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第39話エルダーの森へ03

結局、普通の焼き鳥屋で酒と食事を済ませた翌日。

のんびりと宿場町を発つ。

「にゃぁ」(たまにはああいうガヤガヤした店も悪くないのう)

と言っているから、チェルシーは昨日の赤ちょうちんの焼き鳥屋にそれなりに満足してくれたのだろう。

私も、

(ああいう、飾らない店で飲み食いするのは単純に味とはまた違った魅力があるからなぁ…)

と妙な感慨にふけりながら、昨日のタレがどっぷりとかかった塩辛い焼き鳥の味を思い出した。


私たちは、

「にゃぁ」(次の町では何を食おうかのう)

「洋食なんてどうだ?何代目かの勇者様直伝の味だぞ?」

「にゃ」(勇者直伝というのは気に入らんが、まぁ、よい。あれは美味いからのう)

「ああ。チェルシーは、デミカツ好きだったよな」

「にゃぁ」(あれはよいものじゃ)

「はっはっは。じゃぁ、そういう店がありそうな大きな町でも目指そう」

「にゃぁ!」

と、のんきに飯の話をしながら進む。

のんびりとした街道の風景にのんびりとした会話が響き、私たちの楽しい旅がまた始まった。


途中。

たまたま出会った行商人のおっちゃんとしばらく一緒に進む。

行商人のおっちゃんの話によると最近、東の方の国々で魔物の討伐依頼が多いらしい。

(じゃぁ、冒険者は東の国に集中しているんだろうな…)

と思いつつ、私は何となく、この世界における人類の活動領域の狭さを思った。


現在知られている人類の活動領域は私の前世の感覚的にはヨーロッパよりも少し狭いくらいの広さだろう。

他の大陸はあるのか。

その大陸に人類はいるのか。

魔物は存在しているのか。

全てが謎に包まれている。

その辺りのことは魔王であるチェルシーにも聞いたことがあるが、やはり同じような認識で、

「にゃぁ」(我はこの大陸のことしか知らん)

と言っていた。

チェルシーの話では、魔物と人類の生息域はほぼ一致しているという。

北の大地は雪と氷に閉ざされているし、東の山脈を越えた先の乾燥地帯にも魔物はいないそうだ。

要するに狭い大陸の中で魔物と人間が生存競争を繰り広げているというのが、現在わかっているこの世界の実情らしい。

私は賢者らしく世界の不思議について考えを巡らせ、

(世界樹の精霊に聞けば何かわかるだろうか?いや、そもそもあいつに会えるかどうか)

と思いながら、のんびりと旅を進めていった。


クルツの町を旅立ってから2か月近く。

エルダーの森まではあと5日ほどかかるだろうかという所で、少し大きな宿場町に入る。

「にゃぁ…」(久しぶりにまともな飯が食えそうじゃのう…)

と、伸びをしながらやや疲れ気味にいうチェルシーに、

「ああ。最近小さな村と野営ばっかりだったからな。ここで何日か休息をとるか?」

と提案すると、

「にゃぁ」(そうじゃの。それもよかろう)

と、休息を希望するという返事が返ってきた。


そんなチェルシーを軽く撫でてやりつつ、まずはギルドを目指す。

そこで、少し高くてもいいからゆったりくつろげる宿を紹介してくれないかと頼むと、

「『銀の泉亭』なら間違いないですよ」

と、老舗の宿を紹介されさっそくその宿に向かった。


久しぶりにぐっすりと眠った翌朝。

朝食にたっぷりのサラダやソーセージに焼き立てのパンという結構な満足度の食事を美味しくいただき、再びギルドに向かう。

(なにもなければいいが…)

と思って依頼票を見ていると、ゴブリンの依頼が一枚余っていた。

(おいおい…)

と思いつつその依頼を掲示板から剥がし、受付に状況を聞きに行く。

すると、ここ最近近隣の村からゴブリンの依頼が多く、たまに処理しきれなくて余っている場合があるのだと言われた。

(はぁ…)

と心の中でため息を吐きつつ、

「明日の出発でもいいなら受けよう」

と言って、その依頼を受ける。

それを見ていたチェルシーが、

「にゃぁ」(お主も難儀なものよのう…)

と苦笑い交じりに私の胸元でつぶやいた。


すぐに準備に取り掛かる。

その日は久しぶりのビールも1杯だけでやめておいた。

翌朝。

さっそく宿場町を出る。

依頼のあった村まではサクラの足で1日弱。

こういう時、本当にサクラがいてくれて良かったと思う。

おそらく今回も森の奥になにかしらの異変があるのだろう。

私はそう覚悟して、気を引き締めながらその村へと向かった。


村に着くと、さっそく村長宅を訪ねて依頼を受けたことを告げる。

村長はかなり喜んでくれて、最近の村の状況を詳しく教えてくれた。

村長曰く最近村の狩人が、森の浅い所でゴブリンらしき痕跡を発見したらしい。

幸い発見が早かったので、村人に被害は出ていないが、山菜取りや林業に支障をきたしているとのこと。

(…やはり、森の奥になにかあるらしい…)

