翌日からもどんどん進んで行く。
「にゃ!」(あっちじゃ!)
というチェルシーの指示を頼りにあちこちを動き、ゴブリンや熊なんかの小者をどんどん討伐していった。
そうやって、あちこちを移動しながら森の様子を観察する。
(なにかが引っかかる…)
そう思いながら、じゃぁ何が引っかかるのかと言われても、これだという答えを自分の中に見出せない。
そんなもやもやとした気持ちで、私は討伐を進めていった。
そんな行動を続けること3日。
今日もそろそろ野営の準備か、と思ったところで、妙な気配を感じる。
「にゃぁ」(ちとでかいぞ)
とチェルシーも声を上げた。
(ちっ)
と心の中で舌打ちしつつもそちらへ向かう。
(夜戦は出来れば避けたい。ぎりぎり日の残っているうちに…)
と思い急いで向かうと、そこには体長7、8メートルほどの大きなトカゲが横になっていた。
(ジャイアントリザードか…)
と、呑気にまどろんでいるその巨体を見つめる。
(面倒だな)
と正直な感想が心の中に浮かんできた。
トカゲことジャイアントリザードはしぶとい。
とにかく何発も攻撃を入れないと倒れてくれないから厄介だ。
当然、普通は集団で挑むのが鉄則とされている。
だが、私はひとりだ。
ひとりで動き回って、ひとりで攻撃を撃ち込み続けなければいけない。
(…ここにオフィーリアがいてくれれば)
と盾役がいればその突進を止めてもらっている間にどんどん魔法を撃ちこんで仕留めてしまえるものを、と思わず無いものねだりをしてしまった。
(おいおい。私にもついに焼きってやつが回ってきたのか?)
と苦笑いしつつも、私はさっそく攻撃態勢に入った。
集中して魔力を練り、風の矢を一気に5本ほど放つ。
どれもトカゲの腹に確実に撃ち込まれた。
「ギャオォ!」
と怒りの声を上げてトカゲが首をもたげる。
そして、私の存在に気が付くと、いっきに突っ込んできた。
周りに生えていた木々が遠慮なく押し倒される。
(環境破壊だぞ…)
と嘆きつつ、私はトカゲに狙いを定められないよう、素早く移動を開始した。
走りつつ、魔法を放つ。
的が大きい分狙いやすい。
魔法はどれもトカゲの体を確実に射抜いていった。
「ギャオォ!」
とさらに怒りの声を上げながらも徐々にその速度を落としていくトカゲに遠慮なく魔法を撃ちこむ。
すると、トカゲの動きがさらに緩慢になってきた。
(そろそろだな…)
と思って私は立ち止まる。
そして、緩慢な動きながらも必死にこちらへ攻めてこようとするトカゲに向かって最後の一撃を放った。
トカゲの眉間に魔法の矢が突き刺さる。
次の瞬間、ドシンと音がして、トカゲが沈黙した。
「ふぅ…」
と息を吐いて、まずは荷物を取りに戻る。
荷物の側にいたチェルシーに、
「トカゲは一応食えるが、食うか?」
と聞くと、
「にゃぁ」(ものは試しじゃ食わせてみい)
という上から目線の返事が返ってきた。
「あいよ」
と苦笑いしながら、さっそく包丁を取り出す。
そして、再びトカゲのもとに戻ると、私はさっそく意外と硬いその皮をサクサクと切り取っていった。
ややあって、
「にゃぁ」(ささ身じゃな)
というチェルシーに、
「ああ。梅としそが欲しい」
と言いながら、焼き鳥風にしたトカゲを食べる。
トカゲの味はやたらとたんぱくではあるが、悪くはない。
私たちは久しぶりの温かい肉にほっとひと息吐くと、その日はややゆったりとした気持ちで体を休めた。
翌日も再び森の中を移動する。
適当にゴブリンの小集団を始末したところで、私は小休止を兼ねて少し考えをまとめてみることにした。
この森に持っていた違和感の正体。
それは普通の獣がやけに少ないということだ。
通常の状態なら、このあたりは普通のイノシシや熊がごろごろいてもおかしくない。
しかし、今は魔物に支配されている。
魔物の中には普通の獣を襲うものもたくさんいる。
だから、普通の獣は数を減らした。
それに、これだけの脅威がいるとなれば普通の獣はどこかに移動してしまうだろう。
ではなぜ魔物がこんなにも浅い場所までやって来たのか。
魔王が一応封印らしき状態にある今、ダンジョンが活性化しているという可能性は考えにくい。
そこまで考えて私はふと自分の考えの甘さに気付く。
(そうだ。魔王は現にここにいる…。消滅したわけじゃない。ということは中途半端ながらもダンジョンが活性化したっておかしくないじゃないか…)
