楽しい野営を繰り返し、進むこと2日目。
「にゃ」(近いぞ)
というチェルシーの声で周囲に目をやる。
先程から空気が重たいからそろそろだろうとは思っていたが、確かに良く見ると何かの痕跡があるのが分かった。
「おい。なんだと思う?」
とオフィーリアに聞いてみる。
すると、オフィーリアはその痕跡を見て、
「あちゃー…。ウサギだね」
と少しげんなりした感じでそう言った。
ウサギの魔物は実態の無い魔物で、強い相手ではない。
大きさは普通のウサギを二回りほど大きくした程度で、額から角が生えている。
すばしっこいから魔法で狙いにくいし、数が多いから次々に倒していかなければいけない。
つまり、それらを総合すると、
安い。
食えない。
面倒くさい。
の3拍子がそろっているのがウサギの魔物ということが言えた。
「ついてないな…」
と、思わず本音を漏らす。
オフィーリアも、
「…だね」
と言って苦笑いをした。
「まぁ、しょうがない。やるか」
と言って、オフィーリアに苦笑い交じりの視線を向ける。
すると、オフィーリアも、
「うん。こういうお掃除も冒険者の役目だからね」
と言って、うなずいてくれた。
さっさとその痕跡を追っていく。
やがて森が切れ、ちょっとした丘陵地帯に出た。
「意外と広いな…」
「そうだね。ちょっと動き回ることになるかな?」
と言って2人でその丘陵地帯に踏み込んで行き、適当な場所で荷物を降ろす。
私はどうしたものか迷ったが、
「にゃ」(昼寝しておるでのう)
というチェルシーのある意味呑気な、ある意味私を信頼してくれているようなひと言を聞き、
「じゃぁ、ちょっと荷物番を頼むぞ」
と言うと、抱っこ紐ごとチェルシーをその場に置いて、さらに丘陵地帯の中心部へと進んで行った。
中央付近まで来ると、辺りで気配がざわめきだす。
私がつい、
「…はぁ」
とため息を吐いてしまうと、まるでそれを合図にしたかのように辺りにある巣穴らしき所から次々にウサギの魔物が姿を現してきた。
「行くよ!」
とオフィーリアから声がかかる。
私はその声に間髪入れず、
「おう!」
と気合を入れなおすように答えると、剣を構えてオフィーリアの背後に回った。
互いに背中を預け合う。
そして、どこかから、
「ピギャ!」
という鳴き声がかかると、いっきにウサギたちが突っ込んできた。
軽い防御魔法で突進を防ぎつつ、斬る。
ウサギたちはまるで飛んで火にいる夏の虫のように次から次へと突っ込んできた。
(やってられんな)
と思いつつ、魔法を放つ。
1、2匹は仕留めたようだが、他のウサギたちには避けられてしまった。
(やっぱり魔法は効率が悪いか…)
と諦めて再び剣を振る。
どのくらいそうしていただろうか、やがてウサギの数がある程度減って来たところで、
「次、行くよ!」
とオフィーリアから声が掛けられた。
「おう!」
と答えて走る。
そして、またウサギが突っ込んでくると、先ほどまでと同じように斬り捨てていった。
それを2度ほど繰り返したところで、周囲からウサギの姿が消えた。
「…終わったか」
「そうみたいだね…」
と言って、ようやく構えを解く。
私が剣を納めながら、
「さて、魔石でも拾うか」
と言うと、
「うん。お小遣稼ぎだね」
とオフィーリアも冗談を言って、私たちはせっせと魔石を拾い集め始めた。
せっせと魔石を拾い集めて荷物を置いた場所に戻る。
結局、魔石は100ほど集まったようだ。
「ふにゃぁ…」(案外遅かったのう…)
と、あくびをしながら言うチェルシーを苦笑いで撫で、
「さて。ちょうどいい時間だし、さくっと昼にするか」
と言って、私はさっそく調理に取り掛かった。
パンにチーズを挟んで軽く焼く。
それにインスタントスープを付けただけの昼食はあっと言う間に完成した。
「んにゃぁ…」(夜はちゃんと作れよ…)
とやや不満げなチェルシーを軽く撫でてやりながら、手早く昼食を済ませた。
また、森の中を歩く。
どうやら、コカトリスが良く出るという地点はそう遠くないらしい。
しかし、あいつらも時々群れているから、出来れば夜戦は控えたいと思って、その日はその地点の手前辺りで野営にすることにした。
昼間出されたチェルシーの要望に応えて割としっかりとしたものを作る。
ニンニク、鷹の爪を油でいためたあと、ドライトマトとタマネギを炒めて少しピリ辛にしたソースを大ぶりのソーセージを挟んだパンにかけ、チリドッグ的なものを作った。
「やっぱりジークの料理は美味しいね」
と言って美味しそうに食べるオフィーリアと、
「にゃ!」(いつもこのくらいのものを作れ!)
と上から目線で言いつつ美味しそうにはぐはぐするチェルシーの様子にほっとしつつ、私もひと口頬張る。
大ぶりで歯ごたえのいいソーセージからあふれ出てくる肉汁とピリ辛のソースが良く合って、我ながら美味いと思った。
そんな夕食が終わり、休息に入る。
冒険者生活も長いと、半分寝て半分起きているというような中途半端な状態を作れるようになるから不思議なものだ。
私もオフィーリアもそんな感じで魔物溢れるダンジョンの中とは思えないほどゆったりとした状態で体を休めた。
翌朝。
簡単に食事とお茶を済ませると、さっそく目的の地点に向かって歩を進める。
やがて、そろそろという所までくると、急に空気が重たくなった。
「いよいよだね」
「ああ。油断するなよ?」
と、お互いに笑顔で声を掛け合う。
「にゃ!」(焼き鳥!)
