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第59話ドルトネス共和国01

緊急で土木工事のような依頼を受けてからはや2か月。

季節はすでに夏を迎えている。

あのあとも私たちは時々路銀稼ぎにダンジョンへ入ったりして、のんびり進み、ようやく目的のドルトネス共和国に入った。

「にゃぁ」(ようやくじゃのう)

と国境の門をくぐってすぐ、ため息交じりにそう言うチェルシーに、

「ははは。待たせたな」

と苦笑いで返す。

その日はその国境の町で宿を取り、とりあえず体を休めることにした。

石造りの堅牢な街並みを見て、

(さすがは鉱工業の国だな…)

と、そんな印象を抱きつつまずは銭湯に向かう。

石造りのがっしりとした浴槽に、小柄だがやたらとガタイのいいドワーフたちと一緒に浸かり、まずは旅の疲れを癒した。

風呂から上がり、宿に戻る。

いつものようにベッドの上で丸くなっているチェルシーに、

「待たせたな」

と声を掛けると、

「にゃぁ」(焼き立ての肉を食わせろ)

という返事が返って来た。

「ははは。また直接的な要望だな」

と、苦笑いで返す。

すると、チェルシーから、

「にゃぁ」(最近は乾いた肉ばっかりじゃったからの。たまには新鮮な肉を食わせい)

という返事とジト目が返って来た。


そんなジト目に私は肩をすくめ、苦笑いで、

「じゃぁ、ステーキなんてどうだ?」

と提案を返す。

すると、チェルシーの目がカッと見開かれた。


「にゃ!」(シャトーブリアンを所望じゃ!)

というチェルシーに、

「…おいおい」

と返すが、チェルシーは私をじっと見つめて目をそらさない。

しばし見つめ合う時間が続く。

しかし、結局は私が折れ、

「そんな高級な店がこの町にあるかどうか宿の受付で聞いてみよう」

とため息交じりに言うと、チェルシーが、

「にゃ!」

と喜びの声を上げた。


宿の人間に、紹介された店に向かう。

いったいどんな高級店を紹介してくれたのだろうと思いながら行ったが、着いた店は意外にも普通の店だった。

やや小洒落た感じのドアを開け、いつものように、

「猫がいるがいいか?」

と聞く。

すると、50歳くらいだろうか、いかにも品の良い感じの女将が、

「ええ。かまいませんよ」

と、にこやかに答えてくれたので、私とチェルシーは案内されるがまま、カウンターの席に座った。


シャトーブリアンのコースを頼み、まずは前菜をつまみにおススメだという赤ワインを飲む。

その店は鉄板焼きで目の前で肉を焼いてくれるらしい。

いかにも職人気質のマスターが肉を焼く姿を私もチェルシーもワクワクとした気持ちで見守った。

やがて、ひと口大に切られた肉が綺麗に皿に盛られてやってくる。

なんと、チェルシーの分も小さな皿に綺麗に盛りつけられて出てきた。


「にゃぁ」(うむ。大儀である)

と鷹揚に言っていつもよりやや上品に肉にかじりつくチェルシーを微笑ましく眺めながらこちらも肉を口に入れる。

すると、独特の甘い香りと芳醇なうま味を残して、肉が一瞬のうちに口の中から消えてしまった。

「ふみゃぁ…」

というとろけた声が隣から聞こえる。

おそらくチェルシーも私と似たような心境なのだろう。

一瞬と永遠の両方が一気に訪れたようなそんな絶対的な幸福感を味わい私はただただ放心した。


「いかがですか?」

という女将の声で我に返り、

「ああ。絶品だ」

とひと言返す。

「うふふ。ありがとう存じます」

と、にこやかに微笑みながら言ってくれる女将に、ワインのお替りを頼んだ。

どっしりとして重たい赤ワインに負けないほどの肉のうま味と、その肉のうまみを絶妙に引き立たせるワインの苦みを交互に楽しみ大満足で〆の鉄板焼きチャーハンを食べる。

牛脂のうま味がたっぷりと沁み込んだ米の甘味がたまらない逸品で程よく腹を〆ると、私たちは大満足でその店を出た。

「ふみゃぁ…」(美味かったのう…)

