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第40話エルドワス自治区01

ゴブリン騒動を片付けたあと。

宿場町を出てから5日。

そろそろ目的地が近い。

徐々に増えてきた行商人たちに混ざってエルドワス自治区を目指す。

そうやって進んでいると、やがて、どこか日本の城門を思わせるような大きな門が見えてきた。


さっそく列に並び門番に来訪の目的を告げる。

「賢者ジークフリートだ。久しぶりに区長のトキムネ殿に挨拶に来た」

と告げると門番は一瞬疑わしそうな顔をしたが、私が差し出したギルドカードを見ると、驚いたような表情を浮かべ、すぐに通してくれた。

「すまんな」

と軽く礼を言い、門をくぐる。

そして中にある石垣に囲まれた道を何度か折れ曲がるとようやくエルドワス自治区の商業の中心地、エルドの町に入る事ができた。

「にゃぁ」(変わった街並みじゃのう)

とチェルシーが興味深そうにあたりをきょろきょろしている。

私も最初に見た時は驚いた。

エルドの町は所々にこの世界らしい欧風の要素を取り入れながらも全体的には和風でまとまっている。

まるで時代劇のセットにでも迷い込んだかのような雰囲気だ。

どうやらそれは初代勇者の仕業らしいが、私はその光景をいろんな意味で懐かしく思いながら、まずは宿を探して大通りを進んだ。

時刻は夕方前。

老舗っぽく、やや高い宿屋を選んだ私はさっそく役場に赴く。

「遅くにすまんな」

と言って受付と思しき職員に声をかけると、

「区長トキムネ殿に取次をお願いしたい。賢者ジークフリートと言ってくれればわかるはずだ。この先にある『杏子屋』とう宿に泊まっているから日時が決まったらそちらに知らせてくれないか?」

と言うと、こちらでもやや怪訝な顔をされたが、私のギルドカードを見ると、その受付係もまた驚いたような表情になって、

「かしこまりました。必ず伝えておきます」

と、伝言を請け負ってくれた。


「すまんな」

と軽く礼を言い、役場を後にする。

私は久しぶりにくるエルドの街並みを見ながら、ゆっくりと宿に戻ると、部屋に入り、

「待たせたな」

と座布団の上で丸くなっているチェルシーに声を掛けた。

「にゃぁ…」(飯の時間か?)

と眠たそうな声でそう言うチェルシーに、

「いや、もう少し時間がある。宿のお茶請けがあるからそれでおやつにしよう」

と言って、ひと口大の小さな饅頭をちゃぶ台の上に置いてやった。

「にゃ」(おお。先ほどから美味そうだと思っておったのじゃ)

と嬉しそうに言ってチェルシーがちゃぶ台の上に乗って来る。

そして、さっそく、

「にゃ」(いただきます)

と言うと、饅頭をはぐはぐと食い始めた。


「にゃぁ」(うむ。ほどよい甘さでよいの。どれ。緑茶をくれ)

と言って、今度は茶を要求してくる。

私が苦笑いしながら湯飲みに茶を入れてやると、チェルシーは、器用にぺろぺろとそのお茶を飲みだした。

「うみゃ」(やはり饅頭には緑茶じゃのう)

とご満悦のチェルシーの横で私も饅頭をひと口に頬張り緑茶をすする。

私の心にほっとする感じが広がった。

(やはりこういうので落ち着くというのは、前世の記憶があるからだろうか?前に来た時、ケインのやつも妙に嬉しそうにしていたからなぁ…)

とぼんやり考えつつ、ゆったりとした気分でお茶を飲む。

「にゃ」(お替りじゃ)

というチェルシーに、

「夕食前だから食い過ぎるなよ」

と苦笑いで注意しつつ、もうひとつ饅頭を取ってやると私もまた饅頭をひとつ食い、甘くなった口を緑茶で引き締めた。


やがて、そろそろ飯の時間だろうかという頃。

「失礼します」

と部屋の外から仲居さんの声がかかる。

「ああ。どうぞ」

と言って仲居さんを招き入れると、

「お客様がおみえですが、お食事はいかがなさいますか?」

と聞かれた。

その言葉で一瞬迷うが、

(いや、たしかトキムネ殿はとても愛妻家だったな…)

