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第37話エルダーの森へ01

長閑な街道をサクラの背に揺られてのんびりと進む。

やはりサクラはずいぶんと楽しそうだ。

きっとこの日を待ち望んでいたのだろう。

軽く首の辺りを撫でてやると、

「ぶるる!」

と元気に鳴いてさらにやる気を見せてくれた。

ついでに、鞍に取り付けられた菓子鉢のような専用席の中で丸まっているチェルシーも撫でてやる。

すると、チェルシーが、

「ふにゃぁ」(次はどこに向かうんじゃ?)

と、あくび交じりにのんびりと問いかけてきた。


「ああ。次はエルダーの森に向かおうと思っている」

と、何気なく次の目的地を告げる。

「にゃ?」(エルダーの森?)

と、いつもよりやや興味深そうにそう聞き返してくるチェルシーに、私は、

「ああ。正確にはルクオーツ王国の西にあるエルドワス自治区っていう獣人の自治区なんだが、良い所だぞ?」

と答えて、エルダーの森がどんなところなのか簡単に説明してやった。


「にゃぁ」(ほう。どんなところじゃ?)

と言って、チェルシーはさらに興味深そうにそう聞いてくる。

しかし、私が、

「そうだな。基本、森と泉だな」

と答えると、

「…にゃ?」(…要するに、ド田舎の辺境ってことか?)

と途端に興味を失ったかのような声でそう言った。


「いや、一応発展した町もあるぞ?」

と、やや慌てて弁解する。

しかし、チェルシーは、

「にゃぁ…」(ちゃんとした飯が食えるんだろうな?)

と、いわゆるジト目を向けてきた。

私は、その目に、まだやや慌てつつも、

「ああ、それは心配無いぞ。飯は美味い。川魚を養殖してるし、山の幸も豊富だ。まぁ、田舎料理っぽいものも多いが、ああいうのはああいうので、なんというか滋味深くていいもんだ」

と答えて、何とチェルシーの機嫌を取ろうと試みる。

すると、そんな私の対応に、チェルシーは納得してくれたのか、諦めてしまったのか、

「…にゃぁ」(…まぁ、たまにはよいか。で、なんでまたそんな所にいくんじゃ?)

と、一応納得したようなことを言った後、ため息交じりにそう聞いてきた。

その問いに、私は、

「ん?ああ。ちょっと世界樹の様子を見ようと思ってな」

とさりげなく答える。

その答えに、チェルシーは一瞬間を置いて、

「んにゃっ!?」(世界樹じゃと!?)

と言い目を丸くして驚いた。


「お。知ってるのか?」

と、またさりげなく聞く。

すると、またチェルシーは、

「にゃぁ」(知ってるもなにも…あれはこの世界の根幹じゃろうが)

と言って、またジト目を私に向けてきた。


「ははは。まぁそうだな」

と軽く答える私に、

「にゃぁ」(おいおい。軽く答えるが、魔王の我をその場所に近づけてもいいのか?)

とチェルシーがあきれ顔で聞いてくる。

そんなチェルシーに向かって私が、

「ん?ああ、問題ないだろう。チェルシーだってあの場所に手を出す気はないだろ?」

と聞くと、チェルシーは、

「にゃ」(当たり前じゃ。我もこの世界の一部じゃからな)

と、さも当然のようにそう答えてくれた。


私はその答えに、

「はっはっは。魔王が良識派でなによりだ」

と冗談で返す。

しかし、チェルシーは、

「んにゃぁ…」(あのなぁ…)

とまたため息を吐き、

「にゃぁ」(バレたら大変だぞ?)

と言ってきた。


私は、軽く笑いながら、

「はっはっは。バレなきゃかまわんさ」

と本当に何でもないことのようにそう答える。

すると、その言葉を聞いたチェルシーは、

「みゃぁ…」(精霊に怒られても知らんからな…)

と言い、まるでふて寝をするかのように再び自分の席の中で丸まってしまった。


旅は順調に続き、3日ほど。

わりと大きな宿場町に入る。

私は、

(とりあえず路銀稼ぎもあるし、適当にギルドの依頼でも冷やかしてみるか)

と思いつつ、軽い気持ちでギルドへと向かった。


軽く依頼を眺めてみる。

午後のことで、依頼はほとんど張り出されていなかったが、その中にカエルの討伐という依頼があった。

見ると、依頼を出してきているのはダンジョンの端の方にある小さな村。

報酬も安い。

(カエルは人気がないからなぁ…)

