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第52話エルドの町にて02

落ち着いた生活を送る事3日。

ようやく町のみんなの視線にも慣れてきた頃。

「ジーク様。そろそろお稽古をつけていただいてもよろしいでしょうか」

と、遠慮がちに声を掛けてきたサユリに、

「ああ、そうだったな」

と答えて、訓練場の方へ向かう。

木剣というのは無かったので、とりあえず木刀を借りて、まずは素振りや型を軽く見せてもらった。

サユリの型を眺めていると、徐々に周りに人が集まり始める。

そんな周囲の期待の眼差しを受けながら、私も軽く体をほぐすと、

「じゃぁ、とりあえず手合わせでもしてみようか」

とサユリに声を掛け、訓練場の中心へ向かった。


「お願いします」

と言って頭を下げてくるサユリに、こちらも、

「ああ、よろしく頼む」

と言って軽く頭を下げ、

「ふぅ…」

と短く息を吐き、気合を入れる。

そして、木刀を正眼に構え、サユリを真っすぐ見つめた。


(隙の無いいい構えだ)

と思いつつ、呼吸を計る。

おそらくサユリも私の隙を見つけられないのだろう。

私はそう思って、わざと刀を下段に構え、右側に軽く隙を作ってやった。

サユリの眉がピクリと動く。

しかし、サユリは私の意図に気が付いたらしく、意を決して私が作った隙に、木刀を振り下ろしてきた。

身を逸らすようにしてサユリの一刀をかわし、軽く回転するようにしてサユリに横なぎの一閃を入れる。

サユリはそれをギリギリでかわすと、今度は下から跳ね上げるようにして私に打ち込んできた。

私はそれを打ち据えず、あえて後ずさりしながら、ギリギリでかわし、振り上げられたサユリの木刀をそのまま巻き上げるようにして飛ばす。

そして次の瞬間思いっきり踏み込んでサユリの胴に木刀を突き付けた。


サユリから、

「参りました」

の声がかかる。

私はそれにうなずくと、

「さぁ、もう一度やってみよう」

と言って、また同じように下段に構えてサユリに相対した。


今度は素早く踏み込んで横なぎの一閃を放ってくる。

私はそれを木刀を脇に沿えるようにして受け止めると、半分ほど体を捻ってサユリに背中を見せるような形で後ろに木刀を突き出した。

背後でサユリの慌てたような気配がする。

その慌てた気配のまま強引に振り回された横なぎの一閃をまた木刀を逆手に持ったまま冷静に弾き飛ばし私の右で体勢を崩していたサユリに上から木刀を振り下ろし、その肩口にそっと木刀を当てた。


また、

「参りました」

の声がかかる。

「今のはいい線を行っていた。さぁ、もう一度」

と言って、また同じような構えをとり、今度は真正面から打ち込んできたサユリの木刀をギリギリで見切ってかわした。

続けて一歩踏み込むと、私は逆袈裟の要領で籠手の辺りに木刀を軽く当てる。

「うーん。今のはいただけない。いかにも破れかぶれだ。真っすぐなのはサユリの剣の良い所だが、真っ直ぐ過ぎても逆に良くない。もう少し引くことを意識してやってみよう」

と声を掛けてまた、同じように構えを取った。


そんなことが何度続いただろうか。

最後はあえて一本取らせたところで稽古を切り上げる。

その後、軽く木刀の振り方の癖を指摘して、なんとなく指導していると、周りから期待の眼差しが注がれていることに気が付いた。


周りにいるのは十数人。

(おいおい。仕事はいいのか?)

と思い、

「あー。仕事に支障をきたしたらいかんから順番制にしてくれ。一回で指導できるのは5人が限界だ」

と声を掛けてその日はとりあえずじゃんけんで勝った5人を相手に軽く手合わせをする。

みんなそれぞれにいい物を持っていたが、やはりサユリが一番の使い手のように感じた。

気が付けば夕暮れ。

「明日からは午前と午後、剣術と魔法を交互に稽古しよう。最優先は仕事で、順番は公平に決めること。いいか?」

とみんなに声を掛けてその日は解散する。

(これは思ったよりも大変な仕事を請け負ってしまったかもしれんな…)

と心の中で苦笑いしつつも、きっと腹を空かせているだろうチェルシーのことを思い、やや急いで家に戻っていった。


「にゃぁ」(遅いぞ)

