勇者ケイン、聖女エミリア、戦士オフィーリアの3人と魔王討伐の旅を初めて1年。
各地のダンジョンを回り、自分たちの実力を磨きつつ、魔王の本拠地を探す旅は今日も順調に続いている。
最初こそ緊張もあったが、私も含めた4人に共通している、良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把な性格が功を奏したのだろう、私たちはすぐに打ち解けることができた。
「ねぇ、ケイン。次はどこに向かいましょうか?」
と、私たちの中では比較的しっかり者のエミリアが次の目的地をケインに訊ねる。
おそらく、これから先の計画を立てたいのだろう。
魔王の攻略という大仕事には綿密な計画が必要だ。
その言葉に、ケインは、
「うーん。そうだなぁ…」
と言って、顎に手を当てて考え始めた。
それを見て私が、
「小者を狙って掃討しても構わんが、私たちもそれなりの動きが出来るようになってきた。そろそろ一気に奥まで行って大物を狙ってもいいだろう」
と、一応賢者っぽい感じでアドバイスを送ると、横からオフィーリアが、
「じゃぁさ、ミノタウロスなんてどう?」
と、なんだか楽しそうな顔で言ってきた。
「ほう。一応理由を聞いてもいいか?」
と、なんとなくオフィーリアが言いそうな理由を予想しつつも、一応聞いてみる。
するとオフィーリアは案の定、
「だって、あれ美味しいじゃん!」
と満面の笑みでそう答えた。
「はははっ!いいな、それ」
とケインもその案に笑いながら乗っかる。
エミリアもそんなケインを見て嬉しそうにニコニコとしているから、おそらく反対はしていないのだろう。
そう感じて私は、
「じゃぁ、次は牛肉祭りだな」
と高らかに宣言して、次の目標が決まった。
さっそくミノタウロスがいそうなダンジョンへ向けて出発する。
街道を行く馬車に揺られながら、オフィーリアが、
「やっぱり牛丼かなぁ…」
とつぶやいた。
その言葉を聞いて私の頭の中にオレンジ色の看板が浮かぶ。
しかし、そこで勇者ケインが、
「なんか、赤と黄色の看板が浮かんできた…」
とつぶやいた。
どうやら、私とケインの間には埋めがたい溝があるらしい。
「なんですの?それ?」
と聞くエミリアにケインが、あの店はアレンジ系が充実しているんだと言うようなことを力説している。
私はそんな話を笑顔で聞きつつも、
(王道にはかなわんのだよ…)
と心の中でなんだか悪役っぽいセリフをつぶやいた。
やがてダンジョン近くの村に着き、まずは村長宅を訪ねて村の様子を聞く。
こういうことも勇者パーティーにとっては重要な仕事だ。
魔物に苦しむ村人にとっての希望である勇者が、村にやって来て困りごとを聞いてくれた。
たったそれだけのことでも、村人の心はいくぶんか救われる。
そのことを全員がよくわかっているから、みんな真剣に村長たちの話を聞き、これからも大変だろうがともに頑張ろうと励ましの声を掛けた。
次に準備を整える。
と言っても冒険の準備はすでに出来ているようなものだ。
野営中の食料を少し買い足すくらいで準備は簡単に終わった。
そして、いよいよ冒険に出発する。
私たちは、昨日聞いた村長の話を胸にしっかりと刻みながら、緊張感を持ってダンジョンの中へと足を踏み入れた。
ダンジョンを進むこと2日。
重たい空気の中を進んで行く。
おそらくそろそろ何か出る頃だ。
そう感じた私は、適度に開けた場所に出たところで、
「小休止にしよう」
と提案した。
水を飲み、行動食をかじりながら、ぼんやりと最近の状況について考えてみる。
魔王が復活して以来、ダンジョンの比較的浅い場所でも魔物がわんさかと出てくるようになった。
(まったく。難儀なもんだ…)
と思って、そっとため息を吐く。
おそらく冒険者としての経験が長いオフィーリアも同じように思っているのだろう。
いかにも辟易とした表情で私に向かって、
「魔王ってなんで復活してきたんだろうね…」
と言って苦笑いを浮かべた。
「まったく。迷惑な話だ」