とチェルシーが叫んだのと同時に茂みの中から全長1.5メートルほどの鶏っぽいものが、飛び出してきた。
「何匹かいるぞ!」
と声を掛けると、
「おう!」
と答えてオフィーリアがその突進を軽くいなす。
私はその後ろから風の刃を放ち、綺麗に首だけを落とすと、まずは確実に1匹仕留めた。
次の気配を読む。
すると、頭上から、
「コケーッ!」
という鶏よりもややドスの効いた鳴き声がして、コカトリスが襲い掛かって来た。
今度は私が風の矢を放って撃ち落とす。
するとそこへオフィーリアが駆け寄り、メイスで確実に頭を潰してくれた。
また茂みの中から飛び掛かってくるコカトリスをオフィーリアが盾で突き飛ばす。
そこへ私がまた頭を狙って魔法を放つと、そこでいったん気配が消えた。
「…終わったか?」
とつぶやきつつも、構えを解かない。
オフィーリアも同様だ。
何かが引っかかる。
2人ともそんな違和感を持っていた。
すると、私の後方から、
「ゴゲーッ!」
と先ほどよりもかなりドスの効いた声が聞こえてきた。
「来るよ!」
と言ってオフィーリアが盾を構える。
私は狙いを絞って風の矢を放ったが、どうやら少し外してしまったようだ。
また、
「ゴゲーッ!」
と鳴き声がして、なにやら大きなものがこちらに向かってきた。
(特異個体!)
と思った瞬間現れた全長2メートルほどのかなりデカいコカトリスが怒りの形相で突っ込んでくる。
「任せて!」
と言ってオフィーリアが前に出ると、なんなくその突進を止めた。
さらにオフィーリアは、
「ふんっ!」
と気合の言葉を発してそのデカい鶏を突き飛ばす。
ものの見事に吹っ飛ばされた鶏が木に打ち付けられて、
「ゴケ!」
と情けない声を上げたところで、私の魔法がその首に打ち込まれた。
「ふぅ…」
と息を吐きつつ、構えを解く。
こちらを振り返ったオフィーリアに向かって手を掲げると、オフィーリアがその手をパチンと叩いた。
「さて。焼き鳥の準備だな」
と冗談めかして言い、さっそく解体に取り掛かる。
尻尾にロープを結び付け、オフィーリアが持ち前の怪力で器用にコカトリスを宙吊りにすると、私が例の包丁でさくさくと捌いていった。
「すごいね…」
とオフィーリアが感心したような声を上げる。
「ああ、なにせドワイトの遊び心が詰まった逸品だからな」
と笑いながら、答えると、オフィーリアも笑いながら、
「とんだ遊び心だよ」
とおかしそうに笑った。
一番大きなコカトリスを捌き終えると、とんでもない量の肉が取れた。
「どうする?」
と一応、オフィーリアに聞いてみる。
すると、
「これくらいなら余裕で持てるよ」
と予想通りの答えが返ってきた。
「じゃぁ、私も小さいのを1匹分もって帰るか」
と言って、次のコカトリスの解体に取り掛かる。
するとチェルシーが抱っこ紐から顔を出し、
「にぃ…」(焼き鳥…)
と今にもよだれを垂らさんかというような表情でひと言そう言った。
「あはは。猫ちゃんも待ちきれないんだね」
と言ってオフィーリアが笑う。
私も苦笑いを浮かべながら、可愛い相棒のためにせっせと肉を剥ぎ取り始めた。
やがて、順調に剥ぎ取りが終わり肉を切り出す。
とりあえず、大きなコカトリスの胸肉とモモを使ってせっせと適当な木を削って作った串を打っていった。
「まぁ、即席だが焼き鳥になったな」
と言いつつ、さっそくチェルシーの分の焼き鳥を焚火の脇に立てて焼き始める。
じゅーじゅーと美味しそうな音を立てて焼けるのを見ながら、私は自分たちの分のチキンステーキを作り始めた。
(今度から、串を常備しとくか…)
そんなことを考えつつ、じっくりと皮目から焼く。
「たまらない匂いだね」
とオフィーリアが肉が焼ける様子を覗き込むように見てきた。
「ははは。もうちょっと待ってろ」
と言いつつ私も待ちきれないような気持ちで鶏肉を見つめる。
やがて、鶏が焼けると、それぞれの皿に取り分けてさっそく食事を始めた。
「いただきます」の声がそろう。
「うん。美味しいね。普段食べてるコカトリスより美味しいような気がするよ」
とオフィーリアが言うが、おそらく特異個体だったからだろう。
(やはり特異個体は通常の個体より美味いのか…)
となんだか確信を持ちつつ、私もその肉を美味しくいただいた。
みんなに追加の肉を焼き楽しい食事が続く。
その日はダンジョンの中で冒険中とは思えないほど満足のいく食事を取り、和やかなうちに暮れていった。
翌朝からさっそく重たい肉を抱えて帰路に就く。
「これだけ持って帰ったら村のみんなが喜ぶよ」
と嬉しそうに笑顔で語るオフィーリアの満足そうな顔を見ていると、なぜか私の心まで満たされた。
私の胸の中からチェルシーが、
「にゃぁ!」(帰ったら親子丼を作れ!)
とすでに次の要望を告げてくる。
私は、その声に、
「よし、よし」
と言って、そっと撫でることで答えると、まさしく意気揚々と森の中を進んでいった。