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第14話ミノタウロス02

「じゃぁ、とりあえず3日後にまた来る」

と告げてドワイトの店を出る。

私の胸元で退屈そうに丸まっているチェルシーに、

「すまん。待たせたな」

と声を掛けると、

「にゃぁ」(飯を食わせろ)

とやや不機嫌な声が返ってきた。

「はっはっは。よしよし。そうだな。たしかこの近くに美味いお好み焼き屋があったはずだ。そこでいいか?」

と聞く。

しかし、チェルシーは、

「にゃぁ?」(おこのみやき?)

と不思議そうな顔をした。

「ああ。そうか。お好み焼きはまだ食ったことがなかったな。いわゆる粉ものなんだが…。まぁ、ものは試しだ、食ってみてくれ」

と言ってチェルシーにお好み焼きを勧めてみる。

すると、チェルシーは、そう言う私に、

「にゃぁ…」(美味いならよいが…)

と、やや怪訝そうな顔を向けてきた。

(おそらくだがあの味はチェルシーが好きなはずだ…)

と思いながらさっそくお好み焼き屋を探す。

昔の記憶が頼りとあって少し迷うかと思ったが、その店は案外早く見つかった。

店の前まで辿り着き、

(おお…。たまらん匂いだな)

と私を迷うことなく導いてくれた匂いに感謝しつつ、胸いっぱいに吸い込む。

そして、

「にゃぁ!」(たまらん匂いじゃ。早く入れ!)

とチェルシーにせかされたところで、私はその店の古びた引き戸を開けた。

「猫がいるがかまわんか?」

「へい。大丈夫でさぁ」

と会話を交わしてカウンターの席に着く。

目の前には大きな鉄板。

「なんにいたしやしょう?」

と言いながら水を出してくれたおやっさんに、

「豚玉を頼む」

とおそらく一番人気だろうものを頼むと、わくわくしながらお好み焼きが焼かれていく様を見守った。

とろとろの生地がふつふつと沸きふわふわに変わっていく。

肉が乗せられ、熟練の手並みによってひっくり返されると、そこにはかりかりがその存在感を焦げ目という形で主張していた。

ややあって、ソースが塗られる。

「じゅっ」

という音とともに鉄板の上で嬉しそうにソースが飛び跳ね、辺りに香ばしい香りを漂わせた。

(たまらん…)

と私の期待値が限界まで高まったところへマヨネーズが追い打ちをかけてくる。

また、

「じゅっ」

と歓喜の音が響いた。

そこでおやっさんの手が鉄板の脇に置いてある容器に伸びた。

かつおぶし、青のり、紅ショウガのアクセントがそえられる。

そして、いよいよ、

「あいよ!」

という威勢のいい声とともに、私の目の前にお好み焼きが差し出された。

「おお…。いただきます」

と言いつつ、小さなヘラでさっそくお好み焼きを切り分け、チェルシーの分を取り分けてやる。

そして、私はもう一度お好み焼きにヘラを入れると、それに恐る恐るかじりついた。

「あっふ…!」

熱が私の口内で容赦なく暴れまわる。

そして、はふはふしながら、それを飲み込むと、一気にあのジャンクな味が私の脳を支配した。

「んみゃ…」(はっふ…)

とチェルシーもはふはふしている。

おそらく私と同じ状態なんだろう。

チェルシーはなんとかお好み焼きを飲み込み、一瞬間を置いた後、

「んにゃぁ!」(美味いぞ!)

と歓喜の声を上げた。

「へへっ。猫様にもウケたみてぇですな」

と言っておやっさんが嬉しそうに笑う。

「ああ。この味は万人を虜にする味だ」

と言って私がもう一口はふはふとお好み焼きを頬張ると、

「へへ。ありがとうございやす」

と言って、おやっさんは照れながら次の注文を捌き始めた。

(ああ、定期的に勇者が転生してくれる世界の素晴らしさよ…)

と、自分が何もしなくても、自分の中にある記憶が満たされていくことに感謝しつつ、お好み焼きを次々と口に運ぶ。

その度に私は脳がジャンクという一種独特の感覚に支配されていくのを感じた。

やがて、満足して腹をさする。

どうやらチェルシーもすっかり満足してくれたようだ。

そんな様子を微笑ましくみながら、ふと思い出した。

(あれ。広島風は?)