とこちらも苦笑いで応えながら、先を目指す。
すると、その時は突然やって来た。
「ブモォォ!」
という声がしてドシドシといくつかの足音が近づいてくる。
「来たよ!」
と言ってオフィーリアが盾を構え前に出た。
私も杖を構え魔力を練る。
すると、エミリアが聖魔法の詠唱に入り、ケインがそれを守るような位置について剣を抜いた。
やがて、大きな影が4つ突進してくる。
オフィーリアがさらに前に出て、囮役を買って出た。
私はそれを援護するように、風の矢を連続で打ち込む。
(よし。足止めは成功だ)
と思った次の瞬間、後ろから、
「ブモォォ!」
とミノタウロスが苦しみの声を上げる。
その隙に私はさらに魔法を撃ちこみ、1匹仕留める。
(よし)
と思ったところで、ケインが前に突っ込んできた。
私はすかさず退いてエミリアを守る位置につく。
ここからはケインとオフィーリアが前衛で私が後衛だ。
エミリアもすかさず次の詠唱に入っていた。
オフィーリアの盾がミノタウロスのこぶしを受け止める。
やや押されただろうか。
しかし、そこへケインが突っ込み、ミノタウロスの腹の辺りをすかさず斬り払った。
私は残りの2匹を足止めすべく魔法を放ち続ける。
やがて、劣勢になったミノタウロスがデタラメにこぶしを振り回すようになってきた。
(勝ったな)
と思いつつも気を引き締めて状況を見守った。
またオフィーリアがミノタウロスの攻撃を食い止める。
勇者はどうやらもう1匹の相手をしているようだ。
(ちっ。首は狙いにくいな)
と、そう思って、私はまずオフィーリアが動きを止めてくれた方に向かって風の刃を放ちその脚を断ち斬った。
「ブモォォ!」
と声を上げて、その1匹が倒れ込む。
そこへすかさずオフィーリアがメイスを叩き込み、その1匹は沈黙した。
私はさらに最後の1匹に向けて牽制の風の矢を放つ。
顔の辺りを魔法がかすめ、ミノタウロスが一瞬ひるんだ。
その隙にケインが私と同じように脚を斬り払い、まずはミノタウロスを地面に突っ伏させる。
そして、最後に、剣を首筋に突き刺すと、そこで勝負は終わった。
「おつかれ」
とエミリアに声を掛ける。
前方ではオフィーリアとケインがハイタッチを交わしていた。
私とエミリアも軽く手を合わせる。
やがて戻ってきたケインやオフィーリアともハイタッチを交わし、さっそく肉を剥ぎ取りにかかった。
「今回はモモか首筋にしよう。そっちの方が赤身でうま味が強い」
という私の提案でさっそく解体用のナイフを入れていく。
最初は解体に苦戦していたケインだが最近ではずいぶんと上手くなった。
お嬢様育ちだというエミリアもずいぶんとこの光景を見慣れてきたようだ。
最初の頃、眉をしかめて気持ち悪そうにしていたのが嘘だったかのように、今では平然としている。
やがて、全員が持てるだけの肉を取り終えると、私たちは私たちの帰りを心待ちにしてくれているであろう村人のことを思って帰路に就いた。
魔物の肉は普通の肉よりも日持ちする。
しかし、新鮮な方が美味いのに変わりはない。
私たちは、
「村長、大鍋があるって言ってたよね?」
「ええ。みんなでたくさん食べられるわよ」
「ふっ。ああいう料理は大鍋で作ると美味いから楽しみだ」
「はっはっは。帰ったら牛丼祭りだ!」
という会話を交わしながら、意気揚々と村を目指した。
村に帰りとりあえずミノタウロスを討伐したことを村長に報告する。
これで村の危機が去ったわけではないが、村人の心に希望の光が少しは差し込んだだろう。
私たちはそのことをほんの少し誇りに思いつつ、さっそく村長に牛丼祭りの準備を頼んだ。
私が肉やタマネギをせっせと切っていく。
それをエミリアが煮込み、味をつけていった。
ケインは大人たちに囲まれ、オフィーリアは子供達に囲まれている。
みんなの笑顔が輝き、魔物の脅威に打ち震えていた村にひと時とはいえ笑顔が戻った。
私たちの旅はこれからも続く。
私はこの先の旅先でもこんな笑顔の花が咲くことを心から祈って、みんなと一緒に牛丼をかき込んだ。