その日は、とりあえず宿の食堂でオフィーリアと一緒に飯を食うことにして、宿屋に向かう。
どうやらオフィーリアはこの食堂の常連らしく、
「ここのおやっさんのチャーハンはちょっとしたものだよ。肉がごろごろ入ってるんだ。あと、ギョーザも絶品だから是非食ってみて欲しいね」
と言って、慣れた調子で、
「おやっさん、とりあえずビール。あとチャーハン・ギョーザお願い。アタシはいつもの大盛りで、こっちのお客人には普通盛りね」
と頼み、さっそく席に着いた。
「よく来るのか?」
と聞くと、オフィーリアは、
「ああ。ほとんど毎日だね」
とやや自慢げに答える。
私はそんなオフィーリアに苦笑いを送りながら、
「やっぱり、料理はしないのか?」
と一応聞いてみた。
「あはは。一応、何度か挑戦したんだけどね。黒焦げの謎物体が出来上がっただけだったよ」
と、あっけらかんと答えるオフィーリアに、
「ははは。相変わらずだな」
と言って、私も笑顔を向ける。
私たちは久しぶりにそんな楽しい会話を交わしながらそのなかなかというチャーハンとギョーザを待った。
やがて、
「あいよ。まずはビールね」
という声とともにやって来たビールで乾杯する。
お互いにぐびぐびとビールを流し込むと、ほとんど同時に、
「「ぷはぁ…」」
と息を漏らした。
「ははは。懐かしいね、この感じ」
「ああ、そうだな」
と言い合って、ふと、オフィーリアが目を細める。
「ケインとエミリア。元気かな?」
どこか遠くを見るような目でそう言うオフィーリアに、
「ああ、ちょっと前にとある貴族に会ったが、その時、忙しくしてるって話を聞いたぞ」
とグランフォーゼ伯爵と会った時のことを思い出して、一応元気らしいと伝えてやった。
「ははは。転生勇者ってのも大変だね」
と少し安心したように言うオフィーリアに、
「ああ。つくづく自分じゃなくて良かったと思うよ」
と、まかり間違って転生者っぽいものだとバレたら自分もああいう面倒事に巻き込まれていたかもしれないということを思って心の底からほっとしたような気持ちでそう言った。
そんな話をしているところに、
「あいよ。お待ち」
と言って、店主のおやっさんがチャーハンとギョーザを持って来る。
私は目の前に置かれたチャーハンとギョーザを見て、
(なかなかの量だな)
と思ったが、オフィーリアの方にはその倍はあろうかというどでかいチャーハンと2人前のギョーザが置かれていた。
「ははは…。相変わらずだな」
とややひきつった苦笑いを浮かべる。
「いただきます!」
と言って、さっそく豪快にチャーハンをかき込み始めたオフィーリアの食べっぷりを、
(相変わらず気持ちいい食いっぷりだな…)
と思って見ていると、
「にゃぁ!」(早よう、ギョーザをよこせ!)
という催促の声が私の胸元から聞こえてきた。
「ああ。すまん、すまん」
と言いつつチェルシーを抱っこ紐から出してテーブルの上に座らせてやる。
すると、それを見たオフィーリアが、
「お。元気だったかい子猫ちゃん」
と言って、やや乱暴にチェルシーを撫でた。
「にゃ!」(こら。優しく撫でんか!)
と怒るチェルシーに、オフィーリアが、
「そうか、そうか。元気だったか」
と言って楽しそうに笑い、また豪快に撫でる。
私は、たっぷりとタレを付けたギョーザをチェルシーに取り分けてやりながら、その光景を微笑ましく眺めた。
やがて、チェルシーもオフィーリアに負けないくらいの勢いでギョーザにがっつき、楽しい食事が終わる。
私たちは食後のお茶を飲みながら、なんとなくこれからの話をした。
「さて。どうする?」
「ああ。アタシはいつでも構わないよ」
「そうか。じゃぁ、明後日出発でどうだ?」
「わかった」
と冒険の予定は簡単に決まる。
すると、オフィーリアが、
「ねぇ。そのあとケインとエミリアに会いにいかない?」
と、提案してきた。
「お。いいな」
と私は一も二も無く賛成する。
おそらくオフィーリアはケインとエミリアの名前が出て来て、あの頃を懐かしむ気持ちが大きくなったのだろ。
かく言う私もそうだと思いつつ、
「よし、じゃぁ決まりだね」
と嬉しそうにニカッとした笑顔を浮かべるオフィーリアと握手を交わして、その日はそこでいったん解散となった。
部屋に戻り、ベッドに横になる。
(ちょっと量が多かったな…)
と思って腹をさすっていると、
「にゃぁ…」(おい。さっき言ってたケインとエミリアというのは、もしかして勇者と聖女か?)
