「剣術は得意じゃないんだから、手加減してくれよ」
という私に、
「こっちこそ最近実戦から離れてるんだ。手加減してくれ」
とケインが言って、木剣を構える。
一瞬の懐かしさの後、すぐに緊張感が私の心を支配した。
(なにが実戦から離れてるだ…)
と、相変わらず化け物じみた魔力と隙の無い構えで私の正面に立つケインを見つめる。
一瞬のような永遠のようなじりじりとした時間が過ぎ、私の方が先に焦れてしまった。
(あ…)
と思うがもう遅い。
私が突っ込み過ぎたその隙にケインの木剣が異常な速さで入ってきたのを、なんとか受け止めて飛び退さる。
(なんつー殺気だよ…)
と肝を冷やしつつ、再度構えて今度こそ集中してケインを見据えた。
集中して魔力を練る。
体中に魔力を回し、身体強化を発動した。
ケインの目つきが変わる。
どうやらあちらも本気になったらしい。
お互いがお互いの隙を探してまたじりじりとした時間が過ぎていった。
何かの刹那。
私とケインが同時に動く。
私は上手く合わせたつもりだったが、私の木剣はものの見事に巻き上げられ、弾き飛ばされてしまった。
「…ふぅ」
と息を吐いて、ケインに右手を差し出す。
その手をケインが握って、1戦目は終了した。
「いやぁ、相変わらず2人ともすごいね」
とオフィーリアが呑気な感想を述べる。
「おい。次はお前だぞ」
とオフィーリアに言うと、
「あはは。敵を討ってきてあげるよ」
と苦笑いを浮かべて、木製の盾とメイスを持ったオフィーリアがケインの前に進み出た。
「よろしくね」
と言ってオフィーリアが無造作に構える。
いや、無造作に見えて一切隙がない。
ケインもそれがわかっているのだろう。
私の時同様、集中して構え、じりじりとした時間が過ぎていった。
やがてケインが連続して動き、それをオフィーリアがなんとかはじくという展開が続き、またケインがオフィーリアのメイスを弾き飛ばしたところで勝負が決まる。
「あはは。相変わらずだね」
というオフィーリアとケインが握手をすると、2戦目が終わった。
「少し休憩にしましょう」
というエミリアの声でメイドが持ってきてくれたタオルを受け取りケインが汗を拭く。
私とオフィーリアもタオルと水をもらいひと息吐いた。
「父さんすごいね!」
と言って尊敬の眼差しを向けるユリウスとその瞳に照れたような誇らしいような表情を浮かべるケインを微笑ましい気持ちで眺める。
そして、
「よし。じゃぁ、次はもっと頑張るからしっかり見てるんだぞ」
と言って、さらにやる気を見せるケインに苦笑いを浮かべると、
「おいおい。手加減はしてくれよ」
と声を掛けて、再び手合わせをするために、稽古場の中央に進み出た。
2戦目も私たちが負けたところで昼食になる。
父親の勇士を見てまだ興奮気味のユリウスも含め、子供達も一緒に食卓を囲んだ。
すっかりチェルシーの虜になったクレアが、
「はい。ちーちゃんどうぞ」
と言って、自分の肉をチェルシーに食べさせてあげている。
「にゃ」(うむ。お前は良く出来た娘だ)
とご満悦で、餌付けされているチェルシーを微笑ましく思いながら、私もさすが転生勇者の食卓らしいミックスフライ定食を満喫させてもらった。
(さすが子爵家というか勇者家の料理人ともなると腕がいいな…)
と、絶妙な揚げ加減のヒレカツの味を思い出しながらリビングでまったりとお茶をすすらせてもらう。
子供たちはまだ幼いルークを除いてこれから家庭教師の時間らしく泣く泣く自室へと戻っていった。
「すまんな」
と本当に泣きながら連れて行かれたクレアのことをケインが苦笑いで謝って来る。
「いや、構わんさ」
と言いつつ、
(まぁ、中身はともかく見た目はこの可愛さだ。離れたくないという気持ちはわからんでもないな…)
と、そのクレアを泣かせた張本人のチェルシーを苦笑いで撫でてやった。
「うちでも猫が飼えればなぁ…」
と、このあとクレアから猛烈なおねだりが来ることを予想したようなケインのため息に、
「犬ならどうだ?勇者なんだからグレートウルフあたりが懐くかもしれんぞ?」
と冗談で助言を与える。
するとケインも困ったような顔で、
「はは…。今度ギルドにでも依頼を出しとくよ」
と冗談を返してきた。
「それはともかく。しばらくゆっくりしていけるんだろ?」
と話題を変えるケインに、
「ああ、できれば2、3日ゆっくりさせてもらえると助かるが」
と気軽に答える。
「ああ。俺は仕事があるが、エミリアは喜ぶだろう。2、3日と言わずゆっくりしていってくれ」
と言ってくれるケインに軽く礼を言い、私とオフィーリアはしばらくの間ケインの家に逗留させてもらうことになった。
それから数日はゆったりとした日々を過ごす。
どうやら貴族連中から面会の要請があったようだが、ケインが上手く断ってくれたらしい。
(いつも苦労を掛けてすまんな…)
と心の中で謝りつつ、私はタダで逗留させてもらうのもなんだからと言って軽く子供達の勉強を見てやった。
