完全に沈黙したワイバーンを他所に、サクラとチェルシーを呼びに行く。
「今日からしばらくは鶏肉三昧だぞ」
とチェルシーに声を掛けると、
「にゃぁ!」(やった!)
と、まるで子供のような喜びの声が上がった。
「じゃぁ、さっそく解体するか」
と言って荷物の中から包丁を取り出す。
「にゃぁ」(村に戻ったらから揚げじゃからな。たっぷり取れよ)
と嬉しそうに言うチェルシーに、
「あいよ」
と答えて私はさっそく解体に取り掛かった。
肉は最初に落とした1匹から取れば十分な量が取れるだろう。
残りの3匹は魔法で体を射抜いてしまったから肉はそんなに取れないはずだ。
しかし、翼の皮膜は取れる。
(売ればそれなりの金額になるな…)
と呑気に考えながらさくさくとワイバーンを捌いていった。
皮膜の剥ぎ取りを終え、次は肉の剥ぎ取りに取り掛かる。
ワイバーンの肉は少し赤みがかった色をしているが、鶏肉に近い。
例えて言うなら、鴨のあの濃厚な味が鶏肉に混ざっているといった所だろうか。
(さっきチェルシーも言っていたが、これはから揚げが大正解の肉だな)
と思いつつ、
(まったく、いつの間にかチェルシーのグルメになったものだ)
と苦笑いしながら、一番美味しそうな胸肉から丁寧に剥ぎ取っていった。
「にゃぁ!」(おい、腹が減ったぞ!)
というチェルシーの声を聞いてふと空を見上げると、太陽が真上にある。
私は、
(そんなに時間がかかったのか)
と思いつつ、
「ああ、すまん。もう終わったからちょっと待っててくれ」
と返事をすると、さっそく、
(焼き鳥だったらモモ肉だろう)
と思いながら、モモ肉を手頃な大きさに切っていった。
手頃な大きさの肉を用意した所で、オフィーリアとコカトリスを狩った時の反省を活かし、常備するようになった串に肉を刺し、焚火の周りに並べて突き立てていく。
しばらくすると、ジュージューと音を立てながら肉から脂がしたたり始めた。
「にゃ!」(もう焼けとるんじゃないか?)
とウズウズしながら聞いてくるチェルシーを、
「こういうのは遠火でじっくりやいた方が美味いんだ。もう少し待っててくれ」
と言って宥め、自分も早く食いたいという欲求を抑えつつ、じっくりと焼いていく。
やがて、チェルシーと私の我慢が限界にきた頃、
「よし。いいだろう」
と言って、串を火から外した。
まずはチェルシーに串から肉を外し取り分けてやる。
「にゃ!」(いただきます!)
と礼儀正しく挨拶をして一気にかぶりつくチェルシーを微笑ましく思いながら私もひと口かぶりついた。
「あふっ」
と言ってハフハフしながら肉を噛む。
(む。すごい弾力だな。しかし、噛めば噛むほどうま味たっぷりの肉汁が溢れてくる。これは、すごいぞ…)
と、その美味さに感動しつつ、また熱いのを承知でかじりついた。
「んみゃぁ!」(美味い!)
