翌日からは本当に遊んで過ごす。
芝居見物に出店の冷やかし、屋台でジャンクフードも食ったし、公園で昼寝もした。
久しぶりに楽しい日々を過ごす。
そんな日を3日ほど過ごし、私は装備を受け取りに再びドワイトの店を訪れた。
「よお。出来てるか?」
という問いかけに、店の奥から、
「おう」
と返事が返って来る。
ややあって、店の奥からドワイトが装備一式が入っているだろう箱を抱えてやって来た。
「おう。待たせたな」
と言って、ドワイトが箱の中から装備を取り出す。
さっそくその場で防具をつけると軽く具合を確かめてみた。
「完璧だ」
とひとこと言って財布を取り出す。
「いくらだ?」
と聞くと、
「金貨7枚だ」
という返事が返ってきた。
「おいおい。あの包丁代は入れたんだろうな?」
と思いのほか安いその金額を思ってそう聞くと、
「ああ、あいつの材料代込みだ。余計な心配してんじゃねぇよ」
と悪態が返って来る。
「ははは。そいつはすまんな。ありがたくいただこう」
と言って、金貨を渡すと、
「じゃぁ、適当に行って来る。まな板の材料が手に入ったらもってくるからよろしくな」
と言って、後ろ手に手を振りながら、さっさと店を出て行った。
「さて。冒険の始まりだぞ」
と胸元で丸まっているチェルシーに声を掛ける。
「にゃぁ」(お。ついに肉だな)
と言ってチェルシーがニヤリと笑った。
「ふっ。まな板の件もあるからな。きっちりミノタウロスが出てくるところまで行くぞ」
私がそう声を掛けると、チェルシーが、
「にゃぁ」(これからも美味い物を食わせろよ)
と、やや尊大な言葉を返してきた。
「ああ。まかせとけ」
と気軽に応じる。
そして、いったん宿に戻ると荷物を担いでルネアの町の門をくぐった。
街道を行き、ダンジョンに向かう。
ルネアの町に行く時とは違って、道ですれ違うのは冒険者ばかり。
中には何かの素材を抱え得意げに歩くパーティーもいた。
(若いってのは素晴らしいねぇ…)
と妙におっさん臭い感想を持ちながら、のんびり街道を歩く。
それからいくつかの宿場町を通り、5日目。
私たちはようやくダンジョンの入り口に到着した。
「さて。いよいよだな。準備はいいか?」
と念のためチェルシーに声を掛ける。
「にゃ」(ふん。我を誰だと思っておる)
と、いつものチェルシーらしい尊大な返事が返ってきた。
その答えに苦笑いを浮かべつつ、森へと足を踏み入れる。
今回の目的、ミノタウロスが出るのは割と奥の方だ。
おそくら5、6日はかかるだろう。
私は、
「頼りにしてるぞ」
とチェルシーに声を掛けると、慣れた調子で森の中を進んでいった。
2日目まではあえて魔物の気配を避けて進む。
そのおかげか、順調に森の中を進み、想定よりも少し奥まで来ることが出来た。
「にゃぁ」(この先、けっこうおるぞ)
とベーコンをかじりながら何気ない感じで言って来るチェルシーに、
「みたいだな」
と、こちらもベーコンサンドを頬張りながら気軽に答える。
「にゃ?」(どうする?)