と、その可能性に気が付いた瞬間私の背筋が凍った。
私はそこでひとつ
「ふぅ…」
と深呼吸をすると、再び自分の思考をまとめ始める。
まずはダンジョンが魔王の復活している時ほどではないにしても、中途半端に活性化していると仮定した。
そうなると、おそらく奥の方にはそれなりに強い魔物、それこそ、竜あたりがいてもおかしくない。
もしくは、竜までいかなくても、それなりに強いミノタウロスやサイクロプスあたりが数を大幅に増やしたという可能性もあるだろう。
もしそうだとすれば、ダンジョンの中でも比較的弱い魔物が脅威から逃げ出すように森の浅い所まで出てくることになる。
あとはいわゆるところてん方式で、弱いものほど遠くに追いやられてしまったのではないか。
私はその仮説に行き当たり、
(おいおい。いってみれば私の責任じゃないか…)
と思って、私の側で行動食のナッツバーを美味しそうにかじるチェルシーを見つめた。
私はしばらく、ぼんやりとそのなんとも平和な光景を見ていたが、やがて、
(ここでこうしていても仕方ないな)
と気持ちを切り替えて荷物を背負う。
「さて。そろそろ行こうか」
とチェルシーに声を掛けると、いつものようにチェルシーを胸の抱っこ紐に入れて、再び歩き始めた。
(食料のことを考えると、森の奥を目指せるのはあと2日が限界だ。その後はいったん村に戻らねばならん。…一応これだけの魔物を倒したんだ。依頼としてはここで終わりでも構わんのだがな…)
と苦笑いしつつ奥へと進んで行く。
森の中を歩む私の胸の中にはやはり、自分の甘さが今回の事態を招いてしまったのではないかという責任感にも似た気持ちがあった。
そして、また適当に熊や鳥を狩りながら進むこと2日。
(そろそろ限界か。今日、野営をしたらあとはいったん村に引き返さねばな)
と思いつつ、野営の準備に取り掛かる。
すると、急に周りの気配が重たくなるのを感じた。
「にゃ!」(なにか来るぞ!)
とチェルシーが叫ぶ。
私は慌てて杖を持つと、急いでその気配がした方向へと走っていった。
ある程度走ったところで、その気配の正体と出くわす。
その正体はこの世界では亜竜と呼ばれている恐竜のような見た目の魔物だった。
(ちっ。ティラノか。何匹かいるな…)
と思いつつ、魔法を撃ちこむ。
すると、
「グギャァ!」
と、どうやら1匹仕留めたらしい叫び声が上がった。
迷わずその群れの中に突っ込んでいく。
どうやらその群れは私の存在に気が付いたようだ。
私がこれだけ接近するまで、私の存在に気が付かなかったところをみると、どうやら、別の何かを狙っていたらしい。
私はそんなことに気が付きつつも、とりあえず見える相手に向かってどんどん魔法を撃ちこんでいった。
硬い皮膚に容赦なく風の矢を撃ちこみ、次々に倒していく。
やがて、しびれを切らしたのか、一斉に襲い掛かって来るその小型の恐竜ティラノに向かって、旋風の魔法を放った。
私の周囲に風の刃を纏った強い風が渦巻き、襲い掛かってきたティラノを一掃する。
次の瞬間ティラノは魔石に変わり、私の周囲から魔物特有の重たい気配が消えた。
「ふぅ…」
と息を吐き、魔石を集めようとしたその瞬間、私の背後で、「ガサリ」と音がする。
私は、
(なっ。まだいたのか!?)
と思い慌てて振り向き杖を構えたが、そこにいたのはティラノではなく、それに追われていただろう存在だった。
「…ユック」
と思わずつぶやく。
見事な白い毛並みのやや小さな体格の馬。
ユックが藪の中からゆっくりと現れた。
そのユックは私の方をじっと見つめている。
深くどこか優しい感じの桜色の瞳が印象的な馬でその姿はどこか気品に満ちている。
私とそのユックはしばらくお互いを観察するように見つめ合った。
「にゃぁ」(おい)
とチェルシーが私に声を掛けてくる。
私はその声にハッとして、いったんそのユックから目を離したが、そのユックは逃げるどころか、こちらに近づいて来て、また私をじっと見つめてきた。
私はその姿を見て、なぜか苦笑いを浮かべる。
そして、
「いっしょに来るか?」
と言って、そのユックに手を差し伸べた。
「ぶるる…」
と鳴いて、遠慮がちに私の手に頬ずりしてくるそのユックをゆっくりと撫でてやる。
「にゃぁ」(荷物持ちが出来たのう)
と呑気に声をかけてくるチェルシーに苦笑いを返すと、私はそのユックに、
「よろしくな」
と声を掛け、また優しく撫でてやった。