翌日。
扉を叩かれる音で目を覚ます。
ほんの少し痛む頭ともたれた胃をさすりながら対応に出ると、そこには執事らしき人物が立っていた。
「朝から申し訳ございません。私勇者ケイン様に仕えております、執事のセバスチャンと申します。賢者ジークフリート様。主人の命によりお迎えに上がりました」
と言うその人物の言葉を聞いて、
(おいおい。もう来たのか…)
と少し苦笑いを浮かべてしまう。
そして、私はその執事に向かって、
「わざわざすまんな。支度をするから下のロビーで待っていてくれ」
と告げると急いで荷物をまとめ始めた。
ややあって、下の階のロビーに降りると、オフィーリアはすでにいて、執事と何やら歓談していた。
「すまん、待たせたな」
と言って、さっそく迎えの馬車に乗り込む。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、
(…やはりもう無茶ができる歳じゃないな…)
と苦笑いを浮かべているうちに、馬車はなにやら豪華な屋敷の中に入っていった。
やがて、馬車が止まり、外から扉が開けられる。
軽く礼を言いながら馬車を降り、メイドが開けてくれた玄関の扉をくぐるといきなり、
「ジーク!オフィーリア!」
という大きな声がして、勇者ケインに出迎えられた。
「久しぶりだな」
「ああ、久しぶりだ。2人とも元気だったか?」
「うん。相変わらず元気に冒険者やってるよ」
と言いながら、固い握手を交わす。
(なんだかすっかり貴族様だな…)
とその立派になった姿を感慨深く見ていると、その後ろから、
「うふふ。久しぶりね。ジーク、オフィーリア」
と言う声がして、3人の子を連れたエミリアがやって来た。
「おお、3人も生まれたのか」
と感動の言葉を漏らしつつ、
「久しぶりだな」
と言ってエミリアとも握手を交わす。
「あはは。すっかりお母さんだね」
と言ってオフィーリアも握手を交わすと、エミリアが、
「さぁ、自己紹介なさい」
と言って、子供達に自己紹介するように促した。
まず初めに、
「初めまして。賢者様、戦士様。ユリウス・クルセイドです」
と一番大きな男の子がわりとしっかりした挨拶をしてくる。
次にその子よりやや小さい女の子が、
「クレア・クルセイドです。よろしくお願いします」
とやや拙い言葉ではにかみながらも、そう自己紹介をしてくれた。
そして、エミリアが、
「ほら、ルークちゃんもお名前言えるかな?」
と、まだよちよち歩きの子に自己紹介を促がす。
しかし、その子は恥ずかしいのかエミリアの足にしがみつき、スカートに顔を埋めてしまった。
「はっはっは。いきなり押しかけて怖い思いをさせてしまったかな?」
と私がエミリアに笑いながら言うと、エミリアは、
「うふふ。この子ったら人見知りなのよ」
と言って、そのルークと紹介された子の頭を優しく撫でてあげた。
私はそんな光景を微笑ましく見つつ、先に自己紹介してくれた子、ユリウスとクレアに向かって、
「はじめまして。私はジーク。突然おしかけてきてすまんな」
と言って軽く頭を撫でてやる。
続いて、オフィーリアも、
「オフィーリアだよ。よろしくね」
と言って、2人の頭を軽く撫でてやった。
ユリウスとクレアが少し恥ずかしそうにはにかむ。
私がその様子になんとも言えない微笑ましさを感じていると、ケインが、
「立ち話もなんだ。お茶の用意をしてあるからそっちでゆっくり話そう。ああ、朝食は済ませたか?」
と聞いてきた。
「ああ。実はまだなんだ」
と正直に答えると、ケインは、
「ははは。それはすまなかった。どうも気が急いてしまって、朝一番で行くように言ってしまった」
と笑いながら言い、
「セバスチャン。すまんが朝食を用意してやってくれ。ああ、オフィーリアはよく食べるから大盛りで頼むよ」
と執事に言付けて、私たちはさっそくケインの案内で屋敷の中へと入っていった。
貴族の屋敷らしい豪華な廊下を進み、食堂に入る。
私はその光景を見て、
「ははは。すっかりお貴族様だな」
とからかうと、ケインはなんとも言えない苦笑いで、
「ああ。ただの靴屋の倅が、今じゃすっかり子爵様さ」
と自嘲気味に笑った。
きっとケインは苦労しているのだろう。
