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第68話フチ村01

ドルトネス共和国を出て1か月ほど。

季節はそろそろ冬を迎えつつある。

ケインが住むクルシュタット王国の王都オルセーの町まではこのまま街道をまっすぐ行けば10日ほどという所に差し掛かった。


しかし、私はその街道を真っすぐ進まず脇道へ逸れる。

ふと、この辺りは牧畜が盛んで肉も乳製品も美味いということを思い出してしまった。

(仕方ないよな。チェルシーに美味いものを食わせてやらねばならんし…)

と誰にともなく言い訳をしながら、街道から伸びる田舎道を進む。

そうやって進むこと1日と少し。

私はとりあえず一番近いフチ村という村に入った。


見渡す限りの牧草地の中を進む。

門番らしき老人に聞いたが、この村には1軒だけ小さな宿があるそうだ。

しかし、先ほどから、

(えっと、緑の屋根…)

と心の中で復唱しながら進んでいるが、一向にその宿が見つからない。

それに道を聞こうにも牛ばかりで人が見当たらないという有り様。

(さて、どうしたものか)

と思っていると、少し先にやや大きな家が建っているのが目に入ってきた。


(仕方ない。聞いてみるか)

と思ってその家に向かう。

田舎風の簡素な門から中を少し覗くと、老人が一人、庭掃除をしていた。

「すまん。道を尋ねたいんだが」

と声を掛ける。

すると、その老人が私の方を振り返って、

「はい。もしかしたら宿でございますか?」

と、さもよくあることのようにそう言ってニコリと笑った。


「ああ。そうだ。教えてもらえると助かる」

と言う私に、その老人は、

「ええ。もちろんですとも。あそこは少しわかりにくい所にありますから、家の者に案内させますよ」

と言って、私に遠慮する間も与えず家の方へと向かっていく。

(まいったな…。手間を掛けさせてしまった)

と思って私が頭を掻いていると、やがて老人がひとりの娘を連れてきて、

「孫のルーシーです。これに案内させますので」

と言って、自分の孫娘だというその娘を紹介してくれた。


「わざわざすまんな。ああ、私はジークという。見ての通り冒険者だ」

と言って私も自己紹介をする。

するとその老人も、

「ああ、申し遅れました。私はこの村で村長をしております、ナジクと申します」

と言って軽く頭を下げて自己紹介をしてくれた。


「じゃぁ、ご案内しますね」

と笑顔で言ってくれるルーシーの後についてゆっくりと歩く。

その道すがら、

「ジークさんはなんでこの村に?」

と聞くルーシーに、

「美味い肉とチーズを堪能したくてな」

と答えると、「あはは」と、さもおかしそうに笑われてしまった。

やがて、宿に着き、

「宿の料理は評判がいいですから、たっぷり堪能してくださいね」

と言うルーシーに礼を言って別れる。

私やようやくたどり着いた、一見、民家にしか見えないその宿で、

「猫が一緒だがかまわんか?」

と一応断ってからさっそくその宿の玄関をくぐった。


快く迎え入れてくれた女将に礼を言い、さっそく部屋に案内してもらう。

通された部屋は陽射しが差し込む明るい部屋で、掃除も行き届いているし、なんとも落ち着く感じのする部屋だった。


さっそく荷物を下ろす。

チェルシーはさっそくベッドに飛び移って枕元でさっさと丸くなってしまった。

そんなチェルシーをひと撫でして、とりあえず椅子に腰かける。

風呂と飯にはまだ時間が早い。

そこで私は机に向かい、ケイン宛ての手紙を書き始めた。

手紙を書き終え、ぼんやりとこれからのことを考える。

ダンジョンのこと、冒険のこと。

そんなことを考える中で、ふと、エルドワス自治区でサユリ、ツバキ、アヤメを始めとした従士たちと過ごした日々や、「雷鳴」の3人のことを思い出した。

彼らに自分の経験や技術を伝えた日々を思い出す。

おそらく私は彼らに未来を託したのだろう。

200年近い人生の中で初めての経験だった。

その経験をなんとも微笑ましく思っている自分がいる。

(ああいう生き方もいいのかもしれんな…)

というそんな考えが頭に浮かんだ。

誰かに自分の経験を伝えて、未来を託す。

人生の折り返しを過ぎ、そんな生き方を選んでもいい歳になったのかもしれない。

ふとそんなことを思い、

(私も歳をとったんだな…)