とチェルシーからも歓喜の声が上がる。
そんな私たちの様子を横で見ていたサクラが、
「ひひん!」
と嬉しそうに鳴いた。
私はその声を聞いて、
(ああ、きっと私たちが嬉しそうにしているのをみて、自分のことのように喜んでくれたんだな…。優しい子だ)
と思い、サクラに微笑みかけてやる。
すると、サクラがこちらに頬を寄せてきたので、私はいったん肉にかじりつくのを止めてその首筋を優しく撫でてやった。
楽しい食事が終わり、今回の冒険も終わる。
私たちは昼を食い終わると、さっそく帰路に就いた。
ダンジョン前の村に戻り、絶品としか表現しようのないワイバーンのから揚げとビールを堪能した翌日。
さっそくクルツの町へと続く街道を目指して村を出発する。
旅は順調に進み、のんびり進んだにも関わらず、およそ1月でクルツの町の門に辿り着いた。
さっそく門をくぐり、ギルドへ向かう。
豹やワイバーンの魔石を適当に買い取りに出すと、受付で、
「鞍を作りたい。この町で一番の職人を紹介してくれ」
と、やや無茶な注文を出した。
「えっと…」
と固まる受付嬢に、
「ああ、ギルドマスターがいれば面談して直接依頼したい」
と言うと、受付嬢は、
「えっと…」
と言って、困った顔をする。
私は、なんとなくその困った表情の意味を理解し、
「ああ、賢者ジークフリートだ。ギルドマスターに面会できんか?」
と言って、自分のギルドカードを取り出した。
「へ?えっと…、あ、はい!」
と私の身分を確かめた受付嬢が、慌てて奥へ走っていく。
そして、待つことしばし、スキンヘッドにひげを蓄えた、いかにも冒険者上がりらしいおっさんが面倒くさそうな顔でやって来た。
「あー。賢者ジークフリート様で?」
と怪訝な顔でいうギルドマスターに、
「そうだ」
と答えて、ギルドカードを見せながら、手っ取り早く、
「最近、ユックを手懐けてな。その子に合う最高の鞍を作りたい。素材としてキングゴートの皮を用意してある。それを使って最高の鞍を作れる一流の職人を紹介してくれんか?」
と、職人を紹介して欲しい訳を説明する。
するとギルドマスターは、一瞬ぽかんとした顔をした後、
「はっはっは。いやぁ、さすが賢者様だ。話の規模がでけぇ」
と大笑いし、
「ああ。今ギルドで紹介できる一番の職人をお教えしましょう。ああ、ただしちょいと癖の強い爺さんだからそれは勘弁してくだせえよ」
と言い、受付にあった適当な紙に、おおよその地図と、「革職人・ヲルフ」とメモをして渡してくれた。
「ああ、ギルドマスターの紹介だってのは必ず言ってくださいよ。でないと引き受けないこともあるようなちょいと変わり者の爺さんですからね」
と言うギルドマスターに礼を言い、ギルドを後にする。
(癖が強いのか…)
と若干面倒くさいことだと思いつつも、なぜかルネアの町の職人ドワイトの顔を思い出し、
(まぁ、職人ってのは癖が強いくらいでちょうどいいのかもしれんな…)
と苦笑いしながら、そのヲルフという職人の店を目指した。
ややあって、どうやらそのヲルフの店らしいぼろい建物を発見する。
(ほう。一流の職人ってのはみんなボロ屋が好きなんだな…)
と、変なことを考えつつ、その今にも壊れそうな扉を開き、
「すまんが、ここはヲルフという職人の店であってるか?」
と店の奥で、何やら鞄の修繕をしているらしき、爺さんに声を掛けた。
「おう。どこのどいつだ?」
といきなり失礼な言い方をしてくるからには、この爺さんがヲルフなのだろう。
(なるほど癖が強い)
と苦笑いしつつ、
「ギルドマスターの紹介できた。冒険者のジードだ。表にいるユックの鞍を作って欲しい。材料はキングゴートの革を用意してあるが、どうだ?」
と端的に聞いてみた。
「ほう。ユックたぁ珍しいな。どれ、馬と材料ってのを見せてみな」
と言って立ち上がり、さっさと店の外に出て行くヲルフと思しき老人の後を付いて、表に出る。
