ドワーフの国ドルトネス共和国で刀を注文してから数か月。
私は相変わらず首都ルカの町でのんびりとした時間を過ごしている。
その間のちょっとした事件としては、カクテルという概念をこの世界に広めたことくらいだろうか。
きっかけは適当な場末のバーに入った時のこと。
なんとなく甘い酒が飲みたいという気分になった。
しかし、そこでこの世界には甘い酒という物が存在しないことに気付く。
(酒を飲み始めて100年以上も経つのに、なぜそんな基本的なことに…)
と思いもしたが、気付いた時が始め時だと思って、その店のバーテンに、酒とジュースを混ぜてみてくれないかと頼んだ。
私も氷とシロップを魔法で作り手伝う。
そして、ウイスキーとオレンジジュースを混ぜ、少し甘味を足しただけの基本的なカクテルがこの世界に初めて誕生した。
その後、生活雑貨が得意だという鍛冶屋を見つけてシェーカーやメジャーカップ、バースプーンなんかを作らせ、またそのバーに持ち込む。
すると今度は数日の試行錯誤を経てジンとライムに少し甘味を足した「ギムレット」が完成した。
「こいつぁちょっとした革命ですぜ…」
と言うバーテンに、
「同業者を集めて研究会を開くといい。可能性は無限だし、作り手の腕によって味が大きく左右されるだろうからな。職人気質で酒好きが多いドワーフにはうってつけ商売だ」
と、カクテルというものの可能性を示す。
そして、そこからは、
「にゃぁ…」(お主も好きよのう…)
とチェルシーに呆れられながらも、私が思いつく限りのレシピや味付け、グラスの違いで味が変わることなんかを説明して、道具の発注やレシピの開発に没頭した。
そんな軽い事件を挟んで秋風が吹き始めた頃。
ようやくエドワーズから連絡がくる。
私は当然、急いでエドワーズの店へと向かった。
扉を開けた瞬間、
「誰じゃ!」
といういつもの挨拶を聞いて、
「俺だ」
と苦笑いで答える。
すると、エドワーズは、
「おう。賢者様か。待ってたぞ」
と言って、いったん奥に行き、すぐに刀と剣帯を持ってきてくれた。
剣帯は革製で、刀は木の鞘に収まっていて、刀というよりもダンビラという方がふさわしいように見える。
(まるで斬鉄剣じゃないか…)
と妙なことを思ってその刀をしげしげと見つめていると、エドワーズが、
「刀の見た目は例の杖に合わせておいたぞ。鞘も柄もエルダートレントだ。そんじょそこいらの剣じゃ傷ひとつつかねぇ。まぁ、それは後で見てもらうとしてまずは剣帯をつけてみてくれ」
と言って、剣帯を差し出してきた。
その言葉にうなずいて、剣帯を締める。
少し緩いだろうかと思ったが、そこへすかさず、
「調整用にちょいと緩めておいた。調整するからちょっとそのままつけてろ」
と言って、エドワーズは何やら道具を取り出し、手早く剣帯の具合を調整してくれた。
剣帯がばっちり調整された所でさっそく刀を差して、さっと抜き放つ。
そして、軽く魔力を流し、抵抗がないかどうかを確かめてみた。
「うん。ばっちりだ」
と言って、刀を鞘に納める。
その言葉にエドワーズは、どこか嬉しそうな顔で、
「へっ。当然だ」
と言い、
「あと、打ち直した剣も持って来るからちょいと待ってろ」
と言って、もう一度奥へと入っていった。
やや細身になったものの当然のようにばっちり仕上がっている剣を受け取り、
「ありがとう」
と礼を伝える。
「へっ。商売だから当たり前ぇだ」
と言ってツンデレるエドワーズと握手を交わすと私は店を出てさっそくギルドに向かった。
ギルドの受付で、
「『雷鳴』の3人に伝言を頼みたい。時間があったら一緒に冒険しよう、とな」
と伝えてギルドを後にする。
私はまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のような気持ちでいそいそと宿へ戻っていった。
数日後。
いつものように市場で朝食をすませ、ギルドに向かう。
すると、そこには「雷鳴」の3人の姿があった。
「あ!賢者様おはようございます。さっき聞いてこれから伺おうかと思ってたところっす!」
と言うリカルドに、
「おお。それは良かった。で、行けそうか?」
と一応予定を聞いてみる。
すると、「雷鳴」の3人からは、
「はい!」
「もちろんっす!」
「お誘いいただきありがとうございます」
と嬉しそうにそう言う声が返ってきた。
すぐに場所と出発日を決める。
その話し合いで、場所は馬で5日ほどの場所にある中から上級者向けの森型ダンジョン、出発は明後日と決まった。
出発の日。
宿を出て待ち合わせ場所のギルド前に向かう。