と、沼地で重労働になるにも関わらず魔石が安いカエル退治のことを思ってそっとため息を吐く。

しかし私はため息を吐きつつも、その依頼票を掲示板から剥がして受付へと持って行った。


受付で話を聞くと、普段は静かなはずの沼地にカエルが大量に発生してしまったらしい。

今のところは村から離れた森の奥ということもあって実害はないが、そのうち溢れてくるのではないかと心配しているのだそうだ。

その話を聞いて、

(そういう仕事も冒険者の努めだっていうのに、まったく…)

と嘆きつつも、

(賢者はつらいねぇ…)

と苦笑いでため息を吐きく。

そして私は、適当な宿を紹介してもらうと、そのままギルドを後にした。


宿に荷物を置き、まずは銭湯に向かう。

私はさっさと旅の疲れを洗い流し、すぐに宿に戻ると、

「すまん。待たせたな」

とベッドの上で丸くなっているチェルシーに声を掛けた。

「にゃぁ」(今夜は『こってり』の気分じゃ)

というチェルシーの要望に、

「あいよ」

と軽く答えて町に繰り出す。

(さて。こってりと言えばなんだろうか…)

と思いつつ、適当な定食屋に入った。


とりあえずビールを頼む。

(さて、何にするか…)

と思いつつ、壁に貼られている品書きに目をやると、私の目に「焼肉定食」と言う文字が飛び込んできた。

(お。なんともぴったりじゃないか)

と思いつつ、ビールがやって来たのと同時に、焼肉定食を頼む。

「ご飯は普通盛りでいいですか?」

と聞く店員に、焼肉定食なら少し多めの方が良いだろうと思って、

「あー、少し多めで頼む。そんなに大量にはいらんぞ」

と答えて、まずはビールをひと口飲んだ。

ビールの軽やかな刺激が五臓六腑に沁み渡る。

(…ああ、生きてて良かった…)

としみじみ思いながら、続けざまにごくごくとビールを流し込んだ。


やがて、ビールが空いた頃、

「お待たせしました。焼肉定食です」

と言って、さっそく飯がやって来る。

その見た目と香りで、

(お。こいつはご飯多めで正解だったな)

と思いつつ、さっそくチェルシーの分の肉を取り分けてやった。

「にゃ」(いただきます)

と律儀に挨拶をして、チェルシーが肉にかぶりつく。

「んみゃあ!」(そうそう。こういう『こってり』じゃよ!)

と言って嬉しそうに食べるチェルシーの姿に一安心しながら、私もさっそくひと口食べた。


(おお。確かにこってりだ。この脂身と少し筋張った感じ。いい。こういう、言ってみれば、安っぽい肉がいかにも町の定食屋で焼肉定食を食っているというのを感じさせてくれる。これはたまらんぞ)

と思いつつ、ご飯をかき込む。

チェルシーも、

「にゃ!」(米じゃ!)

と言って、私にご飯を要求してきた。

「あいよ」

と苦笑いで米も取り分けてやる。

するとチェルシーは、美味そうに米をがっつき、また肉を食っては米を食べるという具合に焼肉定食を満喫し始めた。


私も負けじと、肉と米を交互に口に運ぶ。

そこからしばらく、私たちは無言で米と肉をかき込み続けた。

食事が終わり出された緑茶を飲みながら、一息つく。

「んみゃぁ…」

とチェルシーが満足げにつぶやき、その場で丸くなった。

「おいおい。宿に戻るまで寝るなよ?」

と言いつつ、チェルシーを抱っこ紐の中に入れてやる。

しかし、チェルシーはそんな私の注意は聞き入れず、

「ふみゃぁ…」

とあくびをして、さっそく眠り始めてしまった。


チェルシーを起こさないように、そっと歩きながら宿に戻る。

すっかり眠ってしまっているチェルシーをそっとベッドの上に降ろすと、私も手早く寝る支度を整えて、さっさとベッドに横になった。

(こういうのが幸せっていうんだろうな…)

と、何気ない定食屋の、どちらかと言えば安っぽい定食で満たされた気持ちを噛みしめる。

耳元から聞こえる、

「ふみゃぁ…」

というチェルシーの寝言を微笑ましく思いつつ、私も静かに目を閉じた。


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