも困ったような笑顔を浮かべた。


やがて、子供たちと一緒に食堂を出るエミリアに軽く挨拶をして、私とケインはケインの執務室に移る。

そこで、ケインが嬉しそうな顔で取り出してきた例のいい酒を酌み交わすと軽くグラスを合わせて、ちびちびと飲み始めた。

「いい酒だな」

「だろ?」

「高かったんじゃないか?」

「いや、もらい物だ」

「ほう。さすがはお貴族様だな」

「ははは。たまに、このくらいの貴族特権ってやつが無いとやってられない商売だからな」

「ふっ。そうかもしれんな」

と会話を交わし、またちびちびと酒を飲む。

一瞬の沈黙が流れたところで、ケインが、

「で。どんな楽しいつまみになる話なんだ?」

と言って、私に話を促がしてきた。

「ああ。じゃぁ、まずはあまり面白くない方の話からしよう」

と苦笑いで応じてまずは世界樹の精霊と会ったこと、そして、ダンジョンの異常のことを話した。


「なるほどな…」

と言って、ケインが眉間にしわを寄せる。

そんなケインに、

「安心しろ。任せてもらって構わん」

とひとこと言うとケインは、私に真剣な目を向け、

「いいのか?」

と聞いてきた。

「ああ。たいしたことじゃない。いつもの冒険にちょっとした仕事が加わっただけだ。手間もかからんしちょうどいい余生の暇つぶしになる」

と、いかにも気軽な感じで応じる。

すると、ケインはまたちびりと酒をひと口やって、

「ふぅ…」

とため息とも何ともつかない息を吐いた。


「まぁ、この件に関してお前に頼みたいのは私に何かあった時にはマユカ殿に連絡を入れてチェルシーを預けてくれることだけだ。まぁ、そんな事にはならんだろうが、一応念のため、伝えておこうと思ってな」

と言い、私もひと口酒をやると、同じく、

「ふぅ…」

と満足の息を漏らす。

「美味いな」

と、つぶやくと、ケインが、

「ああ。もう少し楽しい話をしながらならもっと美味かっただろうよ」

とイタズラっぽい顔で皮肉のようなことを言ってきた。

「ふっ」

と笑って、

「じゃぁ、とびっきり酒が美味くなる話をしてやろう」

と言って、ケインににやけた視線を向ける。

すると、ケインが興味津々という顔になって、

「どんな話だ?」

と聞いてきた。

「はっはっは。これは私がこれまでひた隠しにしてきた重大な秘密なんだがな?」

と、ややもったいぶった感じで言うと、ケインが、

「ほう。そいつは面白そうだが、恐ろしそうな予感がするな…」

と興味津々の中にほんの少しの不安をのぞかせた。

そんなケインに私は、苦笑いのような笑顔を向け、

「いや、そう警戒するようなことじゃない。なにせ、私もお前と同じ転生者だという程度の話だからな」

と、さらりと私の秘密を暴露する。

すると、ケインが目を見開いて固まった。

「………」

と言葉が出てこないケインに向かって、

「とはいえ、ケインほど完全な転生者じゃない。前世がどこの誰でどんな人生を歩んできたのかとかそういうことはわからないし、記憶も曖昧だ。時々ふと思い出したように記憶が蘇ってくる程度だから、おそらく相当不完全な転生なんだろう」

と、追加で説明を加える。

「…いや、…、ぉぃ…」

と、まだ言葉が上手く出てこないケインに対して、私は、

「そういうことだから、何か思い出したらお前当てに手紙を書こうと思っている。まぁ、間違いなく食い物の話ばかりになるだろうから、お前はその記憶をもとに開発を担当してくれ。私じゃ無理でも貴族のお前ならできるだろ?」

と言って、イタズラっぽい視線を向け、またひと口酒を飲んだ。

「…おいおい」

と言って、ケインが頭を抱える。

そんなケインに向かって、

「どうだ?とびっきり酒が美味くなったろ?」

と言うと、

「アホか」

と突っ込まれてしまった。


その後は、鉄道の可能性は考えたが、魔石を使うなら燃費が悪すぎてだめだとか、そういう話になる。

私がこの世界の持続可能性を考え化石燃料は持ち込みたくないという話をすると、ケインもそれには賛成してくれた。

私はケインに向かって、

「この世界の発展のカギは魔石や魔力を動力に使っていかに効率よく機械を動かせるようになるかにかかっている」

と言い、魔動工学の基礎研究の重要性を説く。

すると、ケインは半分驚いたような顔をして、

「なんか、本物の賢者っぽいな」

と、かなり失礼なことを言った。


「おいおい。これでも一応魔導工学院の出だぞ?」

と苦笑いで言うと、ケインは、

「なっ。そうだったのか!?」

と今度は本当に驚いたような顔になった。

私は、そう言えばそんな話はしたことが無かったなと思い出し、

「ん?ああ、そう言えば言ってなかったか?すまん、一応これでも研究者の端くれだったことがあるんだ」

と言って軽く謝る。

すると、ケインは、

「いや…。その話が一番驚いた」

と、真顔で冗談を言った。


「ふっ」

と笑う。

すると、ケインも、

「ふっ」

と噴き出し、その後、

「はっはっは」

とさもおかしそうな表情で笑い始めた。

そこからは楽しく前世の話で盛り上がる。

アニメ、ゲーム、映画やテレビ、そんなこの世界には無い物の話が中心になった。


楽しい時間は続き、牛丼論争が白熱してきた頃。

部屋の扉が遠慮がちに叩かれる。

私たちはその音で初めて、もう日が出ていることに気が付いた。


仕事に行かなければというケインに、

「今日くらい休めばいいんじゃないか?」

と言ってみる。

しかし、ケインは、案の定、

「貴族の努めってやつを怠るわけにはいかんさ」

という真面目な答えを返してきた。

そんなケインに、私は、

「今回はゆっくりさせてもらうつもりだ。続きはまた明日にしよう」

と言ってなぜか握手を交わす。

そして、私たちはふわふわとした足取りで食堂へ向かい、一緒にエミリアに叱られた。


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