時々ある林を抜け、カルスト地形の丘陵地を行く。
この辺りはまだ魔物が少ない。
いたとしても羊の魔物くらいだからいざとなってもサクラなら十分に逃げ切れる。
もちろんそれでも油断はしないが、私も幾分のんびりとした気持ちでさらに奥を目指して進んで行った。
やがて、けっこう広い草原に出る。
所々に岩は出ているが、先ほどよりも開けていて、走りやすそうだ。
時間もちょうど野営の準備を始めてもいいくらいの頃。
私は少し早めではあるが、そこでサクラから荷物を降ろしてやって、とっとと野営の準備に取り掛かった。
しかし、そこで、
「にゃ」(来よるぞ)
とチェルシーが声を掛けてくる。
私は、せっかくのピクニックを邪魔されたような気がして半分むっと半分げんなりしながら杖を取り出し、遠くから迫って来る黒い影に照準を合わせた。
数は2。
十分に引き付けて続けざまに風の矢を放つ。
やはり、まだこの杖に慣れていないせいか、結構な魔力を持っていかれたが、それでも最初の頃よりはずいぶんとマシになり、大鷹の魔物を落とすにはほんの少し強力過ぎるだろうか?というくらいの威力で魔法を放つことができた。
「ふぅ…」
と息を吐いて、野営の準備を再開する。
すると、サクラが、
「ぶるる!」
となんだかやる気に満ちた感じで私に近寄ってきた。
「ん?どうした?」
と言うとサクラがまた、
「ぶるる!」
と鳴いて、先ほど大鷹の魔物が落ちた方向を見る。
その行動を見て私が、
「もしかして、拾いに行きたいのか?」
と聞くと、サクラは嬉しそうに、
「ひひん!」
と鳴いた。
どうやら正解だったらしい。
私はやる気に満ちた表情のサクラにさっそく跨ると、
「よし、魔石拾いごっこだな」
と言って、サクラに駆け足の合図を出す。
その合図にサクラはまた、
「ひひん!」
と嬉しそうに鳴き、けっこうな速さで走り始めた。
「はっはっは。楽しいな」
と笑いながらサクラの進みたいように進ませる。
すると、驚いたことにサクラはまっすぐ魔石が落ちている場所に到着して、足を止めてくれた。
「お。…もしかして、魔石の位置がわかるのか?」
と聞くと、サクラは、
「ひひん」
とどこか得意げな表情になる。
どうやら、サクラなりのドヤ顔をしているらしい。
私は、そんなサクラを褒めてやると、さっそく魔石を拾い、またサクラに跨らせてもらった。
またサクラはまっすぐ魔石が落ちている方に向かう。
「はっはっは。すごいぞ、サクラ」
と言ってまた褒めてやると、サクラは嬉しそうに、
「ひひん!」
と鳴いて私に頬ずりをしてきた。
その後も少し走ってから元の場所に戻る。
すると、
「にゃぁ」(おい。飯をおろそかにするでない)
と、チェルシーからお説教をされてしまった。
「ははは。すまんな」
「ぶるる」
と2人して謝る。
そんな私たちに、
「にゃぁ」(うむ。わかればよい)
と寛大な心を示すチェルシーをひと撫でしてやると、私はさっそく晩飯の調理に取り掛かった。
米を炊きながら、ダンジョン前の村で買ってきた肉を焼き、肉を休ませている間に肉から出た脂でニンニクを炒め、醤油を入れてソースを作る。
そして、切った肉をご飯の上に乗せ、たっぷりのソースをかけてステーキ丼を完成させた。
「にゃ」(いただきます)
「いただきます」
「ひひん!」
と声がそろって、それぞれに飯を食べはじめる。
今日はサクラも一緒に飯を食えるようにニンジンやリンゴをたくさん持ってきた。
「うん。美味いな」
「んみゃ」(うむ。毎回このくらいの物を作れ)
「ははは。善処する」
と会話を交わしながら、丼飯をかき込む。
ニンニクのガツンとした風味が効いた丼はやや乱暴な味付けだが、それが野外で食べる漢飯という感じで、それはそれなりに雰囲気を醸し出していた。
「ひひん!」
とサクラが嬉しそうに鳴く。
「ああ。みんなで食うと飯が美味いな」
と言ってサクラを撫でてやるといつも以上にサクラが甘えてきた。
そんなサクラにニンジンを食わせてやりつつ、私も飯を頬張る。
楽しい食事は続き、その日はみんなで固まって体を休めた。
翌日も同じようにその場で過ごす。
サクラは楽しそうに駆け回り、チェルシーものんびりと日向ぼっこをしていた。
私も、時々サクラに乗って走ったり、一緒に昼寝をしたりしてのんびり過ごす。
