これまでの攻撃でずいぶんと傷が増えたオーガが怒りも露に斧を叩き込んでくる。
私はまたそれをギリギリで何とかかわしながら腕を斬った。
(よし。今度は深い…)
そう手ごたえを感じて見てみると、オーガの手首が綺麗に斬れている。
(まずは1匹)
と思って、痛そうな声を上げうずくまるオーガを他所に次の個体へと向かっていった。
そちらの攻撃も何とかかわし懐に飛び込むと太ももの辺りを斬る。
すると、そのオーガは悲鳴を上げながら、倒れこみ、斧を手放した。
(よし)
と思って足首の辺りを思いっきり斬りつける。
おそらく腱が切れたのだろう。
そのオーガがさらに痛そうな声を上げうずくまった。
先程、手首を斬り落としたオーガのもとに向かう。
ヤツはまだ痛そうにしていたが、私に気が付くと、残った左手を私に思いっきり叩きつけてきた。
何とかまな板でいなしつつかわす。
そして、確実に足元まで入り込むと今度は足首を斬り裂いた。
悲鳴を上げて倒れたオーガの首元に回って思いっきり斬りつける。
すると、オーガが雲散霧消した。
先ほど足首を斬ったオーガのもとに行き、同じように首を斬る。
またオーガが消えるのをチラリと視界の隅で確認しつつ私は急いで洞窟を出た。
サユリたち3人がオーガと相対している。
そのオーガはすでに全身にいくつもの矢を受け、たくさんの切り傷を作りつつも必死にもがいていた。
私は、
「よくやった!」
と言いながらそのオーガに駆け寄り、後ろからその足に斬りつける。
そしてそのオーガがまた悲鳴を上げて倒れた所にサユリが素早く駆け寄り、その首筋に一刀を入れた。
オーガが霧になって消える。
私は、
「ふぅ…」
と息を吐き、
サユリとツバキはその場にへたり込んだ。
アヤメもどこか力が抜けたようにその場に座り込む。
そして、その瞬間、マユカ殿の魔法が一気に発動した。マユカ殿を中心に青白い光の輪が一気に広がっていく。
私はそのなんとも澄んだ魔力の気配に心地よさを感じつつ、眩しげに目を細めた。
「はぁ…はぁ…」
と肩で息をするマユカ殿に近づき、
「お疲れ」
と軽く声を掛ける。
すると、マユカ殿は、
「…ああ…」
と、かなり疲れた様子ながらも笑顔で応えてくれた。
「さて、素材拾いの前にまずは一服だな」
とみんなに声を掛ける。
その声にまずはアヤメが立ち上がってマユカ殿を支えた。
「ああ、ありがとう。大丈夫じゃ」
と言いつつもその肩を借りるマユカ殿を見つつ、サユリとツバキのもとへ歩み寄る。
「大丈夫か?いったん戻ってお茶にしよう」
と言って、まずはサユリに手を貸し立ち上がらせてやった。
次にツバキにも同じように手を貸して、立ち上がらせてやる。
そして私たちは疲れた体を引きずるようにして、馬たちとチェルシーが待っていてくれる場所へと歩いていった。
「にゃぁ」(お疲れじゃったな)
とチェルシーが珍しく労いの言葉を掛けてくれる。
そんなチェルシーに、
「ああ、ありがとう」
と軽く礼を言って、ついでに撫でてやると、
「にゃ」(ふん)
と言ってチェルシーは照れくさそうにそっぽを向いた。
(ツンデレめ)
と微笑ましく思いつつ、みんなのためにお茶の準備をする。
やがてお茶が入り、みんなに渡してやると、ゆっくりとそのお茶を飲みながらしばらく休憩を取った。
「オーガの素材は知ってるか?」
と聞く私に、サユリが首を横に振る。
私はそれに軽くうなずくと、
「魔石とあとあの斧がボロボロに崩れた鉄くずだ。鉄くずと言ったが、あれはオーガ鉄と言って、かなりの高級品扱いだな。自治区にとってはいい臨時収入になるぞ。もしくは軽さとしなりの良さが特徴的な素材だから新しい刀を作ってもいいかもしれん。魔力の通りもいいはずだから、きっと一級品の刀が出来るぞ」
とオーガの戦利品について教えてやった。
(生産性の高さで言ったらオーガはいい獲物なんだよな…)
と、もう二度と相手にしたくないほど強い魔物に対してそんな感想を抱きつつ、呑気にお茶をすする。
しばらくの間私たちはぼーっとした時間を過ごし、
「にゃぁ」(そろそろ飯でもいいんじゃないか?)
