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第41話エルドワス自治区02

翌朝。

「にゃぁ」(今日は何をするんじゃ?)

と言うチェルシーに、

「さて、どうするか…」

と呑気に答える。

おそらく5、6日かかるだろうと言っていたが、その間何をするかは全く考えていなかった。

しかし、そこへ、

「にゃぁ」(この辺りの名物を食べ歩きたいぞ)

とチェルシーがいかにもチェルシーらしいことを言ってくる。

私は、

(それはそうだ。せっかくなら名物を堪能せんといかんな)

と思い直して、

「よし。今日は食べ歩きをしよう。この辺は独特の芝居もあるし、出店も多いからな。しばらくの間は退屈せんだろう。それに少し森の方に行けばのんびりできる場所もあるから、サクラも一緒にピクニックでもしよう。きっとあっと言う間に時間が過ぎるぞ」

と言って、私はなんとなくこの急に訪れた休暇の過ごし方を決めていった。


さっそく町に繰り出して、屋台を覗く。

焼きそばに串焼きなんかのよくある屋台の他にも団子や饅頭なんかの甘味系の屋台も充実していた。

「にゃぁ」(今日は祭りか?)

というチェルシーの気持ちもわかる。

私も最初に来た時は縁日がなにかかと思った。

しかし、聞けばこの町はいつもこんな感じで賑わっているらしい。

やはり世界樹のお膝元とあって、他の地域より魔獣の脅威が少ないことがこの平和な発展と活気の理由なんだろう。

私はそんなことを思い、適当に買ったりんご飴をかじりながら町の喧騒を楽しんだ。


時折、見世物を見物して小銭を落としたりしながら、町を楽しむ。

そして、

(そろそろ昼か…)

と思ったところで、チェルシーが、

「にゃぁ」(おい腹が減ったぞ。この町の名物はなんじゃ?)

とタイミングよく聞いてきた。

その質問に、私は少し考えて、

「あー。この辺りの名物と言えば蕎麦だが、今の時期ならアユなんかも美味いと思うぞ」

と答える。

「にゃぁ」(それはよいな。蕎麦は逃げんがアユは逃すとしばらく食べられんだろう。よし、今日の昼はアユじゃ)

というチェルシーのひと言で今日の昼はアユに決まった。


さっそく食べられそうな店を探す。

すると、ちょっと高そうな料理屋の軒先にアユの絵が描いてあるのを見つけた。

「お。あるみたいだぞ」

と言って、さっそくその店に入る。

いつものように、

「猫がいるがかまわんか?」

と声をかけるとさっそくカウンターの席に座った。


さっそく品書きを見ると、様々な定食が書いてあるがその先頭に、

「季節の定食・アユご膳」

と書いてある。

私は当然、そのアユご膳を注文した。

「にゃぁ」(楽しみじゃのう)

と私の横でウズウズしているチェルシーを宥めてやりながら、私もどこかウズウズした気持ちで料理を待つ。

待つことしばし、

「お待たせしました」

という声とともに店員が笑顔でそのアユご膳を持ってきてくれた。

見事な塩焼きに、甘露煮、アユ飯までついているまさにアユ尽くしのご膳を見て、私はさっそく、

「いただきます」

と言うと、チェルシーのためにそれぞれの料理を取り分けてやり、まずは茸汁を口に含んだ。

(ん。これは…)

と、その素朴ながらも滋味深い味わいに少し感動しつつ、さっそくアユの塩焼きに手を付ける。

ふっくらとして癖のない身に箸を入れると、独特の爽やかな香りが私の鼻腔をくすぐった。

「うみゃぁ…」(風流な味わいよのう…)

とチェルシーがなんとも大人な感想を述べる。

そんな感想に私も、

(ああ、まさしく夏の味だ…)

と、その味わいから感じる季節感を楽しみながら、ゆっくりその味と香りを楽しんだ。


やがて満足して店を出ると、再び町を散策する。

すると、私の胸元でチェルシーが、

「にゃ!」(あれはなんじゃ?)

と言って、ひとつの屋台を前脚で指し示した。

「ん?」と思ってその屋台を見ると、子供が集まって何やら楽しそうにその屋台を眺めている。

(はて。紙芝居でもやっているんだろうか?いや、そんな感じはしないな…)

と思って近づいてみると、そこは飴細工の屋台だった。


「にゃ!」(竜じゃ、竜がおるぞ!)