と直感しつつも、

「まぁ、ゴブリン程度なら問題無いから安心してくれ。あと、ついでに森の奥まで行って様子を見てくるから少し遅くなるかもしれないが、心配しなくていいからな」

と伝えて、村長宅に泊めてもらう。

そして、翌朝。

村長に見送られながら、さっそく森へと入っていった。


サクラのおかげで順調に進む。

村長が言っていた目撃地点付近に着くと、案の定、ゴブリンの痕跡があった。

(意外と近いな…)

と思いつつ、その痕跡を辿っていく。

すると、いつものようにチェルシーが、

「にゃ」(あっちじゃ)

と言って、私に方向を教えてくれた。

「ありがとう」

と言って、チェルシーを撫でてやり、さっそくその方向に進んで行く。

しばらく行くと、私にもはっきりと空気が重たくなってきたのが感じられた。


「にゃ」(近いぞ)

と言って、また方向を指し示してくれるチェルシーにまた礼を言って、どんどん進んで行く。

そして、そろそろ空が赤くなり始めるだろうかという頃になって、私はそのゴブリンの巣に辿り着いた。

どうやら洞窟を住処にしているらしい。

夕方のこともあって、今は洞窟の中でくつろいでいるようだ。

私は、まず挨拶代わりに単純な火炎放射の魔法を割と大きめの威力で叩き込む。

すると、中から、

「グギャ!」

という汚い声がした。


(よし。とりあえずおびき出しには成功したみたいだな)

と思ってさらに魔力を練る。

そして、ゴブリンらしき影が逃げ惑うようにしてこちらの走って来るのが見えた瞬間、もう一度炎を放った。

先程よりもやや威力を絞った炎がゴブリンを正確に焼いていく。

次々に飛び出してくるゴブリンを確実に魔石に変えていると、奥からやや大きな個体が出てきた。

おそらくジェネラル辺りだろうと思われる個体にも遠慮なく炎の矢を放つ。

そのジェネラル級は複数体いた。

その全てを魔石に変えたところで、戦闘が終わる。

私は、

「ふぅ…」

と息を吐くと、とりあえずその辺りに転がっている魔石を拾い集め、サクラとチェルシーのもとへと戻っていった。


「待たせたな」

と言って、その場で野営にする。

そして、手早く食事を済ませると、その日は早々に休んだ。


翌朝早くに出発する。

チェルシーの導きのおかげで迷わず進んで行くと、やがて空気が重たくなり始めた。

(ゴブリンじゃないな…)

と思いながら進み痕跡を見つける。

しばらくその痕跡を追っていくと、徐々にその正体が掴めてきた。

(…オークか。少し大きい集団みたいだな)

と思いつつ気を引き締めにかかる。

やがて、その痕跡がはっきりとしてきた場所でいったんサクラから降りると、私は迷わずオークに向かって進んで行った。


森の中にぽっかりと空いた荒地でたむろしているオークを見つけ、問答無用で風の矢を放つ。

「ブモォ!」

と声を上げて、1匹が倒れた。

私は迷わずその集団に突っ込んで行く。

目についた個体に次々に魔法を放ち、確実に魔石に変えていった。

その集団の中心辺りから、

「ブモォ!」

と何やら大きな声が上がる。

すると、周りにいたオークたちがなにやら密集陣形のようなものを取り始めた。

(リーダー付きか…)

と思いつつも遠慮なくその密集したオークに向けて旋風の魔法を放った。

密集して防御を固めたつもりのオークたちが切り刻まれ一瞬にして魔石に変わる。

それでも最後まで残ったリーダーらしき個体に再度風の矢の魔法を連続で打ち込むとそこで勝負が決まった。


「ふぅ…」

と息を吐き、

(やはり何か異常がある…。いろいろと調べてみなければ)

と思いながら、とりあえず魔石を拾い集める。

そして、いつものように、

「待たせたな」

とチェルシーとサクラに声をかけると、

「ひひん!」

「にゃぁ」(腹が減ったぞ)

といういつもの返事が返ってきた。


無事食事を終えて帰路に就く。

村に着き、森の奥にオークの集団がいたことを報告すると、村長はかなり驚いていたが、

「とりあえず、危機は脱したから、もう心配ないぞ」

と言うと、安心したような表情で何度も礼を言ってくれた。

私はその礼を、

(もしかしたら、私が原因なのかもしれんのだがな…)

と複雑な思いで受け取る。

しかし私は同時に、

(なんとしても、この原因を突き止めねばな…)

と決意を新たにした。


再び旅に戻る。

目的地まではあと少し。

私はこの先何事も無いことを祈りつつ、長閑に続く街道をほんの少しだけ引き締まった気持ちで進んでいった。


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