ギルドが近づくとすでに「雷鳴」の3人が来ているのが見えた。
「すまん、遅くなった」
と声を掛け、
「いえ。俺らも今来たところっす」
というお約束の会話を交わす。
「じゃぁ、さっそく行きましょう」
と言うリカルドに、私は、
「ああ。ちょっと待ってくれ、リカルド。この間折れた剣を打ち直してもらったんだが、良かったら使ってみてくれ。悪いものじゃないはずだ」
と言って例の打ち直してもらった剣を差し出した。
「えっ!?」
と驚くリカルドに、
「まぁ、こういうのは巡り合わせってものだと思うからな。これも何かの縁だと思って受け取ってくれ」
と言いさらに剣を差し出す。
そんな私の言葉にリカルドは、
「え、えっと、あ、はいっす!」
と言い、まるで賞状をもらうかのように、深々と頭を下げながら私の剣を受け取った。
「ありがとうございます。か、家宝にするっす!」
と言うリカルドに、
「いやいや。使い倒してくれ」
と苦笑いで答えて、
「さて。じゃぁ、出発するとか」
と、みんなに声を掛ける。
そして、返って来た、
「「「はい!」」」
という明るい声をなんとも微笑ましく思いながら私たちはダンジョンを目指して出発した。
ルカの町を出て田舎道を行くこと5日目。
ダンジョン前の村に到着する。
私たちはそこでいったん宿を取り、準備を整えて翌日、ダンジョンの中へと入っていった。
「なんかいつもより緊張するっす」
と冗談を言うリカルドに、
「ははは。賢者様と一緒だからか?」
と、こちらも冗談を返し進む。
ミナとデニスも余り緊張していないようだ。
そんな3人を見て、私は、
(さすがは慣れたものだな)
と思い、なんとなく微笑ましいような気持ちになった。
初日は予定通り順調に進む。
(出るとしたら、明日からか…。まぁ最初は小者だろうな)
と思いながら、その日はデニスが作ってくれた前世の記憶で言えばジャンバラヤ風のピリ辛ピラフを美味しく食べ、ゆっくりと体を休めた。
翌朝。
やはりそろそろ出るということがわかっているからだろうか、「雷鳴」の3人の表情は昨日よりも引き締まっている。
その様子に私はさらに頼もしさを感じつつ、自分も気を引き締めて先へと進んでいった。
やがて、
「にゃ」(あっちじゃ)
と言ってくれるチェルシーの指示に従ってそちらへ向かう。
「雷鳴」の3人には、
「長年の勘だ」
とだけ説明しておいた。
進むにつれて空気が重たくなっていく。
しかし、切迫感というか、差し迫ったような緊迫感は無いから、やはり小者なのだろう。
そう思って進んでいると、案の定、いつものゴブリンの痕跡を発見した。
(ちょっと多いか)
と思いつつ、進んで行く。
そして、そろそろ巣があるだろうという所で、私はリカルドに、
「すまんが、先に試し斬りをさせてもらって構わんか?」
と声を掛けた。
「うっす」
とリカルドが快く順番を譲ってくれたリカルドに、
「すまんな」
ともう一度軽く謝って先へ進む。
するとやがて、少し大きなゴブリンの巣が見えてきた。
「えっと…。100はいるっすけど…」
というリカルドに、
「ん?ああ。ちょうどいいな」
と答えて刀を抜く。
そして、
「じゃぁ、行ってくる。すまんが荷物とチェルシーを見ておいてくれ」
と言うと、私はまっすぐゴブリンの巣に向かって突っ込んでいった。
まずは一撃、風の刃の魔法を放って先制する。
そして、続けざまに魔法を放ちながら道を作っていった。
その出来た道を通って巣の真ん中に立つ。
そして、集中して気を練ると、一気に刀に魔力を乗せ、くるりと1回転するように刀を振った。
同心円状に魔石が散らばる。
(ほう。なかなか使い勝手がいいな…)
という感想を持ちつつ、今度は刀の切れ味を試すために魔法を使わずゴブリンの群れに突っ込んでいった。
右に薙ぎ、やや踏ん張って返す刀で袈裟懸け。
そして、再び右に薙ぐと私の周りにいた5、6匹のゴブリンが魔石に変わる。
(いい切れ味だ)
と刀にも好感触を得て、さらに斬っていった。
何匹斬っただろうか。
そろそろ飽きてきたと思い始めた頃。
割と大きな個体と相対する。
粗末な棒きれを振り回してくるのをサッと避け、素早く懐に踏み込むとすれ違いざまに下段から一気に刀を振り上げた。
先程までより少し大きな魔石が転がる。
そして、あらかた片付け終わったのを確認すると、私はまた飛び道具の風の刃の魔法を使って、残党を一気に殲滅していった。
一応周囲を確認し、
「ふぅ…」
と息を吐く。
そして、腰をトントンと叩くと、刀を納め、とりあえず魔石を拾い始めた。