穏やかな日々が過ぎて行く。
そんなある日の晩、ケインから酒に誘われた。
高級そうな調度品に囲まれながらもあの頃と同じ安酒を飲みながら、ケインと話をする。
最初は思い出話だったが、ふとケインが、
「子供達を見てどう思う?」
と聞いてきた。
(すっかり人の親になったな)
と心の中で密かに微笑みつつも、
「ルークは素直ないい子というくらいしかわらかんが、ユリウスもクレアも優秀だ。特にユリウスはおそらく頭ひとつ抜けてるだろう」
と正直な所を告げる。
すると、ケインは嬉しそうな顔になりながらも、
「ユリウスは剣術が苦手らしい」
と苦笑いでそう言った。
「なんだ?お前はユリウスを剣術家にでもしたいのか?」
と聞くとケインは首を振り、
「いや。俺はこのまま真っすぐ自分の好きなことをやってくれればそれでいいと思っている。しかし、自分で言うのもなんだが、私という存在の大きさを気にしているらしくてな…」
と悩ましげな表情になる。
私は、
(なるほど)
と思いつつ、
(さて、どう伝えたものか)
と考えた。
魔王のいないこれからの時代は武よりも文が求められる。
幸いユリウスにはその素養があるんだから、それを素直に伸ばしてやればいい。
しかし、勇者という圧倒的な武力と転生者という桁外れの知識量を持つ父を目の前で見てユリウスは自分の無力さを感じてしまっているのだろう。
その重圧の大きさたるや、人の親になったことのない私でもそれは容易に想像できた。
私はとりあえず、
「なるようになるさ」
と気軽に答える。
するとケインは苦笑いをして、酒をひと口飲んだ。
おそらく私の答えに失望したのだろう。
だが私はさらに続けて、
「自分の悩みを子供にちゃんと打ち明けてみろ。賢者の私に賢者の悩みがあるように、勇者のお前にも勇者の悩みがあるはずだ。人は誰しも悩みの中で生きている。それぞれの悩みの中でそれにどう立ち向かってきたのか。これからどう立ち向かっていこうとしているのか。ちゃんと話すんだ。変に恰好つけるな。正直に自分の全部をさらけ出して全力で子供に向き合え。そうすれば、そのうちなるようになるさ」
と言い、ケインに真剣な眼差しを向ける。
すると、ケインは驚いたような顔で、
「…さすがは賢者様だな」
と感心したようにつぶやいた。
「やめろ、柄じゃない」
と言って、安酒をひと口やる。
すると、ケインも、
「はは…。そうだな」
と笑ってあの頃と同じ苦い安酒をひと口やった。
懐から吸うとスースーするシッカパイプを出してひと口吸う。
安酒の刺激が残った口の中になんとも言えない清涼感が広がって、まるであの頃が蘇ってきたような感覚になった。
おっさん2人の夜が静かに更けていく。
その後も、ぽつぽつと昔の話をし、あの頃と同じ安酒の味を心ゆくまで堪能した。
翌日。
朝食の席で、
「そろそろお暇しようと思っている」
と告げる。
その言葉に、
「そうだね。ずいぶんゆっくりさせてもらったし、アタシもそろそろ冒険者稼業に戻ろうかな」
とオフィーリアも続いた。
「そんな…」
とエミリアは悲しそうな顔になるが、ケインは落ち着いた声で、
「そうか…」
と、やや重々しくそう言った。
冒険者は冒険をしないと生きていけないある意味残念な生き物だ。
その残念な習性を抑え込むことは本人以外誰にもできない。
ケインはそれをわかっているからこそ、あえて引き留めるようなことは言わなかったんだろう。
結局私はまた面倒事をケインに押し付けて、勝手気ままな道に戻ろうとしている。
私はそんなわがままを許してくれた友に、心の中ですまんとひと言謝った。
その後、手早く荷物をまとめ、玄関先で別れの挨拶をする。
私とケインは、
「またいつでも遊びにきてくれ」
「ああ、気が向いたらな」
と冗談を言いながら握手を交わした。
エミリアとも別れの挨拶を交わす。
オフィーリアも同じように別れの挨拶を済ませて握手を交わした。
次に、チェルシーと別れなければならないとわかって泣きじゃくるクレアにもひと言声を掛ける。
私は少し困った顔をしながら、
「またすぐに遊びにくるさ」
と大人のひと言を言って軽く頭を撫でてあげた。
「にゃぁ」(達者でおれよ)
とチェルシーも別れの言葉を告げる。
「すぐよ。ぜったいよ」
とまるで幼児に戻ったような語彙で言ってくるクレアと指切りをする。
私はその守れるかどうかわからない約束にほんの少しの後ろめたさを感じつつも、馬車に乗り込んだ。
動き出す馬車の窓から後を振り返ると、みんなが手を振っている。
私は軽く、オフィーリアは全力でみんなに手を振り返していると、やがてみんなの姿は見えなくなった。
「寂しいね」
とオフィーリアがつぶやく。
私はそれに、
「ああ。でも楽しかったな」
とつぶやき返した。
「うん。そうだね」
とオフィーリアが少し困ったような顔で笑う。
私はその笑顔にこちらも少し困ったような笑顔で応えた。