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第36話鞍を取りに行く

春の初め。

サワラの塩焼き定食を堪能し、食後のお茶にと立ち寄った喫茶店で、窓から差し込んでくる日差しを浴びた、チェルシーが、

「ふみゃぁ…」

とあくびをする。

私は、そんなゆったりとした空気の中、ゆっくりと紅茶をすすりながら、

「そろそろサクラの鞍を取りに行くか」

とつぶやいた。

そのつぶやきに、チェルシーが、

「にゃぁ」(おお、そうじゃったのう)

と思い出したかのようにつぶやき返す。

私がそんなチェルシーを軽く撫でてやりながら、

「どうする?明日にでも発つか?」

と聞くと、チェルシーが、

「にゃぁ」(うむ。我はいつでもよいぞ)

と気持ちよさそうに目を閉じたままの状態でのんびりと答えた。

「よし。じゃぁ、この後さっそく準備するか」

と言ってまたのんびりと紅茶をすする。

「にゃぁ」(うむ。よきにはからえ)

と、言いつつチェルシーがまた、

「ふみゃぁ…」

と、あくびをした。

長閑な空気が流れる。

私はゆったりと紅茶を飲み、やがて、本当に眠ってしまったチェルシーを静かに抱っこ紐に入れてやると、静かに席を立ち、市場のある方へと足を向けた。


翌朝。

「にゃぁ」(昨晩のトロは良かったのう)

「ああ。あれは絶品だった」

「にゃぁ」(また近いうちに来ようぞ)

「ああ。そうだな」

と会話を交わしながら、ニアの町を出る。

久しぶりの旅への期待で嬉しそうに鳴くサクラを時々宥めるように撫でてやりながら、私たちの楽しい旅がまた始まった。


春の麗らかな日差しの中、旅は順調に進む。

「にゃぁ」(長閑よのう)

とチェルシーがあくびをしながらつぶやいた。

「ああ、実に長閑なもんだ」

と私もつぶやき返し、草原の中をゆったりと曲がりながら続く街道を行く。

そんな私たちの会話を理解したのかどうかはわからないが、なんとも絶妙な間で、サクラも、

「ひひん」

と、のんびりしたような声で鳴いた。


ニアの町を出て7日。

私はそろそろ路銀稼ぎをしておいた方がいいだろうと思って、

「ちょっとダンジョンに寄らないか?たしか近くに小さなダンジョンがあったはずだ」

と、チェルシーに聞く。

チェルシーはどうでもいいことのように軽く、

「にゃぁ」(かまわんぞ)

と言ってくれたので、私は街道を逸れてダンジョンへと続く田舎道へ足を向けた。


てくてくと田舎道を進んでいると徐々に冒険者の数が増えてくる。

笑う者、落ち込む者、それぞれだ。

私はそんな冒険者たちを眺め、なんだか少し懐かしい気持ちになりながら、その光景に目を細めつつ進んでいった。


1日の野営を挟み、ダンジョン前の村に入る。

いつものようにさっさと準備を整え一泊すると、翌朝。

さっそくダンジョンへと入っていった。

ここのダンジョンも一般的な森型。

浅い場所は比較的道も歩きやすく、初心者向け。

奥に行けばそれなりに厳しくなるから中級者向けと言った所だろうか。

出てくるのはゴブリン程度だと言われている。

私はそんなある意味慣れ親しんだようなダンジョンに軽い気持ちで入っていった。


森に入り、嬉しそうに歩くサクラを見ながら、私も微笑ましい気持ちで歩く。

(ピクニックにはちょうどいいな。サクラも嬉しそうだし)

と思いながら、歩いていると、やや空気が重たくなり始めた。

「にゃ」(小物じゃな)

とチェルシーが面倒くさそうに前脚で指す方向へ足を向ける。

すると、案の定、ゴブリンの巣があった。


(洞窟があるな…。表に出ているのが10くらいだから中にいるのも合わせると3、40くらいか?まぁ、運動にはちょうどよかろう)

と思って、剣を抜き何気なく近づいていく。

そして、表に出てなにやら退屈そうにしていたゴブリンに素早く襲い掛かると、いつものように次々と魔石に変えて行った。

「ギャギャッ!」

と1匹が声を上げる。

おそらく中のヤツらに助けを求めたのだろう。

(おびき出す手間が省けたな)