人付き合いのわずらわしさはどこの世界でも変わらないはずだ。
私はそんなことを思い、あえて、
「はっはっは。それを言うなら私も荒物屋の次男が今や賢者様だ」
と豪快に笑う。
すると、ケインは少しほっとしたような表情で、
「相変わらずだな」
と言って呆れたような笑顔を見せてくれた。
「うふふ。なんだか懐かしいわね。この空気」
と、エミリアがあの頃となんら変わらない柔らかな表情で微笑む。
私もその表情を見て、なんとも懐かしい気持ちになった。
そんな和やかな空気の中、
「あはは。あとで久しぶりに手合わせでもしちゃう?」
とオフィーリアが笑顔で提案してくる。
「お。いいな」
と私が賛同すると、ケインが、
「はっはっは。よし、いっちょやるか」
と言って、昔のように快活に笑った。
食堂に入り、お茶を飲みながら、懐かしい話に花を咲かせる。
「覚えてるか?初めてサイクロプスを見た時のこと。あの時のエミリアのビビった顔と慌て様は今でも忘れられんよ」
と私が笑いながら言うと、
「もう、ジークったら…。でもしょうがないでしょ?だって、本当に気味が悪かったんですもの」
とエミリアが恥ずかしそうに笑った。
オフィーリアも、
「あはは。あれは傑作だったね。サイクロプスを一発で『しおしお』にしちゃう聖魔法なんてあの時初めて見たよ」
と続けてからかう。
その言葉に、エミリアはますます照れて、
「もう、オフィーリアまで…」
と言ってうつむいてしまった。
「はっはっは。あんまりからかわんでやってくれ」
とケインが笑いながら言うと、みんなで一斉に笑った。
懐かしい話が続き、食卓に笑顔がこぼれる。
その様子はまるで、あの頃の居酒屋の一角のようだと感じた。
そこへ、
「にゃぁ!」(おい。飯はまだか!)
とチェルシーの怒りの声が響く。
私はやや慌てて、
「ああ。すまん。あの時の猫だ。どうやら腹が減っているらしい」
と苦笑いで言うと、ケインが、
「おお。あの時のおチビちゃんか。たしかチェルシーだったな」
と懐かしそうな顔で抱っこ紐から不機嫌そうな顔をのぞかせているチェルシーを微笑ましそうに見つめた。
「うふふ。チェルシーちゃんもお久しぶりね」
とエミリアも笑いかける。
しかし、チェルシーは、
「にゃっ」(ふんっ)
とそっぽを向いてしまった。
「あらあら。嫌われちゃったのかしら…」
とシュンとするエミリアを、
「ああ、気にするな。腹が減って不機嫌なだけだと思うぞ」
と、さりげなく慰め、
「こら、これからご飯をもらう人には礼儀正しくしないとだめだぞ」
と言ってチェルシーを軽く撫でてやる。
するとチェルシーは、いかにも面倒くさそうに、
「にゃぁ」
と鳴いて、エミリアとケインに挨拶のようなものをした。
「あら。とってもお利口さんなのね」
とエミリアが微笑む。
ケインも笑いながら、
「さすがだな。よく躾けてるじゃないか」
と言うが、チェルシーは、
「にゃっ!」(躾とはなんじゃ!)
と抗議の声を上げた。
「ははは…」
と苦笑いでチェルシーを撫でて宥める。
やがて、たっぷりのパンに野菜や肉、卵なんかの豪華な朝食がやって来ると、二日酔い気味の私はスープをゆっくりとすすり、チェルシーは元気にソーセージや目玉焼きにかじりついた。
朝食も終わり、今日は休みを取ったというケインやその子供たちとリビングで戯れる。
当然、チェルシーは大人気で特に長女のクレアは、キラキラとした目で楽しそうにチェルシーを撫でていた。
そんな幸せそうな光景、ずいぶんほっこりとした気持ちになる。
(私もこんな風来坊生活ではなく家族を持つという選択をしていたら、こんな日常があったのだろうか?)
という思いも湧いてきたが、
(いや、私には無理だな。所詮、風来坊は風来坊のままだ)
と思って、心の中でやや自嘲気味に笑った。
そんな私に、
「さて、そろそろどうだ?」
とケインが声を掛けてくる。
私は一瞬「?」と思ったが、すぐに手合わせのことだと思い出すと、
「ああ。そうだな」
と言って立ち上がった。
「お。やっとだね」
と言ってオフィーリアも立ち上がる。
「うふふ。ケガしないように気を付けてね」
とエミリアが笑い、私たちは稽古場があるという裏庭へと移動した。