と、また呑気に言うチェルシーに、
「ああ、出来るだけ直線的に進もう。このダンジョンは冒険者の出入りも多い。雑魚っぽいのは放っておいてもいいだろう」
と、こちらもまたぼんやりと答えると、明日からの行動方針が決まった。
「にゃ」(わかった)
「よろしく頼む」
と言って飯の続きを食う。
簡単な飯は簡単に終わり、その日は早々に体を休めた。
翌朝。
「さて、行くか」
と一応チェルシーに声を掛け、日の出とともに行動を開始する。
「…ふみゃぁ…」
とあくびをして、チェルシーはまだ少し眠たそうだ。
そんなチェルシーののんびりした態度に苦笑いを浮かべつつも、私はさっさと森の奥へと歩を進めていった。
やがて、あたりにどんよりとした気配が漂い始める。
「にゃ」(あっちじゃ)
といつの間にか起きてきたチェルシーが斜め前方を指した。
「…通り道か」
と少しげんなりしつつ、
「了解」
と答えてその方向へ進む。
なんとなく気配を読み、
(意外と大きいかもしれんな…)
と感じつつ、痕跡が無いか注意しながら進む。
すると、しばらくして大きな痕跡を発見した。
手あたり次第になぎ倒された木。
何かの獣を引きずったあと。
(…オークかぁ)
と思って思わずため息を吐く。
「んなぁ…」(あれか…)
とチェルシーも少しげんなりとしたような顔になった。
オークは森を食い荒らすから害獣認定されている。
ある程度の経験がある冒険者は見つけ次第積極的に狩るように指導されているくらいだ。
だから、見つけてしまったら運が悪かったと思って、狩るしかない。
そんな面倒臭い魔物を運悪く発見してしまった。
「にゃぁ」(さっさと済ませてくれよ)
と言って、抱っこ紐の中で面倒くさそうに丸まるチェルシーに苦笑いを浮かべてその痕跡を追っていく。
そして、少し進んだところで何かを食っているであろうオークを発見した。
数は5。
(微妙に多いな…)
とため息を吐きつつ、魔力を高めていく。
すると、あちらもこちらに気が付いた様子で、なにやら丸太のようなものを振りかざしながら一気に突っ込んできた。
まずは初手で風の矢を放ち、先頭にいた1匹を始末する。
そして、私も迷わずその集団の方に突っ込んで行った。
強烈な勢いで叩きつけられる丸太をあえてギリギリでかわす。
そこへすかさずまた魔法を打ち込んだ。
風の刃で足を刈り、頭を斬り落とす。
怒り狂ってデタラメに振り回されるこぶしは防御魔法を纏わせた杖で軽くいなした。
(このそこそこ強いってのが厄介なんだよなぁ…)
と思いつつ、的確に相手を仕留めていく。
最後にやや大きな個体が突っ込んでくると、その意外と速く突き入れられてきたこぶしをひらりとかわして最後の魔法を打ち込んだ。
とりあえず魔石を拾う。
(お。最後の少しデカいのはジェネラルだったっぽいな…。まぁ見た目が少し大きいだけで、豚は豚だが…)
と子供がお手伝いをしてもらうお駄賃がいつもより銅貨1枚多かったくらいの感覚で喜び、その少し大きな魔石をさっさと袋に詰め込んだ。
「待たせたな」
とチェルシーに声を掛ける。
「にゃぁ」(うむ。とりあえず飯にせい)
というチェルシーの言葉に私も同意して、私たちはさっさとその場を後にした。
適当な水場で軽く防具や杖を拭う。
特に汚れてはいないが、あの醜悪なものと戦ったのだから、気分の問題だ。
そして、その清掃作業が終わる頃、
「にゃぁ」(早よう飯にせい)
というチェルシーの催促の声を受けて、私はさっそくその場で飯の支度に取り掛かった。
(さて、何にするか)
と考えたが、今回、米と調味料はミノタウロスを狩った時のために少し温存しておきたい。
そう思って、パスタを茹でる。
ソースは鷹の爪を入れて少しだけピリ辛にした。
具はベーコンとニンニクだけを入れてショートパスタに和え、ペペロンチーノのようなものが完成する。
「にゃぁ…」(やけに簡素じゃのお)
とチェルシーはやや不満そうだが、
「楽しみは後に取っておく方がいいだろ?」
と言って宥め、とりあえずその簡素な昼食を胃袋に詰め込んだ。
手早く飯を終え、冒険を再開する。
「にゃぁ…」(…おそらく、またおるがどうする?)
というチェルシーの言葉にまたげんなりとした。
「放っておいちゃいけないって規則だからなぁ…」
とため息を吐きつつ、指し示された方向へと向かう。
どうやら今日はついていないらしい。
(まったく、迷惑な魔物だ)
と心の中で悪態を吐きつつ、私はまた豚の処理に向かった。