と。

(いや、広島県民は広島風と言うと怒るんだったか?…まぁ、それはいい。しかし、お好み焼きというなら、あっちもあっちで捨てがたいはずだが、なぜこの世界には…)

と考え、過去の転生勇者に中国地方出身者がいなかった可能性に気が付く。

自分が何もしなくても完璧だと思っていたこの世界の食にはまだまだ抜け穴が多かったという事実をまざまざと見せつけられ、私は、

(…なんとかせねば)

と思い、急ぎその場で筆を執った。

ややあって、

「すまん。居座ってしまったな」

とおやっさんに軽く謝る。

「いえ。いい案をいただきました。こちらこそありがてぇ話です」

と言って頭を下げてくれる心の広いおやっさんと私はカウンター越しに固い握手を交わした。

(いか天は省略せざるを得なかったが、そこは大目に見てもらおう)

と心の中で中国地方の方々にあやまりつつ、店を出る。

そんな私に、

「にゃぁ」(お前もおせっかいなやつよのう)

とチェルシーがやや呆れたような声でそう言ってきた。

「はっはっは。いいじゃないか。この世界にまたひとつ美味しいものが増えるかもしれんのだぞ?」

と笑う私に、チェルシーは、

「にゃぁ…」(まぁそれはそうじゃがな…)

とため息交じりの苦笑いを返してくる。

そんなチェルシーを軽く撫でてやりつつ、私は、

(この世界がまた美味しくなる…)

と、そんな満足感を得て、ルネアの町の青い空を見上げた。

やがて宿に戻り、しばし休憩する。

さっそく、

「ふみゃぁ…」

とあくびをしてベッドで丸くなるチェルシーを横目に私は勇者ケイン宛ての手紙を書いた。

内容は料理について。

「この世界の飯は美味いが、ケインのいた世界にはもっと美味い物があったはずだ。それをぜひ広めて欲しい」

という要望に先ほど思いついたと断って、焼きそばとお好み焼きの親和性の高さやカツに甘辛い味噌タレをかけてみてはどうか、などと書いてご当地食の可能性を示唆する。

そんな手紙を書き終え、ふとチェルシーに目をやると、すっかり眠ってしまっていた。

窓から西日が差している。

私は、自分で簡単にお茶を淹れると、

(ああ、緑茶はあるのに、抹茶はないじゃないか…)

とまた気が付き、ひとり苦笑いを浮かべながら、その製造過程を思い出すようにメモを取り始めた。

(まったく。なんで私は抹茶の製造過程なんてものを知ってるんだ?)

と自分の偏った知識に疑問を持ちつつペンを置く。

すると、

「にゃっ!」(おい。飯の時間だぞ!)

というお叱りの声が私の足元から聞こえてきた。

「すまん、すまん。熱中すると、つい、な」

と言って、チェルシーを抱きかかえて撫でてやる。

「にゃ?」(晩飯はなんじゃ?)

と聞いてくるチェルシーに、私はチェルシーの好きそうなものをと考えながら、

「手羽先なんてどうだ?」

と提案してみた。

「にゃ!」(いいな!)

と途端に喜びの表情を浮かべるチェルシーを微笑ましく思いつつ、部屋を出る。

辺りはとっぷり日が暮れて、町は街灯に照らされていた。

縄のれんのかかる店で、チェルシーと競い合うように手羽先を食べ、ビールを堪能し、部屋に戻る。

軽く汗を流してベッドに行くと、チェルシーはもうすでに寝ていた。

静かにベッドに腰を下ろし、軽く撫でてやる。

「…ふみゃぁ…」

とチェルシーが気持ちよさそうな声を上げた。

(こうしていると、普通の猫にしか見えんな)

と思って苦笑いを浮かべる。

(ここ10年ですっかりこの生活にも慣れてきたもんだ)

と思いながら、これまでのことを振り返る。

冒険もしたし、些細なことでケンカもしたが、やはり最後は笑って一緒に飯を食っていることばかりが思い浮かんできた。

(なんとも妙な関係だな。主従関係でもなければただの友達でもない。なんと言えばいいのだろうか?ある種戦友のような感覚さえあるな…。まったく、奇妙なもんだ)

そんなことを思ってまた苦笑いで静かに布団をめくる。

チェルシーを揺らして起こさないように気を付けて横になると、今更ながらビールの酔いが心地よく回って来た。

(今日はなんともいい酒だった…)

と思いつつ目を閉じる。

(さて、明日から何をして遊ぼうか)

そんなことを考えているうちに、私はいつの間にか、眠りに落ちていた。

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