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第55話卒業旅行01

神殿から戻り、家の玄関をくぐる。

時刻はまだ午後。

私はいったん稽古場に顔を出して、明日の稽古が最後だとみんなに告げた。

やはりみんな浮かない顔をしていたが、

「なに。みんななら大丈夫だ。しっかり稽古してこれからも町のために尽くしてくれ」

と、激励の言葉を掛けてしばらく稽古を見る。

稽古を始めた当初より確実に力をつけてきているのをこの目でしかと確かめながら、

(ほんとうにみんなしっかりしてきたな…)

と感慨深く思った。


翌日。

最後の稽古に出る。

みんなの表情はいつもより引き締まっているように見えた。

最後に一手指南をという者の相手を順番にこなしていく。

(みんな本当に強くなったな…)

と嬉しく思っていると、ツバキが前に進み出てきた。

後にはサユリが控えている。

(これは気を引き締めてかからんとな…)

と心の中で苦笑いしつつ稽古場の真ん中で構えを取った。


一瞬の静寂の後、ツバキが構えた盾に向かって軽く何の属性も無いただの魔力の塊を放つ。

当然ツバキは難なくそれを受け止めて見せた。

ツバキが動く。

盾を持ってものすごい速さで当て身を食らわせにきた。

(速いな…)

と思いつつ、こちらも身体強化を使ってギリギリでそれをかわす。

(いつもならここで…)

と思ったが、案の定ツバキは食らいついてきて、私の木刀にメイスを合わせてきた。

(良い動きだ…)

と感動しつつ、そのメイスを冷静にいなす。

そしてわずかに出来た隙に軽く突きを放った。

体勢を崩しながらツバキが盾をあてがってくる。

その瞬間私は突きを引き、軽く体を反転させるようにして盾の裏に回り込み、ツバキの首筋に木刀を添えた。


「参りました…」

の声がかかる。

周りで見ていた連中から、

「おぉ…」

という静かなどよめきの声が上がった。

「なかなかよかった。ずいぶん粘れるようになったじゃないか。あと一歩だ。これからも精進してくれ」

と声を掛ける。

私は本当にあと一歩で戦士オフィーリアのようないい盾役になるだろうと思ってそう言葉を掛けたが、当の本人はやや悔しそうな顔をしていた。

(そういう、負けん気がツバキの良さだな)

と思いつつ、目を細める。

そして、

「さぁ、始めようか」

と言ってサユリの方を向き直った。


「よろしくお願いします」

と言って、サユリがゆっくりと歩み出てくる。

そして、私たちはそれぞれ木刀を正眼に構えて向かい合った。

互いに呼吸を読み、静かな時間が流れる。

私がふと目を閉じた瞬間、ゆらりと自然に空気が動いた。

その空気に合わせるかのように私も前に出て木刀を振る。

目を開けると、いわゆる鍔迫り合いの形になっていた。

呼吸を読み軽く押して飛び退さる。

もう一度正眼に構え直して再びサユリと向かい合った。

集中して気を練り、下段に構えなおす。

一見だらりと体の力を抜き、自然体で構えた。

(サユリの良い所はその真っすぐなところだ。しかし…)

と考えつつ、素早く、音もなく踏み込む。

案の定サユリはまっすぐに突っ込んできて刀を振り下ろしてきた。

私はそれを下段からの一閃で受け止める。

やや退きながらサユリの木刀をいなす。

おそらくここまではサユリも読んでいたのだろう。

私のいなしを何とかこらえて、すぐさま突きを放ってきた。

(おそらくここで引くと思っているんだろうな…)

と思いつつ、思いっきり踏み込む。

サユリの突きを半身になりながらギリギリでかわし、その突きに木刀を添わせるようにして滑らせながら、軽くいなした。

そのまま突っ込み、サユリの目の前に私の木刀の柄を突きつける。

そこで、

「…参りました」

の声がかかった。


「真っすぐなところはサユリの長所だ。それをそのまま伸ばせばいい。ただし、こういう戦い方もあるということは頭に入れておいた方がいいな」

と言いつつ、右手を差し出す。

「はい」

と、どこか清々しい表情で私の手を握り返してくるサユリに、

「強くなったな」

と声を掛けると、サユリの目から一筋の涙がこぼれた。

慌てて涙を拭くサユリの肩に手をやり、

「そのままでいい。真っすぐ進め」

と声を掛ける。

「…はい」

という声が返って来てその日の剣の稽古は無事、終了した。


昼。

焼きうどんを食って魔法組の訓練を見る。

(みんなずいぶんと魔力循環が上手くなったな。もう少しだ)

と思いつつ、アヤメの様子を見る。

そんな私にアヤメは少し目線を送ると軽くうなずき、瞬時に2発、それも違う方向に向けて魔法を放って見せた。

(ずいぶん速くなったな…)

と感心しつつ、

「今のは良かった。後はもう少し早く2発目を放てるようになればいいだろう。こればっかりは時間がかかる。これからも精進してくれ」

と声を掛けると、こちらもやはり涙ぐみながら、

「はい!」

と力強く答えてくれた。


充実の稽古を終え、ほんの少しの寂しさを抱えて家に戻る。

すると、割烹着姿のサユリが出迎えてくれて、

「今夜はすき焼きですよ」

と言ってくれた。

「お。いいな」

と言って、ふと実家のことを思い出す。

すると、サユリが、「うふふ」と笑いながら、

「師匠のご実家では、特別な日はすき焼きにすると伺ってましたから、真似してみたんです」

とどこかいたずらっぽい顔でそう言ってくれた。

「ああ、覚えていてくれたのか」

と何とも嬉しい気持ちになる。

「にゃぁ!」(おい。はやく食うぞ!)