と思い出し、

「あー、おそらく先方が遠慮するだろうから、食事は帰られた後にしてくれ」

といい、客人用のお茶の用意を頼む。

すると、仲居さんは、

「かしこまりました」

と、いかにも慣れた様子で言うと、そのまま下がっていき、しばらくすると、トキムネ殿を伴って戻ってきてくれた。


「お久しぶりでございます。賢者様」

というトキムネ殿に、

「久しいな。ああ、今は一冒険者だ。ジークと呼んでくれ」

と言いながら再開の握手を交わす。

「はい。では失礼ながら、ジーク様と」

と苦笑いで言うトキムネ殿に席を勧め、仲居さんがお茶を入れてくれるのを待ちながら、

「急に呼び出してすまんな。後日役場に出向くつもりでいたんだが…」

と軽く謝ると、トキムネ殿は、

「いえ。森の恩人であるジーク様には感謝しかございません。どうぞ遠慮なさらないでください」

と言ってくれた。

そんなたいそうな言葉を受けて私は、

「ははは。恩人と呼ばれるほどたいしたことはしていないさ」

と謙遜する。

すると、トキムネ殿はなんとも微笑ましいような顔で、

「相変わらずでいらっしゃる」

と言いうと、

「失礼」

と言ってお茶をひと口すすった。


仲居さんが下がり2人になると、さっそくトキムネ殿が、

「して、この度は…?」

と、聞いてくる。

「うん。実は少し気になる事があってな…。まぁ、たいしたことじゃないと思うが、できれば族長殿にお会いしたい。取次を頼めるだろうか?」

と今回この森にやってきた理由を説明した。


「かしこまりました。それは大丈夫ですが…」

と何やら言いよどむトキムネ殿に、私は、

「ああ。安心してくれ。今すぐどうこうということじゃないんだ。ただ、先を見据えて族長殿の意見を聞きたいと思っていてな。この町を巻き込んだり、危険な目に合わせたりはしないさ」

と安心させるような言葉を投げかける。

そして、

「左様でございますか。かしこまりました。明日にも遣いを出しますので一筆したためていただいてもよろしいでしょうか?返事はおそらく5、6日はかかると思いますので、その間はどうぞこの町を楽しんでください」

というトキムネ殿の言葉にうなずくと、私はさっそくペンを取り出し、族長マユカ殿に宛てた簡単な手紙をしたためた。


その後は少し世間話をする。

勇者パーティーの一員としてこの町を訪れた時のことや、その後の竜退治の思い出話にくわえ、ここ最近の町の様子や交易に関することや森の様子についても聞き、今後の施政方針についても軽く意見を交わした。


「いや。大変参考になりました」

と言って、頭を下げるトキムネ殿に、

「いや。こんな話で参考になれば幸いだ。それよりもすまんな。奥方をお待たせしてしまった。くれぐれもよろしく伝えてくれ」

と伝えて宿の玄関まで見送りに出る。

丁寧に頭を下げながら辞するトキムネ殿の姿が見えなくなると、さっそく宿の中に入りと、通りかかった仲居さんに飯の用意を頼んでから部屋にもどった。


「にゃぁ」(腹が減ったぞ)

と、ややご機嫌斜めのチェルシーを、

「すまん、すまん。今頼んできたから時期に来るはずだ」

と宥めつつ、私も、

(本当に腹が減ったな…)

と思って飯の到着を待つ。

すると、意外にも早く飯がやって来た。

「お待たせしました」

という仲居さんに、

「いや、こっちこそ時間をずらしてもらってすまなかったな」

と社交辞令で軽くあやまりつつ、料理の説明を受ける。

この辺りの特産である川魚や茸、山菜などの料理に混じって、あの旅館と言えばとうい、固形燃料っぽい小さな火の魔石がついた小さなコンロとすき焼きまでついていた。

(やはり転生勇者は偉大だ…)

と妙なところに感心しつつさっそくヤマメのような川魚の塩焼きにかぶりつく。

ふっくらとした身が口の中でほぐれ、川魚独特の香りが口いっぱいに広がった。

(やはり養殖物は癖が無い。天然物もいいが、これはこれで正解のような気がする)

と思いながら、かじりついていると、

「にゃ!」(おい、我にもよこせ!)

とチェルシーから抗議の声が上がった。

「ああ、すまん。つい夢中になってしまった」

と言って、さっそくチェルシーの分をとりわけてやり、茸の天ぷらをつまむ。

さっくりとした衣の中からうま味をたっぷりと含んだ茸の汁が出て来て、たまらない味と食感を私の口にもたらしてくれた。

思わず米酒をきゅっとひっかける。

すると、ほんのりとした甘みと柔らかい酒精の刺激が口の中に残っていた茸のうま味をあいまって得も言われぬ幸福感が私の脳に広がっていった。

(これはたまらん)

と思いつつ、川魚のお造りや山菜のお浸しをつまんで酒をやる。

私の横でチェルシーも川魚を美味そうに食い、

「にゃぁ」(うむ。海の魚とは違うが、これはこれでよいものじゃ)

とご満悦の表情を浮かべていた。

酒とつまみを十分に堪能し、胃を〆にかかる。

あの小さなコンロに火をつけ、さっそく綺麗に切られた肉を焼き始めた。

サッと火が通ったところで割り下を入れる。

途端に醤油の香ばしい香りが広がり、私とチェルシーの食欲をこれでもかというくらい引き立てた。

「にゃ!」(最初は我だぞ!)

というチェルシーにさっそく卵にくぐらせた肉を取ってやる。

そして、すぐにそれにかじりつき、

「んみゃー!」

と声にならない感嘆の声を上げるチェルシーを微笑ましく見ながら、私もさっそく自分の分の肉を焼き、米と一緒に頬張った。


夕食は大満足のうちに終わり、さっそく丸くなってうとうとし始めたチェルシーを部屋に残して風呂に向かう。

ゆっくりと湯船に浸かりながら、

(さて、どうなることやら…)

と漠然とこれからのことを思った。

しかし、これと言った答えは出ず、

(まぁ、なるようになるさ)

と苦笑いで解答を諦め風呂から上がる。

浴衣に袖を通し、部屋に戻ると、すでに布団が敷かれていた。

座布団の上で丸くなっているチェルシーを先に布団に乗せてやる。

そして、私も簡単に寝る支度を整えると、のんびりとした気持ちでゆっくりと目を閉じた。


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