サクラはいきなり出て来て自分をじろじろ見てくる爺さんに警戒しているようだったが、
「大丈夫だ。この爺さんが鞍を作ってくれる人だぞ」
といって宥めてやると、やや落ち着いてくれた。
「誰が爺さんだって?」
と悪態を吐いてくるヲルフと思しき爺さんに、
「じゃぁ何と呼べばいい?」
と聞き返す。
すると、その爺さんは自分が名乗っていなかったことにようやくそこで気が付いたのだろう。
すこし、バツの悪そうな顔をしながら、
「ヲルフ様と呼べ」
と妙な敬称付きで自己紹介をしてきた。
私は苦笑いしつつも改めて、
「ああ。ヲルフだな。改めて冒険者ジークこと賢者ジークフリートだ。ギルドマスターの紹介で来たが受けてくれるか?」
と自己紹介と依頼を受けてくれるかどうかを聞く。
するとヲルフは、驚いたような顔で、
「賢者ってのはあの賢者か?」
と聞き返してきた。
「ああ、たぶんその賢者だ。なんならギルドで確かめてきてくれても構わんぞ」
と言うと、ヲルフは、
「はっはっは。そりゃ面白れぇ。ああ、受けてやるさ。材料ってのはそれだろ?」
と言って、サクラが背負っている革を指さした。
「ああ。足りるか?」
と言うと、
「ああ、素材としちゃ申し分ねぇ。それなりに処理もされてるみてぇだからな」
となんでもないことのように答える。
(ほう。触らずしてわかるか。一流というのは本当らしいな)
と思いつつ、
「時間がかかってもいい。最高の物を作ってくれ」
と言うと、ヲルフは、
「ああ、まかせときな」
と言ってうなずいてくれた。
「ありがとう」
と言って右手を差し出す。
その手をヲルフのごつい手が握り返してきて、そこで一応の商談が成立した。
再び店の中に入り、詳しい仕様なんかの打ち合わせに入る。
私は鞍のことはよくわからないから基本的には任せるが、と言いつつ、胸の抱っこ紐の中からチェルシーを出し、
「前方にこの子が乗る場所もつけてくれ」
と願い出た。
「はぁ?」
とヲルフがびっくりしたような顔をする。
そんなヲルフにチェルシーが、
「にゃぁ」(よきにはからえ)
と尊大な言葉を言ってみせた。
しばしヲルフがぽかんとする。
そして、ヲルフは突然笑い出すと、
「はっはっは。こりゃ傑作だ。俺もこの仕事を始めて長げぇが、猫も乗せられる鞍なんざ初めてだ。いいぜ、つけてやろう」
と言ってその注文を請けてくれた。
そこで私はふと思い出して、
「ありがとう。で、どのくらいかかる?」
と礼をいい、ついでにすっかり忘れていた製作期間のことを聞いてみる。
「はっはっは。まぁ、最高のやつってご注文だからな。半年はもらうぜ」
というヲルフに、私は、
「わかった。じゃぁ、半年後にまた来よう」
と言って、
「前金はこんなもので足りるか?」
と言って、金貨が30枚ほど入った袋を手渡した。
それを受け取ったヲルフは軽く中を確かめ、
「ああ、十分だ。残りも同じくらいだろうよ」
と言って、それを受け取り、右手を差し出してくる。
私もその差し出された手を握り返して、今度こそ本当に契約が成立した。
「じゃぁ、頼んだぞ」
と言ってヲルフの店を出る。
すると、チェルシーが、
「にゃぁ」(おい。腹が減ったぞ)
と言ってきた。
その声に、
「ああ。私もだ」
と笑顔で答える。
「ふみゃ?」(何を食うんじゃ?)
と聞いてくるチェルシーに、
「そうだな。しゃぶしゃぶなんてどうだ?たしか、老舗の料理屋があったはずだ」
と言うと、チェルシーが、
「にぃ!」(よいな!)
と、ややかぶせ気味に答えてきて、そこで今日の晩飯が決まった。
今日という日も無事に終わっていく。
これから美味し食事を堪能し、美味い酒を飲んで明日という日がやってくるのだろう。
私はその当たり前の日常を心から嬉しい物だと思いながら、まずは宿を探してクルツの町の石畳の道を軽やかな足取りで歩いていった。