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第34話冬休み

若い冒険者を助けたその次の日。

ゴブリンの集団とオークを狩って帰路に就く。

村に帰り着くと私は、初心者向けのダンジョンにしてはやや数が多かったということを村長に報告し、

「もう少し積極的にギルドに依頼を出した方がいい。あと、一度人間が作った作物の味を知った獣は村の近くに居座るようになるから、そっちの狩りもしっかりした方がいいだろう」

と助言して、村を後にした。


また街道に戻り、てくてくと歩きながら、

「にゃぁ」(あとどのくらいじゃ?)

とチェルシーが声を掛けてくるのに、

「10日くらいなんじゃないか?」

と呑気に返事を返す。

「にゃぁ」(早よう魚が食いたいぞ)

と、やや不満気味のチェルシーに、

「はっはっは。よし。じゃぁ少し急ぐか」

と声を掛け、軽く撫でてやると、私はほんの少しだけ足を速め、草原の中を緩やかに曲がりながら伸びる街道を進んでいった。


進むこと12日。

ようやくミレイア共和国ルクセン領ニアの町の門をくぐる。

海沿いの交易都市らしく荷馬車や商人たちでにぎわう通りを抜け、まずは宿を探した。

行商人向けの長逗留も可能な宿を見つけてそこに部屋を取る。

私は適当に荷物を降ろすと、先ほどからうずうずしているチェルシーに向かって、

「まずは刺身だったな」

と声を掛けた。

「にゃ!」

と声にならない歓喜の声が返って来る。

私は苦笑いでチェルシーを撫でてやると、さっそく美味い刺身が食えそうな店を探して町に繰り出していった。


時刻は夕方を少し過ぎた頃。

町の飯屋はどこも、いかにも港湾で働いていそうなガタイのいい男連中や行商人たちで混みあっている。

そんな中、市場の端でひときわにぎやかな声が響く店を見つけたので、そこに入ってみることにした。

「猫がいるがかまわんか?」

といつものように声を掛け、2人掛けの小さな席に着く。

「まずはビールをくれ。あと刺身の盛り合わせだ。ああ、盛り合わせにマグロは入っているか?」

と聞くと、

「あいよ。マグロですね。入れられますぜ」

と威勢のいい声が返ってきたので、とりあえずそれを頼んで、すぐにやってきたビールを飲みつつ刺身を待った。


やがて、

「あいよ。お待ちどうさまです。今日はアジの良いのが入ってましたんで、タタキもつけときましたぜ」

というなんとも嬉しい声とともにやって来た刺身をさっそくつまむ。

「んみゃぁ!」(美味いのう!)

と、さっそくチェルシーが歓喜の声を上げた。

夢中になってはぐはぐしているチェルシーを微笑ましく眺めつつ、私もアジのタタキを食う。

(ん。これはいいな。柑橘が効いていて少しさっぱりしてるが、それがアジの甘味と合っていてなんとも言えん。これは焼酎だ)

と思ってさっそく私は手近にいた店員に麦焼酎の水割りを頼んだ。


麦焼酎の飾らない、どこか懐かしいような香りを堪能しつつ、他の刺身も食う。

見たところ、マグロとアジの他には、クロダイものやイカ、そしてハマチ刺身が乗っていた。

(ほう。なかなかじゃないか)

とそのちょっとした豪華さに感心しつつ、さっそくマグロを食い終わったチェルシーにも取り分けてやりながら、さっそくそれぞれの味を堪能する。

クロダイはさっぱりとしたうま味。

イカは濃厚な味わい。

そして、ハマチはしっかりと脂が乗った甘味が特徴的でそれぞれの刺身を美味しくいただくと、私は追加で煮付けと塩焼きを頼み、またゆっくりと麦焼酎が入ったコップを傾けた。


やがて、アラ汁とご飯でお腹を〆て店を出る。

私の胸元で、チェルシーが、

「んにゃぁ…」

と満足げな鳴き声を上げた。

(よかったな…)

と思い、微笑みながら撫でてやる。

すると、

「にゃぁ…」(明日は寿司が食いたいぞ…)

というトロンとした声が返ってきて、さっそく明日の晩の献立が決まった。


翌日からはのんびりとした時間を過ごす。

そして、海の幸を満喫する生活を3日ほど続けた所で、

(おっと、そろそろサクラを散歩に連れていかねば…)

と思って私は重い腰を上げた。

ギルドに向かい、依頼が張られた掲示板を眺める。

(風邪薬に使う薬草が少し不足しているみたいだな…)

と、思いつつ、サクラの散歩にはちょうどいいだろうと思ってその薬草採取の依頼票を受付へと持って行った。


「お。兄さん。草むしりかい?」

と失礼な言葉を投げかけてくる受付のおっさんに、

「ああ。馬の散歩がてらな」

と正直に答える。

「ははは。いや、助かるよ。この時期に風邪薬はいくらあっても困らん。恩に着る」

と先ほどの失礼な態度とは打って変わって頭を下げてくるそのおっさんに、

「ああ。こういう地味な依頼をこなすのも冒険者の社会的責務だ」

と答えると、そのおっさんは、

「兄さん、難しい言葉知ってんなぁ」

と感心したような表情を浮かべた。

(これでも一応賢者だからな)

と心の中で苦笑いしつつ、

「エルフは長生きだからな」

と冗談を返す。

「はっはっは。そりゃ違いねぇ。まぁ、よろしく頼んだぜ」

というおっさんに、

「ああ」

と後ろ手に手を振りながら適当に返事を返すと、私はさっさとギルドを後にした。


薬草が生えていそうな森までは大体3日くらい。

薬草採取自体は1日か2日あれば終わるだろうが、ついでにちょっと奥まで足を延ばして魔物の一つも狩ろうと思うと、もう少し時間がかかる。

(まぁ、さして急ぎでもなさそうだし、のんびり狩りもいいだろう)

と思いつつ、市場で必要な物を買いそろえ、宿に戻っていった。


宿に戻り、

(さて、留守の間部屋はどうしようか?)

