勇者ケインと聖女エミリア一家と別れた翌日。
私とオフィーリアも王都の門を出て街道が分かれるところで別れの握手を交わす。
「またね」
「ああ。また会おう」
「次は竜でも一緒に食べようよ」
「はっはっは。あの包丁もあるから竜の皮をポン酢で和えるか?」
「…あれは食べられないでしょ」
と冗談を交わし、それぞれの道へと進んで行った。
オフィーリアは適当に依頼を受けながら、またトルネ村に戻るらしい。
私はどうしようかと思ったが、とりあえずクルシュタット王国とは違うヒトの国、イクセリア公国方面に向かう。
特に理由はない。
いつもの風来坊気質で風の向くまま気の向くままというやつだ。
しかし、歩きながら、
(さて、あの国と言えば山の方は蕎麦、平地は穀倉地帯だし、この時期は野菜が美味かったな。あとは酒だ。日本酒もとい米酒が美味い。いいな。蕎麦と日本酒…)
と、かの地の名産品を思い出し、とりあえずイクセリア公国でも山がある方面を目指すことにした。
季節は初夏。
まだまだ涼しい風を浴びながら軽快に進む。
イクセリア公国までは徒歩でおよそ20日。
長旅だが、私にとっては慣れたものだ。
途中の宿場町で適当に休息を挟んだり、路銀が心もとなくなれば適当にダンジョンに入ったりしながら、たっぷり40日ほどかけてようやくイクセリア公国に入った。
気が付けば夏。
北の国イクセリアと言えどもさすがに暑い。
(…これはますます山側だな。あっちなら割と涼しいだろう)
と思い、うっすらとかいた汗を拭いつつ田舎へと向かう細い街道を進む。
その田舎道を進んでいると、徐々に冒険者の姿を見かけるようになってきた。
(ああ、そうか。そういえば山の麓に少し広めのダンジョンがあったな。まぁ、依頼の状況次第だが、路銀稼ぎにはちょうどよかろう…)
と考え、とりあえずの目標をそこに定める。
私の胸元から、
「にゃぁ」(おい。飯の時間だぞ)
とチェルシーの声が聞こえてきた。
「あいよ」
と軽く答えて道の脇に座り込み、簡単な昼食を作る。
「にゃぁ」(おいおい。そろそろ町に入らんか。我はまともな飯を所望するぞ)
というチェルシーの愚痴を聞きつつ、その日も簡単なチーズサンドとインスタントスープで昼食を済ませた。
それからさらに歩くこと2日。
ようやくダンジョン前の宿場町に入る。
私はさっそく、ギルドに依頼の状況を確認しに向かった。
昼過ぎのことで主だった依頼はあらかた受けられている。
残っているのは常設の依頼くらいだ。
(まぁ、なんだかんだ言って適当に魔石を取って来ればいいんだから、依頼も何もあったもんじゃないが、もし、なにか困りごとでもあるならそれを優先したいしな…)
と相変わらずお人好しなことを思いつつ、常設依頼の状況を見ていると、ナーク村というところから、魔物討伐の依頼が出ているのが目に入った。
(どれどれ…。ん?これってやばいんじゃないか?)
と思いつつ、依頼の内容をよく読む。
依頼書には、「魔物多数。救援の冒険者求む。報酬、魔石の総取りと金貨1枚」と書かれていた。
(…安いな)
と思いつつも、その依頼書をひっぺがして受付に向かう。
そして、カウンターの中にいたごつい体の中年男性に、
「詳しい状況を教えてくれ」
と聞いてみた。
なんとその中年の男性はギルドマスターだったらしい。
ギルドマスターといえば、もう少し大きな町のギルドにいてその地域を統括している印象を持っていたが、ここのギルドはやや広いダンジョンがある関係で、このギルドがその1か所を管轄しているのだそうだ。
そんなギルドマスタ―の話によると、依頼を出してきたナーク村はダンジョンの外れの方に接している小さな獣人の村で、特に目立った産業も無い小さな村とのこと。
最近、その村周辺で魔物が増えているらしい。
村の若者が懸命に対応しているが、魔物の数が多く苦戦しているそうだ。
小さな村らしくあまり多くの報奨金が出せないから依頼を出してからもう10日になるが引き受け手が現れていないという。
その話を聞いて私はすぐに、
「わかった」
と言うとその場で依頼を受けた。
「恩に着るぜ」
というギルドマスターに、
「いや、こっちこそ、いい暇つぶしになりそうだ」
と軽く冗談を言ってギルドを出る。
村へは徒歩で1日ほど。
私はとりあえず宿場町で買い物を済ませると、その日は宿を取って、体を休めることにした。