というチェルシーの声をきっかけに何とか立ち上がって簡単な昼飯を作り始めた。
午後。
再びオーガと戦った場所まで戻り、素材を回収する。
それなりの量になったが、馬たちがなんとか背負える範囲に収まったようだ。
ちなみに、サクラは重さを気にしている様子はなく、むしろ、もっと乗せてもいいというような感じでなぜか嬉しそうに私に甘えてきた。
帰路は順調に進む。
これもマユカ殿のおかげだ。
この森に魔物が湧くことはしばらくの間ないだろう。
(改めてすごい魔法だよな…)
と感心しつつ、私たちは意気揚々と神殿を目指して進んでいった。
進むこと7日。
行よりもずいぶん早く神殿に辿り着く。
感動的な親子の抱擁を微笑ましい気持ちで眺め、ゆっくりと風呂に入り冒険の疲れを癒させてもらった後、その日はみんなゆっくりと体を休めた。
翌日。
昼間はぼんやりと過ごし、夜、身内だけで簡単な打ち上げをする。
自治区の住民にはすでに報せがいっているらしく、近いうちに祭りが執り行われるとのことだった。
その打ち上げの席で、
(ああ、私はこのために生きてきた…)
と感動しながら、久しぶりの酒の味を堪能させてもらう。
すると、そこへマユカ殿が、
「今回の報酬はどのくらいじゃ?」
と聞いてきた。
その質問に、
「じゃぁ、オーガ1体分の素材をくれ。それで十分だ」
と答える。
「ふっ。相変わらずよのう」
と言うマユカ殿に、
「その代わり祭りは盛大にしてやってくれ」
と言うと、マユカ殿は、
「はっはっは。わかった。そうしよう」
と言って豪快に笑った。
共に戦った仲間同士の酒宴は楽しく進み楽しく終わる。
そして、私は無事に冒険を終えられた幸せとこの自治区の平和が守られた喜びを感じながら、ゆっくりと床に就いた。
翌日。
マユカ殿と2人で世界樹の精霊のもとを訪ねる。
どうやらサユリたちは祭りの準備で忙しいらしい。
私たちが社に着くと、さっそくポチが出て来て、前回と同じく大きな木の根元に控えた。
すると、また大木が光り精霊が現れる。
「ご苦労様でしたね」
と微笑みながら労ってくれる精霊にマユカ殿が深々と頭を下げ、
「精霊様のお力があればこそ成し遂げられたことでございます」
と謙遜するような言葉を述べた。
「うふふ」
と精霊が微笑む。
そして、精霊は私の方に視線を向け、
「ジークもありがとう」
とお礼の言葉を言ってきた。
「もったいないことです」
と言って頭を下げる。
すると、精霊は、
「ジーク。お願いがあるのだけどいいかしら?」
と言ってきた。
私は迷わず、
「私にできることなら」
と答える。
その言葉に精霊はひとつうなずくと、いつの間に取り出したのやら、私に1本の枝を差し出してきた。
一抱えほどもあるその枝を受け取り、精霊に向かって「?」という視線を送る。
精霊は「うふふ」と微笑むと、
「私の分身、世界樹の枝です。これで杖を作ってもらいなさい。職人はマユカに紹介してもらってね」
と唐突にそう言ってきた。
「は?」
と、やや間抜けに答える。
すると精霊はまた微笑んで、
「私の予想では、今回みたいにダンジョンが活発化しているところが他にもあるわ。だから、ジーク。その杖を使ってそのダンジョンを一時的にでも鎮静化して回って欲しいの。その枝で作った杖を使えば、マユカの魔法ほどではないけれど、ダンジョンが過度に活性化するのを一時的に防ぐことができるわ。…お願いしてもいいかしら?」
と言ってきた。
(えー…)
