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第57話賢者、土木工事をする01

サユリ、ツバキ、アヤメの3人と別れて10日。

私たちは今日ものんびりと街道を進んでいる。

「にゃぁ」(ドルトネス共和国まであとどのくらいじゃ?)

「そうだな…。まっすぐ行けば20日くらいじゃないか?」

「にゃぁ」(まっすぐ行けば、のう)

「ははは。のんびりいこうじゃないか」

「にゃぁ…」(はぁ…)

と、最後にはため息を吐いて諦めの表情を浮かべるチェルシーを苦笑いで軽く撫でてやり、ふと空を見上げた。

ぼんやりとした水色の空にふんわりとした雲がぷかぷかと浮かんでいる。

(春だねぇ…)

と、私はなんとなく風流な気持ちになりながら、のんびりと歩くサクラの背に揺られた。


やがて、小さな田舎町に着く。

宿場町より小さく、村よりは多少大きい。

そんな感じの町で、いかにも家族で営んでいるような温かく小さな宿に入ると、私はまずケインに手紙を書いた。

エルドワス自治区でのことを正直に書く。

ダンジョンがやや活発らしいこと、世界樹の枝で杖を作ってもらったこと、そして私に課せられた使命。

そんなケインにしてみたら重大なことを淡々と綴り、最後に、

「他言は無用だ。そのうちまた会いに行く。心配するな。任せておけ」

と簡単に書くと、その手紙に封をして、取次をしてくれているという雑貨屋まで買い物ついでに出しにいった。


手紙を出し終え、銭湯に寄る。

手早く旅の垢を落とし、おそらく夕飯を待っているだろうチェルシーのもとに急いだ。


宿に着くと、案の定、

「にゃぁ」(遅いぞ)

と行ってくるチェルシーに軽く謝り食堂へ向かう。

席に着くとさっそく女将さんらしき人が、

「お待たせしました」

と言って、ビーフシチューとパンを持ってきてくれた。

なかなか美味しそうな見た目のビーフシチューに目を奪われつつも、なんだか野菜が少ないなと思って、

「ありがとう。ああ、サラダなんてあるか?」

と野菜を追加で頼む。

しかし、そこで女将さんは困ったような顔になり、

「すみません、最近葉物の野菜が手に入りづらいんです…」

と、申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。

「ああ、いや。聞いてみただけだ、気にしないでくれ」

とまるで弁解するように言いつつも、私は少し気になったので、

「ところで、なんで葉物野菜が手に入らなくなったんだ?」

と訊ねてみる。

その問いに女将さんは、

「実は…」

と言いつつ、事情を詳しく話してくれた。

女将さんの話によると、いつも野菜を仕入れている近くの村で最近になって急に水の量が減ってしまったらしい。

原因はどうやら森の奥にありそうだが、調査を請け負ってくれる冒険者が現れず難儀しているのだとか。

今の所葉物野菜が品薄になっているくらいで済んでいるが、この先のことを考えると心配だという女将さんに、

「たしか、隣の宿場町にギルドがあったな。依頼はそこに出したのか?」

と聞く。

「え、ええ、たぶんそうだと思いますが…」

という女将さんの返事を聞いて私は、ほんの少しため息を吐きつつ苦笑いで、

「明日にでも向かって見てこよう。あれば受けてくるから心配しないでくれ」

と言った。

一瞬きょとんとしつつも、私が冒険者だということを思い出し、

「ありがとうございます。村のおじさんたちも喜んでくれると思います」

と言って、頭を下げてくれる女将さんに、

「いや。そういう仕事も冒険者の努めだからな」

と軽く答えてビーフシチューに手を付ける。

じっくりと煮込まれたビーフシチューはどこか懐かしい味で、私の心をほっとさせてくれた。


食事を済ませて部屋に戻る。

チェルシーはさっそく枕元で丸くなりながら、

「にゃぁ」(お主もお人好しよのう)