そして、その日の晩飯は少しピリ辛の豚肉の味噌漬けを焼き、白飯を思う存分食って、またみんなで一緒に寝た。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、翌日。
(さて、どうしたものか)
と思ったが、
(一応ダンジョンに来たんだし、少しは冒険者らしいこともするか…。剣も試してみたいしな)
と考えて奥へと足を向ける。
相変わらず楽しそうに歩くサクラを時折宥めながらも、どんどんと奥に進んで行き、その日の夕方前にはずいぶんと奥まで入り込むことが出来た。
さっそく野営の準備に取り掛かる。
ベーコンたっぷりのポトフを食べ、食後のお茶を飲んでいると、
「みゃう…」(明日じゃな…)
と、やや眠そうにチェルシーがそうつぶやいた。
「わかった。ありがとう」
と返事をして、チェルシーを軽く撫でてやる。
すると、チェルシーは、
「ふみゃぁ…」
と、あくびをしてさっそく眠ってしまった。
私もさっさとお茶を飲み干して、目を閉じる。
そして、ゆっくり明日への英気を養った。
翌朝。
さっそくチェルシーの指し示す方向へ向かう。
進むこと数時間。
周りの徐々に空気が重たさを増し始めた。
「にゃ」(小物じゃ)
というチェルシーの言葉通り、ゴブリンの痕跡を見つける。
(試し斬りにはちょうどいいっちゃ、ちょうどいいな…)
と苦笑いしつつ、その痕跡を追っていった。
やがて、巣を発見し、チェルシーとサクラに荷物番をお願いすると、一気にゴブリンの群れへと突っ込んで行く。
数は50くらいだろうか。
いや、奥に小さな洞穴が見えるからもっといるかもしれない。
そんな予想を立てながらも、深く考えることなくその群れの中心をめがけて駆けていった。
手近にいた1匹を横なぎに斬る。
そのまま駆け抜けて今度は飛び掛かるような勢いで逆袈裟。
そして、着地するのと同時に目の前にいた1匹を唐竹割の一撃で魔石に変えた。
(さすがだ。悪くない)
とその剣になかなかいい感触を持ちつつ、次々に斬っていく。
地面に魔石が散らばりやがて、洞穴の奥からやや大きい個体とそれに率いられた何匹かのこん棒を持ったゴブリンたちがのそのそと現れてきた。
迷わず突っ込み、デタラメに振り回される棒をかわし、時々剣を合わせて叩き落しながら続けざまに斬っていく。
やがてやや大きな個体を斬ったところで気が付けば周りに動く気配はなくなっていた。
「ふぅ…」
と息を吐きつつ、腰をトントンと叩く。
それから地道に魔石を拾い集めていると、チェルシーを乗せたサクラがこちらのトコトコと歩いて近寄ってきた。
「すまん、待たせたな」
という私に、
「にゃ」(うむ。飯にせい)
と、いつもの声がかかる。
私はその声に、いつも通り、
「あいよ。これが終わったらな」
と答えて、また魔石拾いを再開した。
ややあって、魔石を拾い終わるとさっそく飯にする。
さすがに戦闘の後ということで、簡単なサンドイッチにさせてもらった。
少し不満げなチェルシーを宥めつつ、昼食を済ませる。
そして、食後のお茶を飲むと私たちはその場を離れ、帰路についた。
「ひひん!」
と鳴いて楽しそうに草原を歩くサクラを撫で、
「また来ような」
と声を掛ける。
「にゃぁ」(ピクニックというからには今度はまともな弁当を持ってこい。一食分くらいは持ってこられるじゃろう)
というチェルシーの提案には、
「それもそうだな。すまん気がつかんかった…」
と素直に謝った。
「にゃ」(今後に期待するぞ)
と鷹揚な態度で許してくれるチェルシーを軽く撫でてやりながら進んで行く。
夏の日差しの眩しさに目を細めると、どこかから風が吹き、草原をさやさやとたなびかせた。
(いいな、こういうの…)
と、平和な光景を見て感慨にふける。
すると、そんな私の思いに呼応したのか、チェルシーが、
「ふみゃぁ…」
とあくびをし、サクラが、
「ぶるる…」
とのんびりとした鳴き声をあげた。
そんな状況に私はひとつ苦笑いをこぼすと、サクラにゆっくり前進の合図を出す。
「ぶるる」
と鳴いて、サクラがさらにゆっくりとした歩調になった。
「のんびり行こう」
と声を掛ける。
その声にサクラは、
「ひひん」
と、どこか微笑むような鳴き声を返してくれた。
さわやかな光景の中をのんびり進む。
(これからしばらくはこんな平和な日々が続くんだな…)
そう思うと、私の心にゆったりとした感情がじんわりと広がっていった。