グリフォンやトレントとの戦いを終えた翌日。
さっそくナーク村への帰路に就く。
帰りは難なく進み、ゴブリンを何度か狩っただけで終わった。
(ほんとうに、あいつらどこにでも湧いてくるな…)
と、そのしぶとさに半ば感心、半ば呆れながら森を出る。
そして、すれ違う度、こちらを拝んでくる村人たちに苦笑いを浮かべながら村長宅を訪ねた。
「おお…。ご無事でしたか、賢者様…」
と今にも泣きそうな顔で迎えてくれた村長に、まずは何があったかを報告する。
「ぐ、グリフォンにトレント…」
と絶句する村長を安心させるように、
「討伐できたからもう何も問題無い」
と告げると、村長は本当に泣きだし、孫娘のルーシーもつられて泣きだしてしまった。
そんな様子を微笑ましくも、
(自分で蒔いてしまった種を自分で狩り取っただけなのかもしれんしな…)
と思いながら、苦笑いで見つめる。
その後、
「さっそく村をあげて祭りをせねば」
という村長から、是非出席してくれと言われたのをなんとか断り、その代わり1日だけサクラと一緒に村を回ることを約束してその日はゆっくりと休ませてもらった。
翌日。
約束通りサクラを連れて村を回り、村人から拝まれるという苦行のような時間を何とか乗り切ると、その明くる日、大勢の村人に見送られてナーク村を後にする。
帰り際、村長から、
「些少ではございますが…」
と言われて差し出された袋には、どうみても金貨が5枚入っていた。
(きっと、かき集めたんだろうな…)
と思いその中から当初の約束通り、金貨1枚だけを受け取り、後は戻す。
「いえ、そのようなわけには…」
と言う村長に、私は、
「これも賢者の勤めだ」
と、柄にもなく格好いいセリフを言ってしまった。
そんなセリフに恥ずかしさを感じつつ、田舎道を歩く。
その足取りが来る時よりもずっと軽やかなものになっているのは、きっとサクラに荷物を背負ってもらっているからだけではないだろう。
私はなんとなく晴れがましいような、すっきりとした気持ちで宿場町へ向けて進んで行った。
宿場町に入り、さっそく宿を取る。
ギルドへの報告は明日行けばいいだろうと思って、今日はささやかな打ち上げをすることにした。
「一緒にいければいいんだがな…」
と厩に預けたサクラを少し申し訳ない気持ちで撫でてやると市場で買ったニンジンを何本かあげてから町に出る。
(さて、ようやくお待ちかねの蕎麦と酒だな…)
と思いつつ、1軒のやや古めかしい感じの蕎麦屋の引き戸を開いた。
「猫が一緒だがかまわんか?」
といういつものセリフを投げかけて2人掛けの小さな席に座る。
まずはビールを頼む。
そしてビールが来たのに合わせて、この辺りの名物だという、山菜や茸の天ぷらと鶏わさ、出汁巻き卵を頼み、そのつまみがやって来るころ空いたビールを日本酒こと米酒に変えてゆっくりと酒を味わった。
やがて、2本目の酒が空くころ、蕎麦を頼む。
ズズッと一気に蕎麦をすすると、華やかな蕎麦の香りが鼻を抜けていき、追いかけるようにきりっとしたつゆの味が口の中に広がった。
するりと喉を通る食感がいい。
(やはり蕎麦はのど越しだ…)
としみじみ感じつつ、またズズッと蕎麦をすする。
(この味がこうして味わえるのも、これまで転生してこの世界にやって来た勇者たちのおかげなんだろうな…)
と感慨にふけりながらその粋な味を楽しんだ。
やがて、とろとろの蕎麦湯でお腹を〆ると、
「美味かった」
とひとこと言って店を出る。
店を出た瞬間、なぜか甘口の酒と、きりっとした蕎麦の味が頭の中で合わさり、得も言われぬ幸せな気分になった。
なんとも言えない幸せな気分で宿へ戻る。
そして、簡単に風呂を使わせてもらうと、私はまだ幸せな心のままゆっくりと眠りに就いた。
翌朝。
さっそくギルドへ報告に行く。
受付にギルドマスターはいなかったので、手間をかけてすまないが、と断って呼びだしてもらった。
「無事、終わったよ」
と言って、魔石が入って膨らんだ麻袋を取り出し、カウンターの上にごろごろと魔石を取り出していく。
するとギルドマスターは
「お、おいおい…」
と慌ててそれを止める、
「ちょっと来てくれ」
と言って私をギルドマスターの執務室へ案内してくれた。
ギルドマスターの執務室といっても簡素な事務室みたいなところだ。
少し広めの事務机があり、その前に小さな応接セットが置かれている。
私は遠慮なくその硬いソファに座り、
「いいか?」
と一応確認してから先ほどと同じように袋から魔石をごろごろとその小さなティーテーブルに並べていった。
「…なにが、どのくらいいた?」