とあくび交じりにそう言った。

そんなチェルシーを撫でてやりながら、

「ははは。野菜が食えないと大変なんだ。チェルシーもトンカツにキャベツが付いてなかったらいやだろ?」

と冗談交じりに返す。

すると、チェルシーは、器用に苦笑いを浮かべながら、

「にゃぁ」(ふっ。それは一大事じゃな)

と、ややシニカルな感じでそう言った。


翌朝。

わざわざ出迎えに出て来てくれた女将さんに、

「心配するな」

と一声かけて宿を発つ。

そして、細い田舎の街道を半日ほど進んで、ギルドのある宿場町に入った。


さっそくギルドに向かう。

ギルドに着くと、とりあえず受付に行き、

「川の流れが変わって難儀している村があると聞いたんだが、その依頼はまだ残ってるか?」

と聞くと、受付の職員は一瞬驚いたような顔をしたあと、

「少々お待ちください」

と言って奥へと小走りで走って行った。

やがて、先ほどの受付係ともう一人やや年嵩の男性がこちらにやってきて、

「あの依頼を受けてくださるというのは本当ですか?」

と聞いてくる。

私が、

「ああ。隣町で聞いたんだが、放っておけなくてな」

と何気なく答えると、その年嵩の男性は、

「おお。ありがとうございます」

と言って、私の手を両手でしっかりと握りしめてきた。

私はその様子をみて、一瞬戸惑いつつも、

「おいおい。そんなにひどい状態なのか?」

と真剣な眼差しで聞いてみる。

すると、その男性は、

「…はい。日に日に状況は悪化しているようです。小さな村のことで、報酬が多く出せないとのことなので、ギルドとしてもどうしたものかと思っていたところでした」

と、苦しそうな表情でそう答えてくれた。

私はそう言う男性にうなずき、

「そうか。わかった。とりあえず詳しい情報をくれ」

と言って、さっそく説明を求める。

そして、地図を見ながら、おおよその事態を把握すると、さっさとギルドを後にした。


途中、市場で必要な買い物を済ませ、先ほどくぐったばかりの門を再びくぐる。

そしてやや急ぎ足でその村を目指して田舎道へと入っていった。

「にゃぁ」(なんじゃ、忙しないのう)

「ああ、すまんな。どうやら急ぎの案件だったらしい」

「ふみゃぁ…」(まぁ、どうでもよいが、飯はちゃんと作れよ…)

「あいよ」

と、いつものような会話を交わしつつ、村へ向かう。

ギルドの話では問題の村まで馬でも半日ほどかかるということだったので、今夜は問題の村の手前で野営することになるだろう。

しかし、私は一刻も早く村人を安心させてやりたいという気持ちもあって、やや強行軍で進むことにした。


翌朝。

無事その村に入る。

そして、さっそく村長宅を訪ねると、涙を流さんばかりの表情で出迎えられた。

私はそんな様子に少し照れつつも、ギルドで聞いた情報の他に何かないかと思っていくつか質問をする。

すると、問題が起き始める前にこの辺りでやや強い雨が降っていたことが分かった。

それを聞いて私は、

(土砂崩れでもあって川の流れが変わったか…)

と、パッと思いつく。

どうやら村長も同じような考えだったらしい。

場所さえわかればあとは何年かかかるだろうが、地道に護衛の冒険者を雇って村人総出でなんとかするのだが、と頭を抱えていた。

私も、

(たしかに、大規模だった場合、何年もかかるだろう…。しかし、その間この村が持つかどうか…)

と考えて頭を悩ます。

しかし、

(こればっかりは実際に現場を見て見ないと何とも判断が付かないな)

と頭を切り替えて、

「村長。実際に現場をみて、応急処置が可能だったらしてくる。もし上手くいったら川の水が急に増えることもあるだろうから、特に子供らには絶対に川に近づくなと声を掛けておいてくれ」

と言うと、

「ありがとうございます」

と言って、何度も頭を下げてくる村長に見送られながら、さっそく問題がありそうな場所を目指して歩を進めた。


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