とチェルシーがやや不安そうな声でそう言ってきた。
「ん?ああ、そうだな。ああ、心配いらんぞ。まずバレん。というか仮にこの猫には魔王の魂が乗り移っていると言ったところで誰も信じないさ」
と軽く言って、チェルシーを安心させるように撫でてやる。
「にゃ」(ふん。ちゃんと責任持って我を守れよ)
と少し不貞腐れた感じでそういう言うチェルシーに、
「ああ。任せておけ」
と声を掛け、もう一度優しく撫でてやった。
翌日。
オフィーリアと一緒に食料を調達したりして準備を整える。
準備と言っても簡単な物だ。
荷物をまとめるだけでいい。
そんな簡単な準備を終え、その日もオフィーリアと一緒に酢豚定食を食うと、翌日、さっそく私たちはトルネ村を後にした。
「いやぁ、久しぶりのパーティー戦ってのはワクワクするね」
というオフィーリアに、
「最近はどんな冒険をしてたんだ?」
と、なんとなく聞いてみる。
するとオフィーリアは苦笑いを浮かべながら、
「うーん。ここ最近はこれから行くダンジョンが中心かな?時々旅にも出るけど、あの魔王討伐と比べたら軽く運動する程度のものだよ」
と少し寂しそうにそう言った。
「まぁ、そうだな。あれはある意味楽しかったからな」
と私もあの当時を思い出しながら、オフィーリアに同意する。
たしかに、あの冒険は大変だったが刺激的な毎日だった。
「うん。一応、今も毎日楽しいんだけどさ。なんだかたまに物足りなさも感じちゃうんだよね」
とまた苦笑いを浮かべるオフィーリアに、
「気持ちはわかる。まぁ、私は知っての通りのんびり屋だから、楽なら楽に越したことはないと思っているがな」
と私も苦笑いで答えると、オフィーリアは、
「そうだね。楽なら楽に越したことはないのかもしれないね」
と、いつもの調子を取り戻したような感じで笑った。
旅は順調に進み、ダンジョンの入り口に到着する。
そこで簡単に準備を整えると、私たちはさっそく森の奥を目指し、歩を進めた。
「さて。なにが出るかな?」
と森に入った瞬間生き生きとして進み始めたオフィーリアに、
「楽なら楽なのに越したことはないんだがな」
と苦笑いで答える。
「えー。どうせならちょっと手応えが欲しいよ」
とオフィーリアは言うが、
(おいおい。この2人で手応えっていったら、それこそミノタウロスかサイクロプスくらいの化け物相手になっちまうぞ?)
と思いつつ、せっかく楽しそうなオフィーリアの気持ちに水を差し過ぎないように、
「トカゲか鶏なんてどうだ?」
と、ジャイアントリザードかコカトリス程度の獲物で満足してもらえないかと伝えてみた。
「うーん。じゃぁ、鶏かな?せっかくなら美味しい方がいいじゃん?」
と呑気にいうオフィーリアの言葉に、
「にゃ!」(焼き鳥じゃ。焼き鳥を所望するぞ!)
とチェルシーが反応する。
そんな呑気な声にオフィーリアが、
「おや。猫ちゃんも鶏がいいのかい?」
と微笑みながらそう言って、私たちは順調に森の中を歩いて行った。
やがて、日が暮れる時間。
さっそく野営にする。
ここまでは順調だ。
この森に慣れたオフィーリアの話ではコカトリスなら2日も歩けば出くわすらしい。
「この森って意外と鶏が多いんだよ」
というオフィーリアの言葉に、
(この間はそんな気配全く無かったが…)
と思い、
「そうなのか、この間入った時はまったく見かけなかったが…」
と聞くと、
「ああ。場所が違うんだと思うよ。ミノタウロスが出る辺りに鶏は近づかないからね」
と、いかにもこの森の常連らしい答えを返してきてくれた。
その答えになるほどと思いながら、ピラフを炊く。
そのうちいい匂いが辺りに漂い始めたところで鍋を火からおろし蒸らしにかかった。
「いやぁ、相変わらず美味しそうだね」
とオフィーリアが鼻をくんくんさせながら、そう言う。
「ははは。エミリアほどじゃないかもしれんが、ケインよりはマシだろうな」
と、また昔のことを思い出しながらそう言うと、
「あはは。そうだね。ケインの料理は雑だからね」
と言ってオフィーリアも懐かしそうな顔で笑った。
「さぁ。そろそろいいぞ」
と言って、オフィーリアにやや大盛のピラフを渡す。
「いただきます!」
と言ってオフィーリアはさっそくがっつき始め、
「にゃぁ」(おい。我にもよこせ)
と催促してくるチェルシーにも小盛りのピラフをよそってあげた。
私もさっそく普通盛りのピラフを食う。
久しぶりに仲間と食う普通のピラフはなぜだか楽しげな味がした。