と思って、その叫んだ個体をとりあえず斬ると、ややあって洞窟の中から、わらわらといった感じでゴブリンたちが手に棒切れを持って走り出てきた。

(…棒?ということは…)

と、少しだけ気を引き締める。

私は襲い掛かってくるゴブリンたちを油断なく迎え撃ち、時々魔法も使いながら次々と魔石に変え、その時を待った。

やがて、私の睨み通り、奥からひと際大きな影が、

「グオォ!」

と叫びながら現れる。

(…ちっ。やっぱりキングか)

と心の中で舌打ちをしつつ、まずは手近にいたゴブリンを次々と斬り魔石に変えていった。

「グオォ!」

とキングが何やら号令のような声を上げる。

すると、周りにいた手下どもが、私を取り囲むような陣形を組んで一斉に襲い掛かってきた。


魔法で何匹かまとめて魔石に変える。

しかし、ゴブリンたちはひるむことなく次々に突っ込んできた。

(これだからキングがいると厄介なんだよ…)

と思いつつ、ゴブリンたちの間を走り抜けるようにして次々に斬っていく。

すると、しびれを切らしたのか、キングがまた、

「グオォ!」

と叫び、自ら丸太のようなものを振り回しながら、こちらに近づいてきた。


私はそのめちゃくちゃに振り回される丸太をかわしつつ手下を確実に削っていく。

そして、手下があらかた片付いたところで、キングの隙を突いてその懐に飛び込んだ。

横っ腹の辺りを斬り裂く。

しかし、キングは魔石に変わらない。

(こいつ意外と体力あるんだよな…)

と、ため息交じりにそう思いつつ、振り向きざまにもう一撃。

すると怒ったキングがまた、

「グオォ!」

と叫びながら丸太を振り下ろしてきた。

私はそれをギリギリでかわしまた懐へ飛び込む。

そして、腹を横なぎ、背中を袈裟懸け、そしてさらに剣を跳ね上げるようにしてもう一度足から腰の辺りを斬りつけると、そこでようやくキングが魔石に変わってくれた。


数匹残っていた残党を適当に魔法で倒して、ひと息吐く。

(ふぅ…。いい運動にはなったが…)

と思いながらも、

(この程度のダンジョンでキングとは…)

という思いも持ちながらしばしその場を見つめた。

「にゃぁ」(終わったら飯じゃ)

というチェルシーの呑気な声が聞こえてくる。

その声に振り返ってみれば、なんとチェルシーがサクラに乗ってこちらにやってきた。

(おい。私もまだ乗ってないんだぞ…)

と先を越されてしまったことにちょっとした嫉妬心を覚えつつ、

「ああ。すまん。魔石を拾い集めたら作るから待っててくれ」

と声を掛けてさっさと魔石を拾い集める。

やがて、麻袋いっぱいの魔石を拾い集めると、

「すまん、待たせたな。何がいい?」

と聞いて、チェルシーご所望の厚切りベーコンを焼き始めた。


適当に野営を挟みつつダンジョンを出ると、さっそく村を出て最寄りのギルドへと向かう。

ギルドで魔石を換金しつつ、キングが出たという情報を伝えて、その日はその宿場町に泊まった。

宿の風呂にゆっくりと浸かりながら、

(なんであんな小さなダンジョンにキングが…。本当にダンジョンが活性化しているんじゃないだろうな?やはりチェルシーの存在と何か関係があるのかもしれん)

と思いながらぼんやりと風呂の天井を見つめる。

そして、

(これは、いろいろと確かめてみる必要があるな…)