と内心思いつつも、
(これも賢者の努めってやつか…)
と何かを諦めて、少しため息交じりの苦笑いを浮かべる。
そして、私は精霊に向かって、
「は。残りの人生のいい暇つぶしをいただきありがとうございます」
と言い、ややイタズラっぽい微笑みを向けた。
「うふふ。じゃぁ、お願いね」
と言って精霊が光の粒になって消えていく。
私はそれを眺めつつ、
(ははは。賢者はつらいね…)
と心の中で苦笑いを浮かべた。
「とんでもない物を授かったな…」
とマユカ殿が真剣な眼差しで私と枝を見てくる。
私は、
「ははは。そうみたいだな」
と肩をすくめながらそう答え、
「最高の職人を紹介してくれ」
とマユカ殿に苦笑いで願い出た。
そんな私に今度はポチが寄って来る。
「ああ、そう言えば子は?」
と聞くと、ポチが、
「ああ。無事に産まれたぞ」
と心から嬉しそうな顔でそう言った。
「そうか!そいつはめでたいな。よし、そのうちおもちゃを作って贈ろう」
と言うと、ポチは軽く首を横に振り、
「それよりも名をつけてやってくれ」
と私に願い出てきた。
(え?)
と思って、きょとんとしていると、ポチが社の中に入り、やがて小さな、本当に小さな子犬をくわえて出てきた。
「この子に名を」
といって私にその子を渡してくるポチから、慎重にその子犬を受け取り、その顔をまじまじと見つめた。
「きゃふ?」
と鳴いて、その子も私を見つめてくる。
その瞳の色はどこかたおやかな紫色で、凛とした印象もある澄み切った目をしていた。
「…アイリス」
直感的にそうつぶやく。
その言葉に、ポチは、
「ほう…」
と言って嬉しそうな顔を見せた。
「気に入ったか?」
「ああ。良い名だ」
と言って、お互いに微笑み合う。
するとその子犬、アイリスも、
「きゃん!」
と嬉しそうに鳴いた。
「良き名をもらえてよかったのう」
と言って、マユカ殿がアイリスを撫でる。
すると、アイリスはまた嬉しそうに、
「きゃん!」
と鳴いて、マユカ殿の手をぺろぺろと舐め始めた。
「ははは。くすぐったいぞ」
と言いつつ、マユカ殿が嬉しそうにアイリスを抱きかかえる。
アイリスはますます嬉しそうに、
「きゃん!」
と鳴きながら、マユカ殿に甘え始めた。
少し寂しがるアイリスの姿に後ろ髪を引かれつつ、世界樹の枝というとんでもないお土産を手に、神殿に戻る。
神殿に戻り、
「なぁ、杖を作るのにどれくらいかかりそうだ?」
と聞くと、マユカ殿はひと言、
「わからん」
と言った。
(まぁ、そりゃそうだ…)
と思いつつ、
「まぁ、時間はたっぷりある。しばらくエルドの町にでも拠点を置いてのんびりさせてもらおうか。宿でもいいが、しばらくゆっくりするなら一軒家がいいな。あとで区長のトキムネ殿にでも手配してもらおう」
と言って、適当な拠点を置いて、しばらくの間のんびりさせてもらうことを告げる。
すると、マユカ殿が、
「ああ、たしか、従士の詰所の横に離れがあったはずじゃ。そこならすぐにでも空けられるだろう。どうじゃ、しばらくそこで、剣術と魔法の稽古を見てやってくれんか?」
と頼んできた。
「ん?ああ、そのくらいならかまわんぞ」
と言ってすぐに受ける。
「助かる。じゃぁ、サユリもしばらくそちらに預けよう。おそらくツバキやアヤメも興味を示すはずじゃ。よろしく頼む」
と言うマユカ殿に、
「ああ。わかった。じゃぁ杖の方は頼んだ」
と言うと、私はさっそく自分の部屋に戻って荷造りに取り掛かった。