と端的に聞いてくるギルドマスターに、
「ゴブリンやオークはいちいち数えてないし、魔石もこれで全部かどうかはわからん。トカゲは1匹しか出くわさなかったな。後は鳥や熊が全部で20か30くらいか?ああ、ティラノも5、6匹いたな。ほかに…」
と言ったところで、ギルドマスターが慌てて止めに入る。
「おい。他にもって…。ていうかひとりでそんなにやったのか?」
と聞いてくるギルドマスターに、
「ああ、これでも賢者の端くれだからな。あと、今回の異変の親玉はグリフォンとトレントだったぞ」
と言うと、ギルドマスターはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
私はそんなギルドマスターに、
「続けていいか?」
と聞き、
「あ、ああ…」
と我に返ったギルドマスターに再びゆっくりと事情を説明する。
おそらく今回の異常はダンジョンの奥ではあるが、それほど深くない地点にグリフォンとトレントのセットが現れてしまったために起きたことだろうと、説明すると、ギルドマスターの顔色が一気に悪くなった。
「なんで、そんなことに…」
というギルドマスターに、
「そういう小さな異変が大事につながることもある。今後は注意していてくれ」
と告げると、ギルドマスターは、
「ああ。肝に銘じる」
と言って重々しくうなずいてくれた。
私はその言葉を聞き、少し安心しつつも、
「何かあったら、躊躇せず中央を頼れ」
と再度念を押す。
私のその言葉に、
「ああ。そうするよ」
と、苦笑いで応えてくれたギルドマスターと最後は握手を交わし、魔石の代金をたんまり受け取ると、それをそのまま口座に入れて私はギルドを後にした。
宿に戻り荷物をまとめて門を出る。
道の途中、
「にゃぁ」(賢者というのも難儀なものよのう)
とチェルシーがややからかうような、それでいて、何かを覚ったような口調で胸元から語り掛けてきた。
私はその言葉に、
「ああ。賢者ってのはなんともつらい商売だな」
と軽く苦笑いを浮かべながら答えた。
「にぃ…」(魔王や勇者も一緒じゃな…)
とチェルシーがつぶやく。
私が、
「…そうかもしれんな」
としみじみ言うと、チェルシーが、
「にぃ…」(なりたくなくてもならねばならんし、辞めてしまいたくても絶対に辞められん…。ほんとにつらい商売じゃ…)
と苦笑いを浮かべながら、またつぶやくようにそう言った。
のんびりとした街道に晩夏の日差しを受けて、短い影が伸びる。
なんとなくしんみりとした雰囲気の中、
「にぃ」(さて、次はどこに向かうんじゃ?)
とチェルシーが気分を変えるように話題を変えた。
私も気分を変えて、
「さぁな」
と苦笑いで応える。
「ふみゃぁ…」(ふふふ。相変わらずの風来坊よのう)
と言って、チェルシーが呆れたように、しかし、おかしそうに笑った。
きっと私たちの気持ちがまたいつものようにのんびりしたものに戻ったのを感じ取ったんだろう、それまで黙っていたサクラが、
「ひひん!」
と楽しそうに鳴いた。
これからは、サクラもこの風の向くまま気の向くままという旅を一緒に楽しんでくれる。
私はそのことがなんとも嬉しくて、
「これからもよろしくな」
とサクラを撫でてやりながら、そう声を掛けた。
「ひひん!」
とまたサクラが楽しそうに鳴く。
私にはその鳴き声が、
「うん。よろしくね!」
と言って笑ってくれているように聞こえた。
「はっはっは。これからも楽しい旅をしよう」
と言ってまたサクラを撫でてやる。
「にゃぁ」(はっはっは。相変わらずよのう)
と言ってチェルシーも笑ってくれた。
「じゃぁ、次はクルシュタットに戻ってクルツの町でも目指すか」
と突然次の目的地を決めて、提案する。
「にゃ?」(なんじゃ、突然?)
とチェルシーが疑問の声を上げたので、私はそれに、
「ああ、クルツって町はいわゆる古都ってやつでな。革細工が有名なんだ。サクラに似合う立派な鞍を作ってやらんといかんからな」
と答えてやった。
「にゃ」(ふ。それもそうじゃの。ああ、その鞍には我が乗る場所も作れよ)
と言うチェルシーの注文に、私は、
「はっはっは。そりゃいいな。よし、クルツの町で一番の職人を探して最高の鞍を作らせよう」
と、笑いながら答える。
「にゃぁ」(ああ。魔王たる我にぴったりの豪華な鞍にせねばならんぞ)
と、おかしそうに笑いながらチェルシーがそう言うと、サクラも、
「ひひん!」
と楽しそうに鳴いた。
仲間が増え、また新しい旅が始まる。
私はそのことを心の底から嬉しく思い、今日ものんびりと、どこかの町を目指して歩を進めた。