というチェルシーの催促に苦笑いで、

「おいおい。稽古終わりなんだ。まずは風呂に入らせてくれ」

と言うとチェルシーが、

「にゃぁ」(急げよ)

とほんとに恨めしそうな感じでそう言ってきた。

いつものように、

「あいよ」

と答えて、さっそく部屋に向かう。

そして、本当に手早く風呂を済ませると、私は急いで茶の間に向かった。


温かい食事は和やかに進み、話も弾む。

そんな話の中で、今回の冒険はこのエルドの町を出て7日ほど進んだところにあるダンジョンにすることに決まった。

難易度は中級とされているが、奥ではたまに大物も出るらしいから実力を計るという今回の目的にはちょうどいいだろう。

「楽しみですね」

と笑顔で言うツバキに、

「ああ。でも気を引き締めていかないといけないぞ」

とこちらも笑顔で返す。

私たちはそれぞれ、明日から始まる新しい冒険に対する期待を胸に、〆の卵かけご飯まで十分にすき焼きを堪能すると、明るい気持ちでそれぞれの部屋に戻って行った。


翌朝。

手早く朝食を済ませて、家を出る。

すると、町の門の所にはけっこうな数の町の人達が私の見送りに出て来てくれていた。

口々に、

「ありがとう」

とか、

「また来てください」

と言ってくれてる。

「賢者様万歳!」

と書かれた横断幕には少し恥ずかしい思いもしたが、私はそんな町の人たちの気持ちが嬉しくてついつい涙ぐみながら、

「達者でな」

とひと言返し、後ろ髪引かれる思いで、町の門をくぐっていった。


「にゃぁ」(人間とは面白い生き物よのう)

とチェルシーがどこか感心したような感じでつぶやく。

私は、それに、

「ああ。だから人間はやめられん」

と冗談っぽく返すと、鞍に取り付けられた専用の席で丸くなっているチェルシーを優しく撫でてやった。


まるで修学旅行か卒業旅行のように楽しい旅は順調に進み、7日目。

予定通りダンジョン前の村に到着する。

そこで私たちは1泊して、最後の準備を整えると、翌朝、さっそくダンジョンに向けて出発した。


基本的な判断は3人に任せ、私とサクラは後をついていく。

さすがに3人とも慣れているだけあって、私が何も口出しをしなくても的確な判断で森の中を進んで行った。

森の中に入って3日目。

周りの空気が重たくなり始める。

どうやら、最初にそれに気が付いたのはアヤメのようだった。

「そろそろ近いよ」

とみんなに声を掛け、慎重な足取りで先行していく。

私はその様子を安心して見つつ、

「にゃぁ」(たぶん豚じゃな…)

というチェルシーの言葉に軽くうなずきながら、邪魔にならないように3人の後に従った。


しばらく進んだところで、チェルシーが言った通り、オークらしき痕跡を発見する。

3人も当然それに気が付いたらしく、より慎重な足取りでその痕跡を辿り始めた。

やがて、10匹ほどのオークがたむろしているところに出くわす。

3人はこちらを振り返るが、私は軽くうなずき、3人に任せることにした。

3人がそれぞれにうなずきあって、戦闘態勢を取る。

そして、ツバキの、

「行くよ!」

という短い声を合図にして、オークの群れに突っ込んで行った。


ツバキの声でオークはこちらの存在に気が付いたらしい。

しかし、その瞬間アヤメの魔法が同時に3発放たれ、過たずオークを射抜いた。

魔法でひるんだオークにサユリが斬りかかる。

まずは1匹。

そして、次にツバキがオークの強烈な1撃を受け止めると、またサユリが斬り込んで1匹を魔石に変えた。

「次!」

と叫んでまたアヤメが魔法を叩き込む。

先程魔法をくらった1匹が魔石に変わり、また3発ほどが他のオークに突き刺さった。

魔法でつんのめったオークの頭にツバキのメイスが叩き込まれる。

そして、サユリも次々に斬撃を繰り出していくと、あっという間にオークの数は半分ほどになった。


アヤメも少し前に出てさらに魔法を撃ちこむ。

ツバキとサユリは上手に連携して足の止まったオークを次々に仕留めていった。

やがて少し大きな個体が魔石に変わり戦闘が終了する。

3人はハイタッチを交わし、期待のこもった眼差しで私の方を振り返ってきた。

「よくやった」

と褒めながら3人に近づき、私もハイタッチの輪に加わる。

「えへへ」

とツバキが照れたように笑い、サユリとアヤメもどこか満足そうに笑顔を浮かべた。


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