と案の定ご機嫌斜めのチェルシーに、

「すまん。待たせたな。風呂を使ってくるからもう少しだけ待っていてくれ」

と一声かけ、さっそく風呂を沸かす。

手早く体を洗って風呂から上がると、台所から良い匂いがしてきた。

何か手伝おうかと思って台所に顔を出す。

しかし、そこで割烹着を来たサユリから、

「もう少しできますので、少しお待ちください」

と言って、困ったような顔で微笑まれてしまった。

きっと、腹が減って催促に来たとでも思われてしまったのだろう。

私は、ほんの少しの恥ずかしさを感じつつ、茶の間へと向かう。

そして、しばらくチェルシーの相手をしながら待っていると、

「お待たせしました。時間がなかったので簡単な物になってしまいましたが、明日から、きちんとご用意いたしますので」

と少し申し訳なさそうな顔でサユリが膳を運んできてくれた。


「いや。こっちこそ申し訳ない。任せっきりになってしまった。明日から食事は当番制にしよう」

と申し出る。

しかし、その提案は、

「いえ。それはご勘弁ください」

と、すごい勢いで拒否されてしまった。

「そ、そうか…。あまり負担を掛けたくないと思ったんだが…」

とこちらも遠慮がちに声を掛けるが、

「これもお役目なれば」

とサユリらしい生真面目さで返されてしまう。

私は、なんとかその負担を減らすいい方法はないだろうかと思って、ふと思いつき、

「じゃぁ、せめて週末は外食にしよう。なに、チェルシーにいろんなものを食わせてやらねば、怒られてしまうからな」

とチェルシーをだしに使って週末の外食を提案した。

「んにゃ!」(これ、ひとをだしに使うでないわ!)

とチェルシーはややお冠だが、私はその抗議をあえて流して、サユリに「どうだ?」という視線を送る。

すると、サユリはやや困ったような顔をしながらも、

「かしこまりました。そのようにいたしましょう」

と言って、私の提案を受け入れてくれた。


「よし。そうと決まればさっそくいただこう」

と言って食事を始める。

みんなでそろって「いただきます」と言いながら、食卓を囲む懐かしさに感動を覚えつつ、手早く作ったとは思えない具だくさんのみそ汁と焼き魚、炊き立てのご飯とおしんこという質素ながらも美味しい晩飯をゆっくりといただいた。

やがて食後のお茶を済ませて、それぞれが部屋に戻る。

私は、簡単な書き物をするとその日は適度な疲労感を感じながらゆっくりと床に就いた。


翌朝。

顔を洗って台所の前を通ると、何かを切るトントンというあの音と良い匂いがしてきたので思わず台所を覗く。

当然そこには割烹着姿のサユリがいて、

「おはようございます。ジーク様。間もなくできますので、お待ちください」

と、また困ったような笑顔で挨拶をされてしまった。

「ああ。おはよう。すまんな」

と声を掛けて茶の間に移る。

すると、そこにはすでにチェルシーもやってきていて、

「にゃぁ」(腹が減ったぞ)

と、いつもの朝の挨拶をしてきた。

「ああ。もうすぐできるらしいぞ」

と声を掛けながら撫でてやる。

「にゃぁ」(今朝はなんじゃろうか?あやつの飯は美味いでのう)

という呑気なチェルシーの言葉を聞きながら、私も、

「ああ。サユリの飯は美味しいよな」

と言いつつ、朝食がやって来るのを待った。


卵焼きに納豆、煮物にみそ汁という定番の朝食をいただき、厩に顔を出す。

「ひひん!」

と言って甘えてくるサクラにそばに置いてあった野菜や果物を食べさせてあげると、美味しそうにむしゃむしゃと食べてくれた。

「サクラも一緒に飯が食えればいいんだがな…」

と、無理なことを言いつつサクラを撫でてやる。

「ぶるる…」

と少し寂しそうに鳴くサクラに、

「旅はもう少しの間お預けだが、時間を見つけてピクニックにでも行こうな」

と声を掛けて、厩を後にした。


そしてまた例によって、サユリと今日の順番の5人の従士を相手に稽古をする。

そして、昼を食べると、今度は魔法の訓練をしにまた稽古場に戻った。


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