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第63話ドルトネス共和国05

「にゃぁ!」(おい。飯にしろ!)

というチェルシーの声と「てしてし」と頬を叩かれる感覚で目覚める。

体が重たい。

しかし、私はなんとか起き上がると、

「…あいよ」

といつものように苦笑いで答えて荷物の中から適当にパンとチーズを取り出した。

「すまんが、今日はこれで勘弁してくれ」

と言って、チーズを挟んだだけのパンをチェルシーに差し出す。

「…にゃぁ」(…うむ。仕方あるまい)

と一応気遣ったようなことを言ってくれるチェルシーを軽く撫でてやると、私もその簡単なサンドイッチを適当に淹れたお茶で何とか腹に詰め込んだ。

やはり何か腹に入れると違うもので、体のだるさがほんの少しマシになる。

しかし、それでもまだだるい体をまた地面に横たえ、

「明日からはもう少しまともな飯を作るからな」

とチェルシーに声をかけると、また目を閉じた。


やがて、どのくらい眠ったのだろうか。

起きると猛烈に腹が減っていた。

しかし、ここで食料を食いつくすわけにもいかず、なるべく腹持ちの良さそうなチーズリゾットを作って腹をごまかす。

そして、同じくチーズリゾットを食べ、満足そうに丸くなっているチェルシーを抱っこ紐に入れてやると、私はさっそくその場を後にした。

体はずいぶんと軽くなったように感じる。

おそらく魔力が戻って来たからだろう。

だが、腹が減ってしょうがない。

私は、2日目に野営した休憩所まで戻って来ると、そこでまた飯にした。

チェルシーは、

「にゃぁ」(我はまだいらんぞ)