と思って宿の人間に聞いてみると、この時期は客入りが少ないから多少開けても問題ないだろう。

もし帰って来た時いっぱいになっていても他の宿を紹介できるから心配ないと言う。

私は、

「じゃぁ、明日から出かけてくるが、十数日で戻ってくる予定だ」

と伝えてさっさと部屋に戻っていった。

「にゃぁ」(おい。まだフグを食っとらんぞ)

と、やや不満を漏らすチェルシーに、

「心配するな。フグはこれからが一番美味い季節だ。戻ってきたらたらふく食わせてやるよ」

と言って、宥めすかす。

「にゃぁ」(またウニも食わせろ。あとあの『アクアパッツァ』もだからな)

と、ここぞとばかりに要求してくるチェルシーを苦笑いで撫でてやると、その日はとっとと準備を整えて眠りに就いた。


翌朝早く。

宿を出てニアの町の門をくぐる。

久しぶりの外出に楽しそうなサクラはかなり嬉しそうだ。

(鞍があればもっと気軽に遠出も出来るし、いっぱい走らせてやる事ができるんだがな…)

と思いつつ今にも走り出しそうな勢いのサクラを時折宥めつつ、順調に街道を進んでいった。


何事も無く森に着き、さっそく薬草を集める。

思ったよりも数が少なく、やや苦労したが、その日1日で「草むしり」は終わった。

「さて、明日から少し奥に行こう」

と語り掛けつつチェルシーに晩ご飯の魚の干物を出してやる。

「にゃぁ」(よかろう。しかし、なるべく早く終わらせてくれよ)

と言いつつ魚の干物を美味しそうに食うチェルシーを撫でてやって、私も干物をかじり、米をかき込んだ。


翌日。

さっそく森の奥へと進む。

途中ゴブリンを始末したりして進むこと2日。

運良くと言っていいかどうかわからないが、イノシシの魔物に出くわした。

このイノシシの魔物というのは変わった魔物で、普通のイノシシをほんの少し大きく強くした程度だが、なぜか実体を持っている。

それに肉が美味い。

出てきたのは少し大きなのが1匹。

魔物の常で怒り狂ったように突っ込んでくるそのイノシシの魔物をまるで闘牛士にでもなったかのような気分でひらりとかわして剣を刺し、難なく仕留めた。

「にゃ!」(豚トロ!豚トロじゃぞ!)

とはしゃぐチェルシーのためにさっそくその場で解体していく。

丁寧に剥ぎ取ると結構な量の肉が取れたが、こちらにはサクラという頼れる仲間がいる。

「ふんすっ」

と文字通り鼻息も荒く、やる気を見せてくれるサクラに遠慮なく肉を積ませてもらうと、私たちはさっそく帰路に就いた。


やや急ぎ足でニアの町に戻って来ると、その足でさっそくギルドに薬草を納品に行く。

依頼を受けた時のおっさんがいたので、

「イノシシの肉もあるが、いるか?」

と聞くと、異常なほど喜ばれた。

聞けば海沿いのこの町では肉は貴重品らしく、しかも魔物肉は滅多に手に入らないから高級品なんだそうだ。

「きっとご領主様あたりが高値で買ってくれるぜ」

と、うはうは顔のそのおっさんに、

「おいおい。ちょっとくらいは町に流せよ?」

と苦笑いで軽く注意する。

するとそのおっさんは、きょとんとした顔で、

「兄さん、真面目だなぁ」

と言ったが、すぐにニカッと笑うと、

「ふっ。任せときな」

と言ってこちらに親指を立てて見せた。


(なんとも愉快なおっさんだな)

と思いつつ、受け取った報酬を無造作にポケットにつっこみギルドを出て宿に向かう。

宿に着くと、

「にゃぁ」(やっぱり肉は正義じゃのう)

と、久しぶりの肉を食ったせいかやけにご機嫌なチェルシーに、

「じゃぁ、どこか別の町にでも行くか?」

と冗談で聞くと、

「にゃぁ!」(まだフグを食っとらんぞ!それに屋台も回りつくしておらんではないか!)

と真顔で怒られてしまった。

「はっはっは。冗談だ、冗談」

と言って、チェルシーを宥めてやる。

「にゃぁ」(まったく。食い物を冗談のタネにするでないわ)

とツンと怒って言うチェルシーに、気を取り直して、

「さて。今日は何を食おうか?」

と聞くと、チェルシーは、

「にゃぁ」(寿司じゃな。炙りものが食いたいぞ)

と即答した。

「あいよ」

といつものように気軽に応じる。

楽しい会話に美味い飯。

こんな冬休みなら一生続いて欲しいものだとバカなことを考えつつ、私たちは今日という日を楽しく終えるべく、美味い寿司屋を探しに町へと繰り出していった。


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