と思い直し、私は次の行先をなんとなく頭に思い浮かべた。


やがて、旅は進み、クルツの町に入る。

久しぶりに訪れたクルツの町は相変わらず古都らしい賑わいを見せていた。

さっそくヲルフの店に向かう。

店の扉を開け、

「出来てるか?」

と声を掛けると、

「誰じゃ!」

という声が返ってきた。

「ジークだ。出来てるか?」

ともう一度声を掛ける。

すると、

「ああ、待っとれ」

と返事が返ってきて、店の奥からヲルフが顔を出した。

「裏の倉庫に置いてある。馬を連れて裏に回ってくれ」

という指示に従ってサクラを裏に連れていく。

鞍が出来るということがわかっているのだろうか、サクラはどことなく興奮しているように見えた。

「よしよし」

と宥めてやりながら、ヲルフが倉庫から鞍を運び出してくるのを待つ。

そして、

「よし。調整するから、いったんつけるぞ」

というヲルフがサクラに鞍を付け始めると、なんだかウズウズしているようなサクラを宥めてやりながら、そのつける手順を何となく覚えるように見つめた。

「どうだ?ああ、ハミはつけとらんぞ。ユックならいらんじゃろうからな」

というヲルフの言葉通り、ハミは無く鞍にちょっとした持ち手と手綱が付いている程度だ。

「あと、ご要望の猫様の席もちゃんと作ってある。乗せてみろ」

というヲルフの言葉で鞍の前方を見てみると、なんだか菓子鉢のようなものが取り付けられていた。

さっそくお言葉に甘えてチェルシーを乗せてみる。

「にゃ!」(おお!よいな!)

とチェルシーは満足そうな声を上げ、さっそくその乗り心地というよりも丸まり心地を確かめ始めた。


「はっはっは。気に入ったみてぇだな」

とヲルフが職人らしく豪快に笑う。

そして、私がチェルシーをいったんその席から降ろしてやると、ヲルフは、

「よし。微調整するからいったん降ろすぞ」

と言って、鞍を降ろしてなにやら木槌で叩いたり紐を締め直したりし始めた。

ものの数分でその作業が終わる。

もう一度サクラに鞍を付け直すと、ヲルフは、

「どうだ?」

とサクラに向かってそう問いかけた。

「ひひん!」

とサクラが嬉しそうに鳴く。

「はっはっは。そいつぁ良かったな」

と言って、ヲルフがサクラを軽く撫でてやると、サクラがまた嬉しそうな鳴き声を上げた。


「ありがとう。残りの代金だが、足りるか?」

と言うと、

「おう。毎度」

と言ってヲルフは中身も確かめず、そのまま奥に戻っていく。

しかし、ふと足を止めて、

「ああ、そうだ。ちょっと待ってろ」

と言うと、いったん店の中に入り、ややあって、何かを手に戻って来た。

「おまけだ」

と言って、緑色の革紐のような物を手渡してくる。

私は、とりあえずそれを受け取ると、「?」というような顔でその紐を見つめた。

「どうだ?ちょっとした防御の術式を付与してある。ちょいと馬から落ちた程度ならなんの問題も無いはずだぞ」

と言って、ドヤ顔で言うヲルフの言葉を聞いて、再びその革紐を見てみると、小さなリボンの装飾と緑色の小さな魔石がはめ込まれている。

私が、「はて?」というような顔をしていると、ヲルフが少し呆れたような顔で、

「おいおい。猫には首輪だろ」

とひと言そう言った。

「ああ、なるほど」

と納得しつつチェルシーを見る。

緑色というのはチェルシーの瞳の色に合わせてくれたらしい。

なんとも小憎い演出だ。

「よかったな。チェルシー。これでもっとお洒落になるぞ」

と言って、さっそくつけてやると、チェルシーは意外にも、

「にゃ」(お。よいではないか)

と言って、胸を張り、私に自慢するかのようにその首輪を見せびらかしてきた。

「はっはっは。こっちも気に入ってもらえたみてぇでなによりだ」

とヲルフが豪快に笑う。

私も、

「よかったなぁ、チェルシー」

と言って、チェルシーを撫でてやった。


さっそくやや緊張しながらサクラに跨る。

「ひひん!」

とサクラがものすごく嬉しそうな声を上げた。

「はっはっは。すまん、待たせたな」

と言ってサクラの首を撫でてやる。

「よし、問題ねぇな。たまには調整に来い」

というヲルフに、

「ああ。ありがとう」

と礼を言い、さっそく店を出る。

「ぶるる!」

と鳴いて、嬉しそうに歩くサクラを見ていると、なんだかこのまま旅に出掛けたくなってしまった。

私の、

「よし。このまま出発するか」

という声に、

「ひひん!」

「にゃぁ」

と2人がそれぞれに返事をする。

私たちは先ほどくぐったばかりのクルツの町の門へ向かいさっそくそこをくぐると、まさしく意気揚々といった気分で新しい旅の一歩を踏み出した。


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