と言って遠慮したので、簡単なサンドイッチを作って手早く食べる。

そして、またお茶で一服すると、初日に野営をした場所を目指して坑道を歩き始めた。


やはり途中で何回か飯を食い。

そろそろ、食料も残り少ないかというところで、初日に野営した場所に辿り着く。

するとそこには「雷鳴」の3人がいた。

「無事だったんすね!」

「心配してました」

「ええ。村で1日待っても戻って来られなかったので…」

という、リカルド、ミナ、デニスに

「すまん。地形が気になったもんでな。後学のためにいろいろ観察してたら遅くなってしまったよ」

と、嘘を交えて軽く謝る。

そして、

「それより、腹が減ってるんだ。食料に余裕があるなら何か飯を食わせてくれないか?」

と冗談めかしてそう言った。


「ははは。はい。すぐに作ります。カレーでいいですか?」

と言ってくれるデニスに、

「ああ。最高だ」

と答えて、ミナが淹れてくれたお茶を飲む。

心がほっと落ち着いた。

やがて出来上がってきたカレーを食って早々に眠らせてもらう。

後輩に面倒をかけて申し訳ないと思ったが、食欲が満たされほっとすると次は睡眠欲が襲ってきて、どうにも抗えなかった。


たっぷりと休息を取らせてもらって、起きるとさっそく村に向けて出発する。

当然帰路は何事もなく進み、無事村に到着した。

「雷鳴」同様、心配してくれていたらしい村長からも無事を祝われ、また心尽くしの膳と風呂をいただく。

冒険、というよりも、あの浄化作業の疲れもあってか、その日もぐっすりと眠り、翌朝、私と「雷鳴」の3人はそれぞれ晴れやかな気持ちでルカの町へと戻っていった。


その日の夕方、ルカの町に着くと、さっそくギルドに報告にいく。

遅い時間だったが、ギルドマスターのフッツはまだギルドにいたらしく、受付に行くとすぐにギルドマスターの執務室に通された。


「おお。賢者様。この度はなんとお礼を言っていいか…」

というフッツを手で制して、

「私ひとりの力じゃない」

と言って、「雷鳴」の3人に視線を向ける。

「ええ。みんなも良くやってくれた。ありがとう」

というフッツの言葉に「雷鳴」の3人は照れたような恐縮したような表情で、それぞれ、「とんでもない」というようなことを言い、そこから詳細の報告が始まった。

私はここでも、

「奥の方を軽く見てきたが、異常はなかった。今後も用心しなければならないかもしれないが、当面の間は大丈夫だろう」

と嘘を交えた報告をする。

ほんの少し心苦しいとは思ったが、そこは致し方ないと思って諦めた。


やがて、報告を終えてギルドを出る。

ギルドを出たところで、

「「「賢者様、ありがとうございました!」」」

と、改めて礼を言ってくる「雷鳴」の3人に、

「いや、こっちこそありがとう。いい冒険だった」

と私も礼を言うと、

「どうだ、この後打ち上げでもしないか?」

と言って、3人を食事に誘ってみた。


「いいんすか!?」

と言うリカルドを中心に嬉しそうな顔をする3人に、

「適当に宿を取って風呂に入って来るから、1時間くらい後にまたここで待ち合わせでもいいか?」

とこちらも微笑みながら聞く。

すると3人も荷物を置いたりしてくるからそのくらいでちょうどいいと言うので、私たちはすぐ再会することを約束していったんその場で別れた。


ギルドの近くで適当に宿を取ると、さっそくこれまた近くにあるという銭湯に向かう。

ゆっくりと風呂に入り、宿に戻って簡単に身なりを整えると、私はさっそく待ち合わせ場所のギルドに向かった。

「すまん、待たせたか?」

と聞きながら先に来ていた「雷鳴」の3人に近寄っていく。

「いえ。俺たちも今来たばっかりです」

と社交辞令的に言ってくれるデニスに、

「そうか。ところで、店はもう決まっているのか?」

と聞くと、

「えっと、普通の居酒屋なんですが、かまいませんか?あ、なんならもっと高い所も一応知ってはいますが…」

というなんとも遠慮がちな答えが返って来た。

「ははは。居酒屋で構わんさ。高い店は緊張していかんからな」

と笑顔で答える。

すると「雷鳴」の3人はほっとしたような顔になり、リカルドが、

「じゃぁ、とっておきの店を紹介するっす!」

と言うと、私は楽しそうに歩くみんなの後について、そのとっておきの店とやらに向かっていった。


「ここっす」

と言ってリカルドが嬉しそうに紹介してくれた店は普通の、というよりも、渋い感じというか汚い感じというか、なかなか庶民的な見た目の焼肉屋だった。

その外観を見て、

「みゃぁ」(おお…、わかっておるではないか、小僧)

とチェルシーが期待の声を上げる。

(ほう。チェルシーもずいぶんわかってきたな…)

と心の中でやや上から目線でつぶやくと、

「いい感じの店だな。見るからに美味そうだ」

と言って、リカルドに笑顔を向けた。

「あはは。賢者様ってけっこう庶民派なんですね」

と笑うミナに向かって、

「おいおい。冒険者なんてみんなそんなもんだろ?」

と笑いながら返す。

「ははは。そうですね」

と言って笑うデニスも含め、私たちはみんなして笑顔でその店の暖簾をくぐった。


「らっしゃい!」

という威勢のいい声に、

「ビール4つだ」

と私が答えてさっそく席に座る。

「ここの肉はなんでも美味いっすけど、特にモツ系がおススメっすね。あ、ハラミなんて絶品ですよ」

というリカルドの説明を聞きながら、品書きを見ると、確かにモツ系が充実していた。

「にゃぁ」(ミノじゃ。あとギアラとハツも頼むがよいぞ)

と言って興奮気味のチェルシーに苦笑いを浮かべていると、

「あいよ。ビール、お待ち」

という声とともにビールがテーブルにドンと置かれた。

その店員にこれでもかと肉を頼む。

そして、「乾杯!」という声とともに楽しい打ち上げが始まった。


今回の冒険の話、これまでの冒険の話に花が咲く。

そんな話をしながら、私は、

(やはり冒険者というのはとことん冒険が好きなものだな…)

と妙に感慨深くそんなことを思った。

私もそうだ。

その日の気分で行先を決め、道なき道を行く、そんな冒険者という生き方がとことん性に合っている。

そんなことを思って私は、なぜか私の中にある日本の記憶を思い出しながら、

(こんな自由な生き方が許されるこの世界に生まれて本当に良かった…)

と心の底からそう思った。

やがて、酒が進み、米を食って宴会を〆る。

店を出て、

「「「ごちそうさまでした!」」」

と頭を下げてくる「雷鳴」の3人に、

「また、そのうち一緒に冒険をしよう」

と約束をして、私は宿へと戻って行った。


夏の夜空で星がさんざめく。

私はそんな満天の星を見上げて、

(ああいう若者たちの行く末を楽しみに生きるというのもいいかもしれんな…)

と妙に爺臭いことを思った。

(ふっ)

と心の中で苦笑いを浮かべる。

(ついに焼きが回ったか?)

と思いつつも、

(まだまだこれからもやらねばならんことがあるからな…)

と思ってまた苦笑いを浮かべた。

(まったく、賢者ってのもつらいもんだね)

と自分で自分に皮肉を言う。

すると、

「んみゃぁ…」

とチェルシーがなんとも呑気な寝言を言った。

きっと肉の夢でも見ているのだろう。

私はそんなチェルシーをひと撫でし、

「さて、とりあえず明日は何をしますかね…」

と独りつぶやく。

またふと夜空を見上げると、そこには相変わらずうるさいほど星が瞬いていた。

「ふっ」

と笑って、宿に足を向ける。

程よい酔いで火照った体に夜風がなんとも心地よい。

そんな風流なことを感じながら、今日も私の一日は身も心も朗らかなうちに締めくくられていった。


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