「ああ、美味かった…」

と、なんのひねりもない感想を言い合いながら、夜の町を歩く。

粒金貨が5枚ほど消えたが、そんなことはどうでもよいほど心は満たされていた。


宿に戻り幸せのうちに床に就く。

私が横になると枕元でチェルシーが幸せそうに、

「ふみゃぁ…」

と寝言を言った。


翌朝。

幸せな気持ちで宿を発つ。

念のためギルドを冷やかしてみたが、急を要するような依頼は出ていないようだった。

ドルトネス共和国の首都、ルカの町に続く街道をいつものようにのんびりとした気持ちで進む。

この調子だとおそらく3日ほどかかるだろう。

そんなことを思いながらサクラの背に揺られていると、チェルシーが、

「にゃぁ」(この国は何が美味いんじゃ?)

と聞いてきた。

「そうだな。一番の名物は酒だが、チェルシーは酒を飲まんからな…」

と言って顎に手を当てる。

「にゃぁ」(我はあれは好かん)

と顔をしかめるチェルシーに苦笑いしながら、

「まぁ、強いて名物と言えば肉体労働は向けにがっつりこってり系の料理が多いな。モツ鍋とかのホルモン系は充実してるし、辛い味付けが多い。ああ、揚げ物に植物油じゃなくラードなんかの動物性の脂を使うのも特徴だな。あと、意外なところだと水がいいから豆腐が美味いぞ」

と軽く名物を教えてやる。

すると、チェルシーは、

「にゃ」(ほう。豆腐はよいの。暑い時期にはぴったりじゃ)

と言って、どこか遠くを見るような目になった。

私も、

「ああ。そうだな。冷ややっこだけじゃなく、冷や汁や白和えもいい。あとは何と言っても麻婆豆腐だな。あれも暑い時期にはぴったりだ」

と言いながら夏に食べたい豆腐料理を想像する。

その言葉にチェルシーもうなずき、

「んみゃ」(うむ。あれはよい。辛くて汗をかくが、食った後は妙に体がすっきりするからのう)

と言って話題は辛い食べ物の方へと移った。

「この時期だとナスが美味いから麻婆ナスもいいし、意外なところで火鍋もいいな。暑い時期にあえて熱い物を食うってのもまた一興だ」

「んみゃ」(うむ。確かに一理ある)

「ははは。じゃぁ、この国ではピリ辛系を攻めてみるか」

「にゃ!」(うむ。それがよいぞ)

と、会話をしながら楽しく街道を行く。

そして、やがて日が暮れようかという時間、私たちはようやく次の宿場町に辿り着いた。


宿場町に着くなりすぐ宿を取り、適当な大衆食堂に向かう。

「にゃ」(麻婆豆腐じゃ)

というチェルシーの言葉にうなずき、さっそく麻婆豆腐定食を頼むと出てきた麻婆豆腐は実に見事なまでに真っ赤だった。

「にゃぁ…」(これは…)

「ああ。凄そうだな…」

と言いつつ、さっそくひと口食べる。

「んにゃ!」

「むっ!」

と刺すような辛味とまるで舌に直接電撃魔法を食らったような刺激が一瞬で口の中を支配した。

「すまん。ビールをくれ!」

と、思わず頼んでしまう。

「にゃぁ」(おい。今日は飲まんと言っておらんかったか?)

「すまん。しかし、これにはビールだ」

と言いつつもう一口食べ、その刺激にさっそくやって来たビールを合わせる。

辛味と痺れいわゆる麻辣にビールの苦みが加わってなんとも言えない空間が私の口の中に広がった。

「いかん。これはいかんぞ…」

と訳の分からない感想をつぶやきつつ、夢中で食い、飲む。

気が付けば、私はビールを3杯ほど飲んでいた。

最後にほんの少し残った麻婆豆腐で小さな麻婆丼を作ってお腹を〆る。

水をもらって喉を潤し、店を出ると、

思わず、

「ふぅ…」

と言って、止まらない汗を拭った。


麻婆豆腐を堪能した私たちは、

「にゃぁ…」(いい汗をかいたのう…)

「ああ。かなり辛かったが、あの刺激は癖になる」

と言いつつ宿に戻る。

宿で風呂を使い、チェルシーも珍しく湯桶で汗を流し、その日は実にすっきりとした気持ちで眠りに就いた。


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