チェルシーに久しぶりのまともなご飯を食べさせてやった、翌日。
さっそくそのナーク村に向けて出発する。
いつもより急ぎ足でナーク村へと続く田舎道を歩く私に、
「にゃぁ…」(お主もお人好しよのう…)
とチェルシーが呆れたような言葉を掛けてきた。
「ははは。これも賢者様の役目ってやつさ」
と軽く冗談で返す。
「にゃ」(ふっ。賢者とはやっかいなお役目よのう)
とチェルシーが呆れたような感じでそう言った。
しかし、その言葉にはどこか楽しげな雰囲気もある。
(ふ。チェルシーもなんだかんだでお人好しじゃないか)
と私はなんだか微笑ましい気持ちでその言葉を受け取った。
やがて夕日が沈むかという頃。
ようやくナーク村に到着する。
門番に依頼を受けた冒険者だと告げると、すぐに村長宅に案内された。
「これはこれはようこそおいでくださった」
と喜んでくれる村長に、
「いや。仕事だから気にしないでくれ」
とやや照れながら返し、
「で。状況は?」
と聞く。
すると村長は、
「はい。最初は浅い所にゴブリンが現れる程度でしたが、最近では熊やトカゲも出てまいります。討伐しても次々に出てきますし、けが人も出るようになってきましたから、ほとほと困り果てておりました」
と、なんだか疲れた様子でそう教えてくれた。
(気苦労があったんだろうな)
と村長を思いやりつつ、
「わかった。明日からさっそく入ってこよう」
と答えて、その日の宿をお願いする。
先に風呂を使わせてもらって、上がると、村長の孫だという女性がさっそく食事の用意をしてくれた。
「ルーシーと申します。この度は依頼をお受けくださいましてありがとうございます」
と丁寧に礼をいってくるルーシーという娘に、
「いや。仕事だから気にしないでくれ」
と先ほど村長に言ったのと同じことを言う。
そして、いかにも山間の田舎らしい茸や川魚を使った素朴な料理を美味しくいただいた。
(お。この煮しめ、いいな。どこかほっとする味だ)
と思いつつ、田舎飯を堪能する。
しかし同時に、
(こんな田舎飯でもこの村では精一杯のもてなしなのかもしれんな…)
と思うと、少し胸が痛んだ。
翌朝。
村長と孫娘のルーシーに見送られてさっそく森に入る。
私は、
(なにか嫌な予感がする)
と考えながら、気を引き締めて森の中を歩いていった。
予め聞いておいた目撃の多い方へ向かって迷わず進んで行く。
やがて日暮れが近づいてきた頃、
「にゃ」(おるぞ)
とチェルシーが魔物の接近を教えてくれた。
(こんな近くに…)
と思いつつ、気を引き締めて辺りの気配を探る。
だが気配が薄い。
(…猫?いや、フクロウか?)
と思いながら油断なく剣を構えた。
ふわりと空気が動く。
(ちっ!)
と思って、とりあえず空気が動いた方向へ剣を振った。
一瞬の間があって、後ろでバサバサと音がする。
振り返ってみるとフクロウだった。
(デカいな…)
と翼を広げれば3メートルはあろうかというフクロウの魔物を見て、そんな感想を抱く。
どうやらどこかに剣が当たったらしいが、あまり効いていないような様子で飛び立とうとするフクロウの魔物に向かって瞬間的に魔法を放った。
風の矢がフクロウの翼を貫く。
「ピギャァ!」
と鳴いて地面に落ちたフクロウにもう一度魔法を放ってトドメをさした。
「ありがとう。助かった」
と声を掛けてチェルシーを撫でてやる。
すると、
「にゃ」(ふん。しっかりせい)
という少し不機嫌を装ったような返事が返ってきた。
(ツンデレだな)
と心の中で苦笑いをしながら魔石を拾う。
そして、
(こういうヤツはもう少しダンジョンの奥の方ででくわすはずだが…)
と、ますますこの状況に疑念を抱きながらも魔石を背嚢にしまい、また森の奥を目指して進み始めた。
やや進んだところで日が暮れる。
(今日はこの辺までか…)
と思いつつ、その日は適当な場所を見つけてそこで野営をすることにした。
(だいたい、なんでこんなことになってるんだ?)
と思いつつ、簡単に飯を腹に詰め込む。
その答えはわからないが、おそらく異常があるとすれば森の奥の方だろう。
(とりあえず、目撃の多い地点を重点的に狩れるだけ狩って、あとはいったん立て直しになるな…)
と、そんなことを考えながら、その日は緊張の中で体を休めた。