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第30話山羊を狩ろう02

一応、サクラのことを考えてなるべく歩きやすい場所を選んで進む。

しかし、その心配を他所にサクラは、

「私大丈夫だよ」

と言わんばかりに、途中にあった厳しい岩場をすいすいと登って見せてくれた。

(さすがは神馬様だな)

と心の中で冗談を言いつつ、

「はっはっは。すごいぞサクラ。でも、あまり無理はしなくていいからな」

と言って褒めてやる。

そんな言葉を聞いて嬉しそうに、頬ずりをしてくるサクラをたっぷりと撫でてやり、私たちはまた厳しい山道を進んで行った。

やがて、簡単な昼を済ませ、夕方近く。

そろそろ野営の場所を探さねばと思っていたその時、周りの空気が急に重たくなり始めた。

「にゃ」(あっちから来よるぞ)

とチェルシーが指し示す方向を見ると、羊の大群がこちらめがけて走って来ている。

私はその光景を疎ましく思いながらも、

「サクラとチェルシーはここにいてくれ。この岩陰なら安全だ」

と言って、杖を取り出すと、急いで羊の群れを抑えるべく走り出した。

(まずはご挨拶からだな)

と心の中で冗談を言いつつ、杖を構えて旋風の魔法を放つ。

ゴウと音を立てて渦巻く風が羊の群れに突っ込んでいき、何匹もの羊を巻き上げ切り刻んだ。

私はまた走りながら、今度は風の刃を連続で放つ。

一撃放つ度に何匹かの羊が消え、魔石に変わっていった。

(ち。まだまだいやがる…)

と心の中で舌打ちしつつ、剣を抜き群れの中に突っ込んで行く。

剣に魔力を纏わせ、とにかく振って次から次へと羊を斬り払っていった。

(こいつら、ほんと数だけは多いんだよな…)

と思いつつとにかく剣を振り続ける。

そして、私の周りから「メェメェ」とうるさい声が聞こえなくなった頃、気が付けば辺りはすっかり茜色に染まっていた。

「ふぅ…」

と息を吐き、

(歳かねぇ…)

と嘆きつつ、やや重たくなった腰を軽く叩きながら、チェルシーとサクラのもとに戻って行く。

私は、

「にゃぁ」(遅かったのう)

「ひひん!」

と言って出迎えてくれる2人を軽く撫でてやると、

「さて。遅くなったが飯にするか」

と言うと、さっそく簡単な飯を作り始めた。

翌朝。

また奥を目指してなだらかな稜線を歩み始める。

薄くたなびく雲に朝日があたり自然の美を織りなすなんとも荘厳な風景の中、私は魔物の影を追ってやや緊張しながら進んでいった。

いくつかの尾根を越え、遠くを見やると何やら鳥が飛んでいる。

おそらく鹿か羊を狙う鳥の魔物だろう。

(上空にも注意が必要だな…)

と思いつつ、遠めに見ればなんとも豊かな大自然の営みが繰り広げられているように見えるその景色を見つめた。

その日は何事もなく過ぎ、夜。

ドライトマトとたっぷりのチーズで作った簡単なソースをたっぷりとかけたショートパスタを食いながら、チェルシーに声を掛ける。

「体調はどうだ?異変はないか?」

という私にチェルシーは、

「にゃぁ」(無いのう。平気なもんじゃ)

というチェルシーを見て、次にサクラを見てみるが、本当に体調に問題は無さそうだ。

(魔物というのは過酷な環境にも強いんだな…)

と妙なところで感心しつつ、即席にしては割と上手く出来たパスタを口に運び、その日はゆっくりとした夜を過ごした。

明け方。

妙な気配で目を覚ます。

どうやら上空に鳥の魔物がいるようだ。

けしからんことにサクラを餌だとでも思っているのだろう。

しかし、こちらが岩陰にいるものだから手が出せない。

そんなところだろうか。

私は、

(朝はゆっくりさせてくれ)

と思いつつも上半身だけ起こして魔力を練り、狙いを絞って風の矢を放った。

一瞬にして魔物が消え、魔石がキラキラと輝きながら地上に落ちていく。

当然、どこに落ちたかわからない魔石の回収はできない。

(まったく。これだから鳥は…)

と不満をこぼしながらも立ち上がり、軽く伸びをすると、

「さて。飯だな」

とつぶやいて朝食の支度に取り掛かった。

チーズを挟んで炙ったパンとお茶で朝食を済ませ、

「にゃぁ」(やはりチーズが美味いと違うのう)

と呑気に味の感想を言うチェルシーをいつもの抱っこ紐に入れて出発する。

昨日何も無かったおかげでずいぶんと奥まで来ることが出来た。

(さて。そろそろ上手い具合に出て来てくれればいいが…)