と苦笑いを浮かべた。


そんなことを考えていると、部屋の扉が叩かれる。

「お風呂の準備が出来ましたから、どうぞ」

という女将の声でふと窓の外を見ると、いつの間にか辺りは茜色に染まっていた。


「ああ。ありがとう」

と答えて着替えや道具を取り出し、部屋を出る。

風呂場に着き、手早く体を洗って、家庭よりもやや大きく、銭湯よりもやや小さい浴槽に体を浸すと、私は、

「ふぅ…」

と息を漏らし目を閉じた。

先程までぼんやりとしていた体と心をシャッキリと整える。

すると、不思議なもので妙に腹が減って来た。

(食いしん坊なことだな…)

と自分で自分をおかしく思いながら、風呂場を出る。

そして、手早く着替えを済ませると、部屋に戻る途中すれ違った女将に、

「今日の飯はなにかな?」

と聞いた。

「あら。お腹が空いてらっしゃったんですね。すぐ用意いたします。今日は煮込みハンバーグですよ」

と答えてくれる女将に、軽く礼を言って部屋に戻る。

そして、チェルシーに、

「今日の晩飯は煮込みハンバーグらしいぞ」

と言うと、

「にゃぁ!」(ほう。それはよいな。さっさと行くぞ!)

という返事が返ってきた。


苦笑いで、チェルシーを抱え、食堂へ向かう。

食堂と言っても4つほどのテーブルが置かれたやや広めのダイニングといった感じの所だが、その家庭的な雰囲気がまた、この小さな宿に合っていて、なんとも落ち着く空間だと感じた。

まずはお茶を淹れてもらって、料理を待つ。

そして、私はゆっくりと、チェルシーはそわそわとしながら待っていると、

「お待たせしましたね」

と言って、女将が料理を持ってきてくれた。

たっぷりのソースが掛けられたやや大振りな煮込みハンバーグに温野菜。

それにシンプルなスープとたっぷりのバゲットが付いている。

まずはチェルシーに取り分けてやろうとハンバーグにナイフを入れる。

すると、ふんわりとした感触が指先に伝わり、次の瞬間たっぷりの肉汁が溢れてきた。

(おお…。これは美味そうだ…)

と思いゴクリとやりながらも、小皿にチェルシーの分のハンバーグとサラダを取り分けてやる。

「にゃ」(いただきます)

と言うや否やさっそくハンバーグにかじりつくチェルシーを羨ましくも微笑ましく思いつつ、私もさっそくそのハンバーグを口に入れた。

(あふっ…)

とその熱さに少し面喰いつつ味わう。

(お。意外と甘味があるな。ということは合い挽き肉か。うん。いかにもご家庭のハンバーグだ)

と、その気取らない味に感動しつつ、次はパンにたっぷりのソースをつけ口に運んだ。

(うん。思った通りだ。このソース。濃さが程よいからパンに合う)

私がそんな感想を抱いていると、

「にゃぁ」(我にもパンをよこせ。ああ、ソースはたっぷりじゃぞ)

とチェルシーから催促の声がかかる。

私はそれに、

「あいよ」

と答えて、小さくちぎったパンにたっぷりのソースをつけてチェルシーに食わせてやった。


「んみゃぁ」(うむ。思った通りの美味さじゃ)

とご満悦のチェルシーをひと撫でして、食事を続ける。

ニンニクの風味がしっかりと効いたバターソース付きの温野菜を食べ、シンプルな見た目ながらなんとも滋味深いスープをひと口すすると、野菜本来のうま味が口いっぱいに広がった。

そして、また肉を食う。

私は、

(ああ、これが大地の恵みというやつか…)

と感心しつつ、その素朴ながらも丁寧な仕事に裏打ちされた料理を堪能した。


やがて、食事が終わり、お茶を飲みながら、女将と少し話をする。

どうやらこの時期の客は珍しいらしい。

村のチーズの生産が一段落して行商人の少ないこの時期は宿も閑散期とのこと。

ちなみに、そのチーズは程よく熟成され、この時期はこの時期で、それならではの美味しさがあるのだとか。

私が、それならば、その味を堪能させてもらうのに、しばらくゆっくりさせてもらうと告げると、

「ええ。存分に堪能してくださいな。うちのにも美味しいのを作れって伝えておきますよ」

と、笑顔で言ってくれた。


翌朝。

さっそくチーズたっぷりのクロックムッシュというなんとも素晴らしい朝食をいただく。

(やはり、乳製品が美味いと違うな…)

と、その味に感動し、私の横でやはりその味に満足したらしくなんとも幸せそうな表情で丸くなっているチェルシーを眺めながら食後のお茶を飲んでいると、そこへ村長のナジクがやってきた。


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