とチェルシーが言う通り店先に並べられた様々な飴細工の数々の中に竜の物があった。

他にもこの地の守り神フェンリルの形をしたものや、伝説の鳥、鳳凰を模したものまである。

(すごい造形力だな…)

と感心して見ていると、その職人が、

「はい。おまちどう」

と言って、子供に可愛らしい猫の形をした飴を差し出した。

「ありがとう!」

と言って、子供が飴を受け取り、キラキラとした目で楽しそうにその飴を見つめる。

そして、少しためらいながらもその飴を口の中に入れた。

「にゃ!」(おい。食ったぞ!)

と驚くチェルシーに、

「ああ。あれは飴細工って言ってな。飴を切ったり伸ばしたりしてああいう見事な形にするっていうものだ。まさしく職人芸だな」

と簡単にそれが食い物である事を説明してやる。

「にゃぁ…」(なんと、それはおもしろいのう…)

と感心するチェルシーに、

「何か作ってもらうか?」

と聞くと、チェルシーは迷わず、

「にゃぁ」(シャトーブリアン!)

と答えた。

「はっはっは。そいつは難題だな。せめて牛くらいにしとけ」

と言って、チェルシーを撫でてやる。

すると、その屋台の職人が、

「お。兄さん。牛ですかい?」

といかにも職人風の言葉遣いで聞いてきた。

「ん。ああ、そうだな。ああ、ちなみにミノタウロスなんてできるか?」

と試しに聞いてみると、

「できますぜ」

と意外な答えが返って来た。

私は驚きつつ、チェルシーに、

「ほう。ミノタウロスも出来るらしいがどうする?」

と聞いてみる。

すると、チェルシーは、

「にゃぁ」(美味い方がよい。ミノタウロスを所望するぞ)

と答えて、嬉しそうな顔になった。

それを聞いて私はチェルシーを撫でてやりながら、

「はっはっは。そうか、そうか。よし、兄さん。ミノタウロスを頼む」

と笑顔で注文する。

その職人はそのやり取りをなんとも微笑ましそうな顔で眺めていたが、私が注文すると、

「あいよ」

と答えてさっそく慣れた手つきで飴を切ったり伸ばしたりし始めた。


みるみるうちにミノタウロスが出来上がっていく。

「うわー、すっげー…」

と周りにいた子供たちが感嘆の声を上げた。

ややあって、

「あいよ。ミノタウロスいっちょう!」

という声がかかり、飴を渡される。

私は気持ち良く粒銀貨を2枚渡すと、

「ああ、釣りはいらんぞ。いい物を見せてもらった」

と言って、

「へい。毎度!」

と礼を言ってくれる職人に軽く手を振ってさっさと通りを歩き始めた。


「にゃぁ」(おい。舐めさせろ)

というチェルシーにさっそく飴を差し出してやる。

「にゃぁ」(む。味は普通の飴じゃの)

というチェルシーに、

「ああ。あれは技と見た目を買うものだからな」

と言うとチェルシーは、

「にゃぁ…」(なるほど。人間は面白いことを考えるものじゃなぁ…)

と感心したようにつぶやいて、またぺろぺろと飴を舐めだした。


そんな楽しい観光を楽しんだ翌日はサクラを誘って町の外れにある川辺へピクニックに行く。

宿で弁当を買えるような店はあるかと聞くと、旅人用に作っているからそれで良ければあるというので、その弁当を買ってのんびりと歩いていった。


川沿いの草地に着くとまずは木陰に敷物を敷いて、お茶を入れる。

のんびりとした雰囲気の中チェルシーは丸くなり、サクラは美味しそうに水を飲んだり草を食んだりしてのんびりと過ごした。

なにもない時間をゆっくりと過ごす。

私の横でチェルシーが、

「ふみゃぁ…」

とあくびをした。

(チェルシーも、こんななんでもない一日の幸せをわかってくれるようになったのだろうか)

と思うと、少し嬉しくなって軽く撫でてやる。

するとサクラもこちらに近づいてきて私のすぐ横に膝をついた。

もちろんサクラのことも撫でてやる。

すると、サクラも、

「ぶるる」

と鳴いて、気持ちよさそうに目を閉じた。

遠くから水遊びをする子供たちのはしゃぎ声が聞こえる。

私はその場でごろんとなると、荷物を枕に目を閉じた。

夏の風に木の葉がさわさわと音を立てる。

その音を聞きながら私はゆっくりと眠りに落ちていった。


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