と思いながら、周囲を見渡せる稜線の上を進む。

そして、昼。

ようやく目的の山羊を発見した。

「よし。行こう」

と声を掛けて、その山羊の群れがいる斜面の方に近づいていく。

のんびりと草を食む山羊の魔物の群れに近づくと、いったん岩陰に隠れて、

「終わるまでここにいてくれ」

とチェルシーとサクラに声を掛けた。

「にゃぁ」(早ようせいよ。なにせ飯時じゃからな)

と呑気に言うチェルシーと違ってサクラはやや緊張気味だろうか。

「ぶるる」

と鳴く声がいつもより少し硬い。

私はそんなサクラを撫でて落ち着かせてやる。

そして、チェルシーに、

「たのんだぞ」

と声を掛けると、ひとり山羊の群れの方へと駆けて行った。

しばらく走るとヤツらも気が付いたようで、1か所に集まり臨戦態勢を取る。

(…加減には気を付けないとな…)

と思いながら、慎重に旋風の魔法を放った。

群れが風に巻かれ、一瞬にして魔石に変わっていく。

群れの規模がやや小さくなった。

どうやら上手い具合に周囲だけを削れたようだ。

まだ、やたらと大きな山羊を中心にけっこうな数が残っているのが見える。

私は、

(よし。良い感じに減らせたな)

と思いながら、さらにその集団に突っ込んで行った。

中央にいたやたらと大きな山羊、キングゴートが、

「ンメェェ!」

と鳴く。

すると、一部の山羊が集団から離れ、こちらに襲い掛かってきた。

それを見て私は剣を抜く。

右へ左へと斬り払う度に山羊が魔石に変わっていった。

(そろそろか?)

そう思っていると、また、

「ンメェェ!」

と声がして、残りの山羊が突っ込んでくる。

数は10もいるだろうか。

私はそれを丁寧に剣と魔法で魔石に変えていった。

やがて、キングゴート1匹だけになる。

私は待ちに待ったこの瞬間にニヤリと笑みをこぼしながら、怒り狂うキングゴートに突っ込んでいった。

あちらも負けじとその3メートルはあろうかという巨体でこちらに突っ込んでくる。

山羊は私の目の前でいったん前脚を高く掲げると、その反動を使って思いっきりその巨大な角を叩きつけてきた。

(…隙だらけなんだがなぁ…)

と思いつつも、その角をギリギリでかわす。

そして、また突っ込んでいっては、角をかわすということを何度か繰り返しているとキングゴートの動きが徐々に雑になってきた。

(そろそろ我慢の限界なんだろうな…)

と相手のことを思いつつ、こちらは冷静に対応していく。

その態度に怒ったのか、キングゴートが

「ンメェェ!」

とさらに怒りの声を上げて渾身の一撃とばかりに、これまでよりも大振りに角を叩きつけてきた。

(よし!)

と感じて、その脇をすり抜けるようにしてかわす。

そして、一気にキングゴートの横手につけると、私は剣を振り抜いて、その前脚の足首の辺りを斬り払った。

バランスを崩したキングゴートが、

「ンメェェ!」

と苦痛の声を上げながら膝をつく。

キングゴートは何とか立ち上がろうとしているようだ。

しかし、私はそうはさせじと素早く回り込み、もう一本の前脚も同様に斬って完全にその動きを封じた。

これでどう頑張ってもキングゴートは立ち上がれないだろう。

私はそれでもまだジタバタしている、キングゴートに素早く突っ込み、渾身の一撃でその首を切り落とす。

その瞬間、戦闘が終わった。

(ふぅ…。これなら綺麗に取れそうだな)

と、なかなか上手に倒せたおかげで綺麗に皮が剥げそうな状態であることに満足し、剣を納め包丁を取り出す。

さっそく巨体のキングゴートをなんとかひっくり返し丁寧に包丁を入れていると、そこにサクラがやって来た。

「はっはっは。待たせたな」

と言って撫でてやると、サクラの上から、

「にゃぁ」(腹が減ったぞ)

と、声が掛けられた。

(おお。保護色で見えんかった…)

と思いつつ、

「ああ、すまん。ちょっと待っててくれ。こいつの解体を先に終わらせる」

と言って、少し不満げな表情を見せるチェルシーも撫でてやる。

私は、

「にゃぁ」(早ようせいよ)

と言いつつも気持ちよさそうに目を閉じるチェルシーを微笑ましく思いつつ、

「あいよ」

と答えて、また皮を剥ぐ作業に戻った。

キングゴートの皮を剥ぎ終え、お待ちかねの昼食を作る。

ちなみに山羊の肉は臭くて食えたものじゃない。

(せめてこいつが羊だったらジンギスカンにでもできるんだがな…)

と思いつつ、持ってきたベーコンとトマトで簡単なスープを丹念に作っていった。

やがて腹も満たされ、

「さて。帰るか」

とみんなに声を掛ける。

「ひひん!」

「にゃぁ」(さっさとあの町に戻ってもう一度チーズバーガーを食わせい)

というサクラとチェルシーを撫でてやると、私たちはさっそく帰路に就いた。

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